メイド・イン・喫茶店!

物部がたり

メイド・イン・喫茶店!

 そのメイド喫茶には、様々な事情で様々な人々が来店し、今日も大盛況だった。

「おかえりなさいませ、ご主人様」

 という文句は、メイドたちが『ご主人様』を出迎えるときの言葉だった。

「え……」

「どうかなさいましたか、ご主人様?」

「え……? いや……」

「もしかして、『なんできたの? 邪魔なんだけど』の方がよろしかったでしょうか……それとも『おかえりなさい、お兄ちゃん』でしたか……?」

「どちらも最高に良いですね――じゃなくて……ここはどこ?」


「見て通りメイド喫茶ですよ、ご主人様」

「いや……それはわかるんだけど……メイド喫茶?」

「はい。メイドの喫茶店です」

「何で、僕はメイド喫茶なんかに来てるんだ?」

「ここが、ご主人様の帰る場所だからですよ」

「いや、そういう意味じゃなくて……」

「違うのですか……」

 メイドは悲しそうに顔を覆った。


「いや、そうです……」

「では、お席にご案内しますので、私に付いて来てください」

 変わりようの早いこと。

 わけがわからないまま、ご主人様はメイドの後に続き、席に座った。

「ご注文は何にいたしましょう」

 メイドはメニュー表をご主人様に渡した。

「オススメはありますか?」

「この萌え萌えオムライスがオススメです」


「じゃあ、そのオムライスを」

「萌え萌えオムライスですね。お飲み物は何になさいますか?」

「飲み物? じゃあコーラで」

「萌え萌えコーラですね」

「萌え量はどうされますか」

「萌え量……?」

「はい、萌え萌えの量です。並盛・中盛 ・大盛・特盛がございます」


(牛丼屋かい!)と心で突っ込むご主人様。

「特盛がオススメです。萌え萌えゼロ円です」

「じゃあ、特盛を……」

「萌え萌え特盛一丁、かしこまりました。すぐにお持ちいたします」

 と、一分もしないうちにコーラがやって来た。

「ミルクは入れますか?」

「いや、コーラなんで……」

「いけない、間違えちゃいました」

(無理あるよ!)とご主人様。


「シロップは入れますか?」

「いや、コーラなんで……」

「じゃあ、愛情は入れますか?」

「じゃあ、入れてください……」

「かしこまりました」

 メイドは両手で♡マークを作り「美味しくなーれ♡ 美味しくなーれ♡ 萌え萌えキュン♡」と何らかのエネルギーをコーラに注ぎ込んだ。


「ご主人様も一緒にやってください」

「嫌ですよ……」

 というとメイドは今にも泣きだしそうに落ち込んだ。

「わかりました……やりますよ」

 二人は両手で♡を作り「「美味しくなーれ♡ 美味しくなーれ♡ 萌え萌えキュン♡」」と同時にいった。

「美味しくなったはずです。飲んでみてください」

「ありがとうございます……」


「どうですか、美味しいですか」

 正直、普通のコーラだった。

「はい、めっちゃ美味しいです」

 コーラを飲んでいる間中、メイドはご主人様のとなりに控えていた。

「あの~……用事があったら呼ぶので、休んでもらって結構ですよ」

「ご主人様にお仕えするのが、私の役目ですから」

「そうですか……」

 コーラをすべて飲んでしまうと、手持ち無沙汰でとても気まずかった。

 

「ご主人様、私とゲームをしましょう」

「良いですけど、何を?」

「腕相撲なんてどうでしょ!」

「いや、さすがに力の差が……」

「やる前から、わからないじゃないですか。もしかして私が女だから、勝てないと決めつけているんですか」

「いや、そうじゃないですけど……」

 メイドはテーブルの上に肘をつき、手を差し出した。


「わりましたよ。言っときますが手加減はしませんよ」

 ご主人様は汗ばんだ手を服でさりげなく拭って、メイドの手を掴んだ。

「さん、にい、いちのいちで開始ですからね。さん、にい、いち!」

 そのとき、店の入り口で怒声が上がった。

「いったいどうなってんだ! ここはどこだ!」

「ご主人様。暴れないでください……」

「黙れ! てめえら誰だ!」

 男は止めに入ったメイドを乱暴に突き飛ばした。


 メイド喫茶ということで、店員は女性しかいなかった。

 他の客も助けに入ろうとはしなかった。

 ご主人様はとっさに男を止めに入った。

「あんた、落ち着け! 大丈夫だ! アッ……」

 だが取り乱した男の反撃に遭い、ご主人様は殴り飛ばされた。

「ご主人様! ご主人様!」

 ご主人様は意識を失った。


  *             *


 ご主人様は失った意識の中で、自分の記憶をすべて思い出した。

「ご主人様……ご主人様! しっかりしてください!」

 目覚めると、メイドがご主人様を介抱してくれていた。

「あ……ごめんなさい……みっともなくて……」

 すでに男は消え、事件は収拾していた。

「いえ、かっこよかったですよ。きっと、ご主人様は天国に行けます」

「ありがとうございます。ところで、オムライスは?」

「萌え萌え特盛オムライスですね。できておりますが……」

「どうかしたんですか?」


「冷めてしまいました……。すぐに新しい物を作り直しますので、もうしばらくお待ちください」

「いえ、このオムライスが良いんです」

「でも……」

「愛情たっぷり込めて作ってくれているのに捨てられませんよ」

「では、とっておきのおまじないをさせてください」

 メイドは「美味しくなーれ♡ 美味しくなーれ♡ 萌え萌えキュン♡」といいながら、オムライスの上にケチャップで「I♡ご主人様」と描いてくれた。


 ご主人様はオムライスを美味しくいただいた。

 その後、メイドと他愛ないおしゃべりやゲームをして、楽しい時間を過ごした。

「では、そろそろ時間のようですから、行きますね。とても楽しい時間でした。オムライスも絶品で、いい冥土の土産になりました」

「ご主人様に喜んでもらえて、メイド冥利に尽きます」

「それじゃあ、さようなら」

 立ち去ろうとしたご主人様をメイドは呼び止め「これ、スタンプです」とカードをくれた。


「これは?」

「萌え萌えスタンプです。このスタンプがすべて貯まると、とても良いことがあります。ご主人様はあと一つ貯まれば、とても良いことがありますよ」

「あと一つって。僕はこんなに来てたんですか」

「はい。特別なご主人様です」

「そうだったんですか」


 ご主人様は丁寧にスタンプカードを仕舞い、改めて言い直した。

「それじゃあ、さようなら」

「『さようなら』ではありませんよ、ご主人様。『いってきます』です」

 ご主人様は照れ臭そうに、もう一度言い直した。

「いってきます」

「いってらっしゃいませ、ご主人様。お帰りをお待ちしております」

 ご主人様は、また少し出かけることにした――。

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