第10話 いたって普通の前夜祭


振る舞われた食事は思った以上に豪勢だった。

肉汁滴る厚切りのステーキだけでこんなに感動した日はない。

新鮮な野菜、肉、卵。素材だけでも東部がいかに自然に恵まれているかわかるというものだ。

「〜〜ッ、おいひい〜〜!」

「おーおー、飯食ってるときだけは幸せそうな顔するなぁ」

かぶりつくと隣でグスタフが笑う。

テーブルにはリズ、グスタフ、ハイデマリー、ブラッツが顔を揃えている。

特に指定した面々ではないが気づけばこうなっていたという構図だ。皆が皆ジョッキを片手に好き勝手に飲み食いするさまは野蛮を通り越して活気を感じる。

「久しぶりだなあ、"赤熊" よ。飲んでるかぁ?」

グスタフの背後からぬうっと腕が伸びた。首をつかまえるようなそれだが、グスタフは何も動じることなく振り返っただけだ。

「おっ? いよぅ "黒鷲"。元気そうじゃねえか。いやもう禿鷲か?」

「可愛くねえことを言いやがるなあこのっ!」

同じように入れ替わり立ち替わり、冒険者達が酒を注いでは去っていく。それを平然と受け流している二人は顔色ひとつ変わってはいなかった。

冒険者の飲み方にはついていけないなとリズがちみちみ酒を口にしていると、別の方向からやってくる青年の二人組がいた。

冒険者らしくない、が、見たことのない顔だった。

「……そ、その、ルッツフェルド副官でありますか!」

お目当てはブラッツらしい。

「まあ……当てはまるとしたら僕だね」

「お会いできて光栄です! "五重奏"!」

「君達、このテーブルのメンバーを見てから言ったほうがいいと思いますよ。右から "北境" 、"赤熊"、"北狼"。ちなみに "赤熊" に絡んでる人は "黒鷲" 。僕に話しかける意味ある?」

「僕達は新米とはいえ術士です! 冒険者の方々より貴方のお話のほうがお聞きしたいです!」

引っかかりを覚えたのはそのときだ。

ブラッツも同じことを思ったとありありとわかる。

二人組は気づいていないようだが、ブラッツが静かに警戒態勢に入った。

「へえ。それで、君達はどこの間諜?」

「え、なん――」


『――搦め捕れ、黒蛇・縛』


「……先輩、お待ちかねの獲物ですよ」

黒い蛇のようなものが彼らに巻きつき、両手を後ろ手に拘束していた。見かけだけなら直立不動のようにも見えなくはない。

幸いにも周囲は酔っ払いばかりでこちらに気を払っているのはごく数人だ。

「でかしたブラッツ。やっぱり目立つ家柄と容姿は便利ってもんね」


『――薄めよ、隠せ、白綾の君』


そこからさらに、こちらへの認識を阻害する魔法をかける。

見えているのに見えていない、意識の外へ追いやる魔法だ。

「ルッツフェルド副官!?」

「その人はもう異動になったんだよ。知らないってことは術士のフリをするにしても使い捨てかな。しかも彼女を知らないなんて無知がすぎる。残念だったね」

ブラッツの告げる言葉は冷ややかだ。それだけ警戒しているわけだが、黒蛇も解けない輩だ、術士としても技術の程度は知れている。少し脅せば背後を吐くだろう。

「キミたち。どこの手の者か素直に吐くなら、拷問まではやめておいてあげる。そうじゃないなら、……魔法でどう拷問するか、知ってるよね?」

見逃すつもりはないぞと脅せば二人組は視線を見合わせて青ざめた。

「……しゃ、喋ります! 俺たちは――」


『っち、――沈め、白綾』


二人組が喋ろうとしたその瞬間言葉を制して魔法を重ねがけする。今度は声すら認識させない防諜結界に近いものだ。

「え、え?」

状況が理解できていないのか、ひとりが声をあげる。

もはやその判断は一瞥する程度の価値しかない。

「バカでしょ。キミたち、何しようとしてたかわかってる?」

「ここにいるのは王国のS級冒険者達ですよ。その前で実は帝国から諜報に来ましたなんて言うつもりですか」

「なんでわかって……」

「いやわかるでしょ。帝国訛り抜けてないもん」

「冒険者や普通の人達は気にならない程度ですが、僕達術士は耳がいい。帝国で習いませんでしたか?」

「良かったねえ、一応とはいえ帝国とは同盟関係だし、うっかりしてもここのS級に袋叩きにされることなくて」

これが王国中央や他の国の間諜なら真っ先にこのS級の猛者たちの餌食だ。

彼らは本当に容赦がない。

術士ですらぞっとすることがあるほどだ。

「続けて?」

「……は、はい……ええと、僕らが術士なのは本当です。……その、帝国の、ですが」

「うん」

「うちの、その……上官が、王国北部にエコーを打つとおかしいってずっと言ってて、しかも王国から一時避難の要請まで来たから、じゃあ様子を見てこいって……」

「エコー……探針ですか? 先輩」

「ん、そう。まあ当然打つよね。うちは平地で魔領と繋がってる国なんだし、私がその上司の立場でも打つだろうね」

「それにしても術士を斥候に使うなんて何を考えているのやら」

「俺達だって文句は言ったんだ!」

「けど術士が言い出したんだから術士が見てこいって……」

尻すぼみになる言葉は身に覚えのある責任転嫁のやりかただ。

適任かどうかを抜きにしてその組織だけで完結させようとする最もマズいパターンとも言える。

「責任丸投げ論。どこにでもあるやつかあ」

「確かに、うちでも珍しくはないですね……。それで、君達は僕に近づいて何を聞き出すつもりだったんですか?」

「え、ええと、その」

言い澱んだ側とは対象的に、もう一人は気丈にも顔を上げた。

「――何が起きてるのか、聞こうと思った。北部のお貴族様なら詳しいかもって。王国は偉い人ほど髪の色が濃いから、この人だろうなって思った」

「帝国らしい人選ではありますが、僕もあまり詳しくはないんですよ。君たちの上司は何か言ってましたか」

「……その、『変な応答が返ってきてるから、近々何か起きるかも』と、『何か起きるなら帝国領にも影響するかも』ってだけ……」

「的外れじゃないことだけは確かで何より。それと、よりにもよって他国から裏付けが取れるなんて最悪」

「……ですね。念のため君達の名前と、職位を教えてくれるかな」

ブラッツの問いに、浅黒い肌をした金髪のほうはレアンドロ、茶髪のほうはジルドと名乗った。

どちらも帝国では珍しくない名前で、二人共二等星の探査術士だという。

だがリズとて帝国の事情は学院の授業で触れたきりだ。

「それの上っていうと……一等星探査術士?」

そう尋ねるとブラッツが首を横に振った。

「違いますよ。帝国の術士序列に一等星はありません。この命令が出せる立場となると宝石級……翠玉級くらいかな。帝国ではかなり上の人間が観測するんですね」

「具体的に」

「僕達の上、元老院の下、くらいです」

素早く意図を汲み取ったブラッツの補足により、ようやく全貌が見えてくる。

「……ねえ、ブラッツ」

「何でしょう、先輩」

「こいつら、もしかしてほんとに使い捨て?」

「可能性は大いにあるかと」

一方で状況がわかっていない二人組だけが目を白黒させていた。

「え、なん」

「だってそのレベルの上司が『かも』なんて推測で二人も術士を送り込むと思う? むしろ『何かが起きる』ことを前提に送り込まれてると思うけど」

「えっ」

「僕も同意見です。ギリギリまで報告を受けつつ、最終的には巻き込まれて消えてくれれば最良でしょうね」

「ん、そういうこと」

帝国の人間が調査しに来ていたことを北部の爆発で消してしまうつもりなのだろう。そう読み取れた裏の意図を伝えて、リズは彼らに向けて一本ずつ指を立てる。

「それで、協力して命を拾うか、このまま死ぬかくらいは選ばせてあげる」

「……嘘じゃないだろうな」

「嘘を言うことの利益があるなら聞きたいかな。キミたち、ここに来てからエコー、使ってみた?」

「い、いや」

「今なら一人ずつ、一回だけ許可してあげる。やってみて」

ブラッツのかけた黒蛇を指先の動きだけで解いて、どうぞ、とばかりに手で示す。

本当に帝国の術士なら惨状はすぐ理解できるだろう。

「――ひ」

「……ッ」

「探針起動にレアンドロが三秒、ジルドが五秒」

「うちの中級相当ですかね」

「そんなもんかな。で、働く? 死ぬ? そのなりだと、まともなごはんも食べてないでしょ」

二人ともそれなりに見えるように取り繕ってはいるが、潤沢な路銀を持たされているようにも、食料があるようにも見えない。

卑怯な手だなと思いながら、リズはそんな提案を持ちかける。

「は、はたらきます!」

「おいジルド!」

「い、いやだってアレ見たろ!? 無理だよ! 俺達じゃ間に合わねえし何にもできずに死ぬ!」

「現実が見えてるようで何より。幸いにもうちと帝国とは同盟関係なわけだし、お咎めなしで帰れるんじゃない?」

「では、これで締結ですかね。僕の指揮下に?」

「そのほうが後々良さそう。面倒みてあげて」

「わかりました」

ブラッツの答えを受け、もう一つの魔法を解除する。

どこか遠くにも思えていた喧騒が戻ってきた。

「仕方ない。私もひと仕事するとしましょうか」

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