第6話 秋限定

 暦が九月から十月へと移行している頃。

 夜は二十四度と、真夏に比べると若干過ごしやすくなったようだが、まだ日中は三十度を超す日もあり、まだまだクーラーの需要はあるようだ。


 そんな、初秋が訪れたある土曜日のことである。

 アメリカ合衆国の某都市名が入っている某コーヒーチェーン店にて。ダークカラーの壁紙に、座り心地の良いライトグレイカラーのソファーが、店内に落ち着いた雰囲気を醸し出している。カウンタースタイルのウッディなテーブル席もあり、お一人様でもくつろげるのが良い。

 店内に馥郁とした香りが漂う中、客達は各々コーヒータイムを楽しんでいる。ちょうど月見シーズンだからか、満月を模した目玉焼きをパンと野菜とパティの間に挟んだ限定メニューである、ホットサンドを楽しんでいる者もいるようだ。

 

 とある若い男女の二人連れも客の一員だった。

 端正な顔立ちで目元の涼しげな青年と、少し緩めのパーマをかけた、セミロングのダークブラウンの髪を持つ女性だった。彼女は薄化粧をした少し小作りな顔で、ベージュ色の上着にダークグレーのハイウエストなストレートスカートを身に着けていた。

 レイジとマリアである。二人はどうやらランチ後のコーヒー休憩に立ち寄った模様だ。

 二人の間にある机の上には、二つのドリンクが置いてあった。透明なプラスチック容器に入った、ミルクコーヒー色のフローズンドリンクだ。底にはダークブラウンのコーヒーゼリーが見え隠れしている。その上には真っ白なふわふわのホイップクリームがこんもりと乗っており、その上からはちみつ色のシロップがかかっている。

 この店の期間限定メニューである、コーヒーゼリーが入ったデザートメニューのようだ。


 やや太めのストローで中身を吸い込むと、マリアはぷはーっと大きなため息をついた。


「ヤバい〜!! いくらビタータイプと言ってもこれ砂糖ゼロじゃないし、また太っちゃいそう!!」

「マリアさん、今これにハマってますからねぇ。まぁ、これはゼリーが甘過ぎずすっきりしているところが良いから、俺も好きですけど」

「ショートじゃ少ないし、でもトールとグランデだったらグランデの方がお得かなぁと思って、ついついこちらにしちゃうのよね」


 まず上に山のように盛り上げてあるホイップクリームをすくって口に入れると、雪のようにすうっと溶けていく中で、コーヒーやキャラメルの香ばしい香りが優しく包みこんできて、口の中に至福な時間が流れてゆく。

 それから中身を良く混ぜてフローズン部分をやや太めのストローで吸い上げると、強く感じられるコーヒー感と、適度な甘さとあいまって、少しほろ苦いコーヒーゼリーが味わえる。甘過ぎず、ほんのりビターな、まさに「大人向けのコーヒーゼリー」だ。マリアは顔がふにゃふにゃになって、すっかりとろけている。レイジはその様子を目を細めて眺めていた。


「ん〜!! 美味しい!! このアイリッシュクリームシロップの香りがたまんない〜!!」

「これは、水出しコーヒーのさっぱりとした口当たりがしつこさがないところが良いな」


 フローズンドリンクといえば真夏向きのドリンク向けのイメージが強い。しかしこちらはどちらかと言うと酷暑の真夏というより、夏の終わりかけから秋にかけての方があうから、不思議な気持ちになる。


「その時しかないメニューを、その限られた期間中に食べたり飲んだりする。その〝特別感〟が良い刺激になりますよね。〝旬〟のものを一番美味しい〝旬の期間中〟に食べるのと、どこか似ていて。だからこそそこに期間限定の醍醐味があるかなと、俺は思います」

「そうよね。私ったら〝限定〟とつくと、ついつい目が行ってしまうから……」


 マリアは「限定モノ」にすこぶる弱い。旅行に行けば「地域限定」に飛びつくし、「期間限定」「季節限定」ときたらすぐ選んでしまう性格だ。非常に分かりやすい好みであるが、優柔不断よりはっきりしていて良いのかもしれない。


「〝限定〟であってもなくても、俺は美味しそうな顔をして美味しいものを食べたり飲んだりする君を見ているのが好きですよ」

「もう〜レイジさんたら……」


 マリアは紅葉のようにほんのりと頬を赤らめた。


「これから美味しいものが出てくる季節だし、楽しみだけど、また太りそうで心配〜ダイエットしなきゃ!!」

「そうですか? 俺はそうは思わないですけどね」

「ウエストサイズが合わなくなると、着たい洋服が着られなくなっちゃうから、女は色々大変なのよ」


 マリアがデートの度に、毎回一生懸命に考えたコーディネートで来ている。

 それに気付いているレイジは、頬に手をあてて大袈裟なレベルで必死に悩むマリアを下手にフォローするのをやめ、ふと思い付いたように答えた。


「……なるほど。それじゃあ、もう少し気温が下がってきたら、どこかウオーキングに出かけますか」

「それも良いわね! 紅葉狩りにも行きたいな」

「今年はどんな景色が見られるか、楽しみですね」


 方向変換に成功したことに、彼は満足の笑みを浮かべた。せっかくだから、出かけ先の名物料理のお店もサーチしておこうと、抜かりない。身体を動かした後で食べるご飯は大変美味しい。美味しいものが大好きな彼女の喜ぶ顔を見たいのだ。


 ウオーキングに行くなら、さてどこが良いだろうとスマホを使って黙々と調べ始めるレイジと、次のデートの時にどんな洋服を着ていこうかと脳内であれこれ思い浮かべるマリア。髪が伸びてきたからそろそろ美容室に予約も入れなきゃと、女子は色々忙しい。


 そんな二人を穏やかな音楽が微笑むように包み込んでは、静かに流れるように通り過ぎていった。

 

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二人善哉 蒼河颯人 @hayato_sm

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