32 もう一人、あともう一人

「ねぇ。何あれ?」

「木でしょ。魔力で出来た」

「確かにそうだけど、どうして急に?」


 塔から最寄りの青い巨木の側へ行ってみれば、周りは人だかりに溢れかえっていた。


「あなた達。今すぐそこから離れなさい」


 モーガンが側へ寄り、そう言い放つと人々の視線は一斉に巨木からモーガンへと移った。


「これは円卓議会からの命令です」


 人々は「えーなんで?」「まぁ、上の命令なら仕方ないか」などと口々に不平を述べたがやが人だかりは跡形もなく消え去った。

 そしてモーガンがいくつか呪文を唱えると、どこからともなくカラスが現れた。確か円卓議会が情報伝達に使っているカラスだ。


「何人かの信頼できる円卓議会のメンバーに住民へ避難命令を出すように依頼しました」

「議会全体に伝達してしまえばアルティエに妨害されるかもしれないからですか?」

「えぇ。そうです」

「ではこの木はどうやって伐採するつもりですか?」

「力尽くに決まっています」


 力尽く?

 彼女が放ったその言葉を咀嚼する。

 言葉の意味を理解した時にはモーガンの持つ杖の周りに巨大な光の球が出現していた。


「あの、それを打つけたら周りの民家が大変な事になりませんか?」

「なりますよ」

「ならやめましょうよ!」


 私がモーガンを止めるべく彼女に駆け寄ったその時。

 聞き覚えがある少女の声が一つ。


「そうですよ。モーガン先輩」


 声の主を視界に捕らえる。

 そして驚嘆に値する光景に思わず開いた口が塞がらなくなる。

 

 そこに立っていたのはヨハナンと……使徒ユースティティアであるファウストであった。そして体格などは違うものの顔立ちなどは瓜二つであった。


「お久しぶりです。ファウスト」

「あぁ。久しぶりだね。旅人の小娘」

「何の用かは問いませんがそこを退いて下さい」


「それはできないね」


 そう冷徹に返したのはヨハナンだった。


「ヨハナンさん。貴方はファウストの味方ですか?」

「あはは。何を言っているの? 私もファウストだよ」


 何を言っているの?

 困惑のあまり、言葉を失う。

 そして、言葉の意味を咀嚼できないまま、更なる脅威が出現した。


 どこからともなく十人ほどのヨハナンに似た人間が現れた。


「私達は皆、ヨハナン・ファウストだよ。かつて神立聖魔術学校を卒業した錬金術師ヨハナン・ファウストが作ったホムルンクスさ」


 ホムルンクス……確か錬金術で作られる人工生命。


 メルラン宅で見た生徒のデータに刻まれていたのはオリジナルのヨハナンだろうか。


 どちらにせよ。ここで足止めされては何もできない。

 これから巨木伐採と黒幕であるヴィヴィアンを討伐しなければ成らないのだから。


「モーガンさん。私がここで足止めします。ですから巨木の破壊を任せます」

「おや、相手は使徒ユースティティア十二人ですよ」

「何とかします。あの木にどの様な仕掛けがあるか分からない以上、私より知識と経験が多いモーガンさんに行って欲しいです」


 モーガンは深く頷く。


「分かりました。任せましたよ」


 そして素早く、巨木の方へ飛び去った。


「おやぁ。良いのかな」


 何人かのヨハナンが光の球を放ってくる。

 相変わらず呪文詠唱動作が無い。

 それに対してこちらは、反射的に攻撃を回避する。


 そして、私はいくつか呪文を唱え氷の玉を周囲に出現させると、そこから光線が放たれ、ヨハナンの髪先を焼き切った。


 攻撃がよけられる。こちらの呪文も効いている。



――大丈夫。戦えている。


――私、成長している。



 そう確信したその時、屋根の声から女性の声。


「おやまぁ。かっこよう戦ってるとこ、悪いけどね。私にも出番をおくれよ」


 紅蓮の煌びやかな着物。そして露出した肩に広がる入れ墨。

 魔法道具屋の店主薄雲だ。

 月夜がよく似合う彼女は不敵に笑う。


「モーガンちゃんから連絡が来てねぇ。こうやってレスキューに来たのさ」


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琥珀の逆さ時計 白鳥座の司書 @sugarann

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