君がいて幸せ

@ReanReinford

第1話

ある晴れた夏の日のこと。


 久しぶりの長期休暇を会社からもらって、

俺は田舎の方の実家に帰省することにした。

 大学を出て、就職すると同時に家を出て一人暮らしを始めた俺だったが、

最初はその年の夏にでも一度実家に帰ろうと思っていた。

けれども、最初の一年間は仕事に慣れることで精一杯で

実家に帰ろう、と思う余裕すらなかった。

 そして、二年目の夏に今年こそ帰ろう、と思った矢先に大きなプロジェクトが入ってしまい、とても長期休暇なんて取れる状況ではなくなってしまった。

そういう訳で、結果として実家に帰るのに二年半もかかってしまった。

実家は県を二つ越えた先の山のふもとにあるので電車の乗り換えもかなり多く、

片道が四時間ほどかかる。 

時計は午前十時の少し前を指していた。一泊していくつもりなので帰りの時間を気にする必要はないが、それでもそろそろ出発しておきたい頃だ。

「よし、行くか」

事前にまとめておいた荷物を持って俺は家のドアを開けた。


「いってきます」


実家に向かうためには、電車を三回ほど乗り換える必要がある。

この経路を使ったのは最初に実家からこっちへ出てきたときに乗った時の一回きりだったので少し心配だったのだが、何とかちゃんと実家の最寄り駅につながる電車に乗ることが出来た。

「意外となんとかなるもんだな」と、誰にも聞こえないような声で呟いて俺は

窓の外を見た。

そこから見える景色はすでに都会とはかけ離れたものとなっていて、田んぼだったり、木造の一軒家だったり、といわゆる俺たちが”田舎”と呼ぶようなものになっている。

「ちょっと風でも浴びるか」 もう周りにはほとんど客もいないので、少し大きめに窓を開けた。

「やっぱり気持ちいいなぁ」今日は真夏らしく雲一つなくかなり暑い日だったが、吹いている風は熱風ではなくて、心地よさすら感じられる風だ。

植物の香りがしてとても落ち着く、このタイミングでこちら側に帰ってきたのは今の俺にとって正解だったのかもしれない。


「次は〇〇駅~〇〇駅です。その次は△△駅に停まります。」

車内アナウンスが響く。


「もう着くのか、案外あっという間だったな。」

俺は開けた窓を閉めて次の駅で降りた。


「市内よりはマシだけど、それでも暑いな、、」

ビルが建っていない分少しは向こうより涼しいのだろうが、その分日陰も少ないので体感的にはあまり変わらない。

「とりあえず改札出るか」

切符を通して木造の駅舎を出たときに、まだ家に着いたわけでもないのに、

懐かしいな、と感じた。

都会とは違って空気は澄んでいて車通りもほぼない。だから、聞こえてくる音はセミの声や鳥の声と自然の音で溢れている。

この雰囲気が疲れた自分の心を癒してくれる、まぁ、もちろんそれだけではなくて

自分の生まれ育った故郷だからというのもあるのだろうけれど。


「それにしても思ったより早く着いたなぁ」

腕時計の針は午後二時前を指していた。母親には三時ごろに到着する予定だと

伝えているのでまだ少し時間がある。なので、とりあえず周りを見て回ることにした


よく遊んだ近所の公園、幼いころの通学路、よく母親に連れまわされた商店街と

いろいろ思い出深い場所を訪れた。

あらかた見て回って約束の時間まで残り二十分ほどになった時に、

商店街の出口の手前辺りで小さな花屋を見つけた。

「そういえば姉さん、花が好きだったなぁ。花言葉も詳しくて、よく俺に色々聞かせてたっけ。」


俺には少し年の離れた姉がいて、俺が幼いころはよく一緒に遊んでくれていた。

昔の俺は好奇心旺盛で気になるものを見つけるとすぐに追いかけていって、その結果

迷子になり、姉さんと両親にはよく心配をかけていたような覚えがある。

そんな姉さんも花に関しては目がなくて、家族四人で出かけて俺がまた迷子に

なった時に、姉さんも気づけば勝手に花屋に行っていて、帰りに親から二人して大目玉を食らった、なんてこともあった。


そんな昔の事を思い出しながら店先の花を眺めていると、

「あら、ごめんなさいお客さん。気付くのが遅くなってしまいました。いらっしゃいませ。」そう言いながら店の奥から少しふくよかな四十代くらいの

女性が出てきた。

「いえ、気にしなくて大丈夫ですよ。ただ眺めていただけですから。」

その女性は申し訳なさそうな顔をして、少し間を開けてから口を開いた。

「花、お好きなんですか?」

「姉が好きだったんです。でも、一緒に過ごしている内に自分も好きになってましたね。今ではいつも部屋に花を飾るほどになりました。」

元々花が嫌いだった訳ではないが、ここまでになったのは確実に姉さんの影響だ。

そのおかげで、疲れた時の心の癒しが出来たので感謝している気持ちもある。

「そのお姉さまはきっととても優しい方なんでしょうね。」「え」

急な話の展開に驚いてつい声が出てしまった。

「すいませんね、急に変なことを言って。でも、花が好きな方は優しい方が多いですし、何よりお客さんが花を眺めている姿を見て、そして、今のお姉さまのお話を聞いてそんな気がしたんです。」

「すごいですね、、確かに姉はとても穏やかで優しくて、大好きな姉でした。少しおっとりすぎる部分もありましたけど、、」

「とても仲がよろしいんですね。」

「えぇ、結構仲が良かったほうだったとは思います。性格も特に昔はよく似ていましたし。」「羨ましいです。私は兄と仲が悪かったので、、」「そうなんですね」

久しぶりに姉さんのことを他人に話した気がする。

あの優しくて大好きな姉さんのことを、、


「すいません、花を買っていきたいんです、自分の姉に。なにか贈るのに良い花ってありますか?」「お姉さんはどんな花がお好きなんですか?」

「見た目や香りよりも、花言葉が好きな人だったんです。だから、出来れば素敵な 花言葉を持っている花が良いです。」


ずっと姉は花が好きだったが、特によく花言葉にこだわる人だった。

人に贈る花も部屋に飾る花もそれを参考にして選んでいた。

前になぜそこまで花言葉にこだわるのか聞いてみたことがあった。

「姉さんはどうして花言葉を大事にしているの?」

「花にはね、想いが宿るんだよ。花を贈る時には贈り主の想いが、部屋に飾る時にはそこに住む人の想いがね。だからもしあなたが大切な人に花を贈ってあげる時には、ちゃんと想いを込めた花を選んであげてね。」


(姉さんの言っていた通り、ちゃんと選ぶよ。贈る花に想いを込めて、ね)


「じゃあ、この花なんてどうですか?あまりメジャーな種類ではないんですが。」

店員さんが持ってきたのは赤くて小さな可愛らしい花だった。

「ゼラニウムという花なんですよ。可愛い花でしょう?」

「えぇ、すごく可愛らしい花ですね。」


「花言葉は、、ですよ。」


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