第11話 いたって普通の現状報告
そうは言ったものの、リズに出番が回ってきたのは夜も更けた頃になってからだった。
明日から討伐が始まるというのに酒盛りはまだ続く気配とあって、ある意味おそろしいとも思う。
ざわざわと会話の切れない中、ふたつ、両手を叩く大きな音がした。
「さて、お前ら! そろそろ傾聴の時間だよ!」
手を叩いたのは立ち上がったハイデマリーだ。
それをきっかけにすっと場が静かになる。
和気あいあいとしていた空気が急に鋭さを帯びて思わず息を飲んだ。
だがハイデマリーの視線も既にこちらの言葉を待っている。
独特の緊張感が漂うなか、リズはハイデマリーと入れ替わるように立ち上がった。
「こんばんは。爆破術士、リズベス・ライツェントです。本事案の後方支援を担当します。まず、今回の非常招集の内容、および追加調査の報告をさせてください。初めに北部の状況ですが、ソーレ村付近の森に魔人級出現を観測。原因となった魔力溜まりから魔力の漏出があり、こちらは臨界が近いものと考えられます。また、A級、S級相当の魔獣の群れを同時に観測、近隣住民の速やかな避難が求められます」
ひとつずつ指を立てて言葉にすると、これがいかに異様な状態かわかるというものだ。
これだけでも非常事態だとわかるのに、今回はさらにオマケがついていてため息をつきたくなる。
「……そして、ここからは推定の話となりますが、王国に関わる最重要事項として皆さんに共有します」
前置きをしたのはむしろ自分のためだ。
さらに鋭くなった空気を存分に感じてから、まっすぐ前を向く。
「おそらく中央はこの事態を予見しており、かつ、放置していました。このように事態が露見しなければ静観を決め込んだと考えられます。なお、既に術士指揮系統の逃走を確認、中央北部の貴族層も王国からの脱出を始めています。以上のことから、今、こうして北部にS級冒険者が集まっている状況は、国に望まれているものではありません」
言い切ると何と虚しい話か。
それをひしひしと感じながら言葉を続ける。
「また、これらを踏まえ、中央は『魔領と王国領の境界の引き直し』を視野に入れている。私はそう判断いたします」
極めつけのこれだ。
一瞬、場がざわめく。
そしてひとりが手を上げた。先程言葉を交わした "剣王" だ。
「どうぞ」
「君がそう考える理由を聞いてもいいか」
「はい。……皆さんもご存知の通り、王国北部は魔領の影響であまり豊かではありません。おそらく税収にしてもそれほどあがっていないのではないでしょうか。特に魔領に隣接する地域などは、魔領との緩衝地帯程度にしか思っていないはずです。そして中央がそんな認識の人間ばかりであるのなら、いっそ北部の国境線を書き換え、北部全体を緩衝地帯に、と考えつく者がいても何らおかしくはありません」
悪夢のような話だ。言葉を口にしている側もそう思う。
「北部を捨てると?」
別のところから声があがった。
「結論、そうなりますね。あくまでまだ最悪の想定ですが」
肯定するにもため息をつきたくなる。
「どうやって」
なぜ、とくれば、次はどうやって、だ。
当然の質問だろう。
言葉が飛んできた方向に視線をやって、リズは言葉を続ける。
「『不慮の事故』です。北部は元々魔力溜まりの多い地域です。そこへ長年積み上げてきた北部術士の怠慢が重なり、現在地下の魔力網は目も当てられない状態になっています。本件は自壊前に発見されましたが、同様の状態に近い魔力溜まりは五十箇所近くあります」
場に同様が走るのも覚悟の上で数を口にすると、さすがにどよめきが走った。
魔力溜まりの怖さはベテランの冒険者なら誰もが知っていると言ってもいい。
ひとつを処理するのに一日以上を要することもわかっているだろう。
つまりはそれぐらい絶望的な数なのだ。
「術士として最も不名誉で考えたくないことですが。……中央は本件を起爆剤にして魔力溜まりの連鎖崩壊を狙っている可能性が否めません」
処理できませんでした、など術士としては下の下のさらにはるか下の報告だ。
大災害を招きかねないだけに不備など許されない。それが常識だったはずだ。
「ちなみに、地面の下からの爆発連鎖を生き残れる自信がある方は?」
だからこの結論に行きついた瞬間、リズは呆れ返って言葉も出なかった。
手など上がるはずもない言葉に再び場が静まり返る。
「……そういうことです。連鎖崩壊だけは意地でもこちらで食い止めます。しかし、近隣住人の避難、および魔人級の討伐については皆様にお任せします。後方支援となる意味をご理解ください。また、前線の指揮権は "北狼" が持ちます。よろしくお願いします」
言いたいことだけ言って座ったようなものだが、そこはS級、素早く "北狼" が立ち上がりあたりを見渡す。
「お前ら、聞いての通りだ。ここを魔領の前線基地にしたくなければ死にものぐるいで戦ってもらう。勿論今から下りるって話も大いにアリだ。――だが、ここにそんな奴はいないだろう?」
けして大きな体躯ではない。
なのにハイデマリーの言葉は強く響く。
当然のように呼応する声がいくつもあがり、静まり返っていた場が急激に熱を帯びていく。
「さすが。私とはカリスマ性が違うねえ」
冷めきった肉のかけらにフォークを突き刺して、リズは呟く。
「先輩の場合はただの言葉と行動の暴力ですからね」
「ブラッツ。段々敬意がなくなってるように思うけど」
「はは、気の所為ですよ」
さりげなく自分の皿をリズから遠ざけながら、後輩は乾いた声で笑った。
爆破術士はちょっと特殊な普通のお仕事です。 樫きば @kashiki-ha
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