後記 シェイプシフターの独白
私は時折、酷い思いつきをする。
例えば、江藤梓。
服用者へと変貌した時、遠慮なく引導を渡せた。
エタニティへと進化したのを殺すのだって容易だった。
だが、そうはしなかった。
彼女の成長は、過去の私を思い起こさせた。
例えば、根室瑠夏。
もっと怖がらせたり、こっそり殺してしまったってよかった。
ただ、これまで見てきた人間の中でも一際、善性の気配が色濃かった。
そんな貴重な存在は、私の手に余る。
同情か、共感か、母性か。何らかの感情が働いた。
そんな経験もまた貴重であった。
例えば、丹野遊菜。
私は彼女を知っていたし、彼女もまた私を知っていたはずだ。
だが、今の私は、当時の私とは違う姿。
ならば彼女の知る私を、試しに晒してみても良かったが、やはりそうはしなかった。
彼女が、私の正体に気付いていたかは定かではない。
だが、問題でもない。
そして、坂崎真千子と七星香々美。
私は時折、酷い思いつきをする。
もしも片方を喰い殺して、私が成り代わったら、どちらか一方はそれに気づくのだろうか、と。
これまでの知見と、彼女達をつぶさに見つめ続けた私には、彼女達の再現には並々ならぬ自信がある。
口調、仕草、考え方とそれに伴った言動に行動。彼女ら自身ですら気付いていない挙動に至るまで。
両方を熟知しているが故、片方を本人以上に満足させる事だって可能だ。
けれど、彼女達ならば、それでも気付くのではないか。
目の前のそれが、紛い物だと、容易に看破するのではないか、そう思えてならない。
そして、そうであってほしい、と私は切望している。
私が彼女達に付き従い助けるのは、彼女達に対しそれなりの義理があり、自立した一人旅に疲れたからだと思っていた。
実際はそうではなくて、単純に興味深いからなのではないか。
彼女達の友愛がいつ途切れるのか、そんなものを見たがる下卑た感情が、野次馬的精神が、作用しているのではないか。
どちらか片方が死んだ時、それに私が成り代わる。
そうしたら彼女達の真実がつまびらかになる。
気付かなければ、それがそうしたのと同じように、私も片方を愛そう。
気付いたならば……、一体どうなってしまうのか――。
本当に酷い思いつきだ。
だけど、そんな事に思いを馳せてしまうくらい、私は、彼女達の事を気にかけている、そうは言えないだろうか。
ついぞ、ここまで他人を気にかけ、その肉体構造ではなく人間性に興味を持つなんて事、これまであっただろうか。
「ああ、私は、なんて幸せ者――」
車上に寝転びながら、いつか喰った女の姿で、私は独り呟いた。
マチェット アンド ガジェット 古泉椎名 @shiina_koizumi
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