後日談3

日本には未成年に対する淫行についていくつかの法律が存在する。


児童福祉法 第1条〔児童福祉の理念〕

①すべて国民は、児童が心身ともに健やかに生まれ、且つ、育成されるよう努めなければならない。

②すべて児童は、ひとしくその生活を保障され、愛護されなければならない。


児童福祉法 第34条〔禁止行為〕

何人も、次に掲げる行為をしてはならない。

六 児童に淫行をさせる行為


児童福祉法 第60条

第三十四条第一項第六号の規定に違反した者は、十年以下の懲役若しくは三百万円以下の罰金に処し、又はこれを併科する。


他にも各都道府県の条例などでも禁止され罰則規定がある。


罰則があるということは簡単に言えば警察に逮捕され、内容次第では刑務所に入る懲役刑となる。

ただし、法律というものには基本的に時効というものがある。

一定期間が経過したことを尊重して、その状態が法律的に正当ではなくとも権利を認めるという制度だ。


なお、児童福祉法34条6項の時効は7年だ。短いと感じるかはさておき、今回のしずくちゃんのケースでは残念ながらとっくに時効が成立してしまっている。

各都道府県の条例も時効は2年から3年で全然だめだ。


だが、それはあくまでという話だ。


懲戒処分、行政処分については,特に時効がないため,非違行為として教育委員会からの処分対象となりうる。


多くの場合は懲戒免職処分という最も重たい処分が下るだろう。

懲戒免職はただの退職やクビになるのとはわけが違う。永久に経歴に刻まれるので引っ越したとしてももう一度教師になることはできない。


そうして、あれから1ヶ月半が経過した。


『……………逮捕された元教頭の男は先日、20年前の児童淫行に関わったとし、教育委員会より懲戒免職処分となっていました。余罪について聞き取り調査を行なった結果、複数の被害が確認されたことから、教育委員会は警察に相談していました。それでは、現場の藤本さーん、聞こえますかー?あれ?藤本さーん?』


事務所の角に置かれたテレビからそんなニュースが流れている。


「おや、捕まったようじゃな」


紺右衛門はお気に入りのソファーに腰掛け、緑茶を啜りながら言った。


「ん? ああ、本当だ。よかったよかった」


玉藻は自分のデスクにだらりと腰掛け、上の空な様子で答えた。


「なんじゃ、あまり嬉しそうじゃないのう」


「うーん、まあね」


玉藻はペンを指先でくるくる回している。


「今回の件、しずくちゃんが知ったら怒るかもなぁって」


玉藻が言うと紺右衛門は意外そうな顔をした。


「何故じゃ?自分を不幸に追いやった諸悪の根源じゃろ?」


「まあ、そうなんだけどね。もしかしたら、それでもあの先生が好きだったのかなって」


玉藻がいうと紺右衛門は怪訝な顔をした。


「………わしには理解できんな」


「でしょうね。まあ、人間て好意を向けられると何だか好きになっちゃうものなのよ。特に精神的に未発達な若い子はそうでしょ」


「それはそうかもしれんな」


「あと、左手薬指って、女子にとっては結婚指輪をはめる大事な指なわけ。それを術式の核として使うってことは、命の次に大事なものを対価として差し出したと言っても過言じゃないのよ。想いの強さだけで言えば、これを上回るものはそうそうないわ。赤の他人のために普通はここまでやらない」


玉藻は自分の左手薬指を擦る。


「そうなのか………」


紺右衛門はあまりピンときていないようだが頷いた。


「まあ、逮捕されるのは想定外というか、思ってたより余罪多すぎて、本当にどうしてこんな奴を好きになっちゃったのか、しずくちゃんに聞きたいぐらいだけど」


「すべてはあの手紙のおかげじゃな。しかし、よく復元できたのう」


しずくちゃんが残したボロボロの手紙を玉藻はツテを頼って復元していた。


「いやあ、まさか前に少し協力した画廊の店主が元メトロポリタンのキュレーター学芸員とは。恩は売っとくものですなー」


そう言いつつ玉藻はペットボトルのブラックコーヒーを飲む。

キュレーターの腕は凄まじく、泥と血とカビやホコリにまみれていたくしゃくしゃの手紙の汚れを除去して読めるレベルに復元していた。普段から絵画の修復をしているため必要な道具や薬品が揃っていたとはいえ、並大抵の技量ではない。なお、現物は父親であるマサトに返却済みだ。


「あの手紙を教頭は読んだんじゃろうか」


「読んでたら破り捨てるでしょ。だからきっと読まなかったんだよ」


そう言って、玉藻は葛葉が買ってきた饅頭を頬張る。


「届くことのない告白だなんて、少しロマンチックだけど残酷だよね」


手紙の内容はラブレターだった。だが、しずくちゃんはそれを彼には見せることは無かった。

詳しい理由はわからない。


「さて、事件も解決したし、報酬もこの前入金されたし、今夜は美味しいものでもたべましょ!」


いつの間にか部屋から出てきた葛葉が、紺右衛門の向かいに腰掛けながら言った。


「………そうだね。ピザでも頼みますか!」


玉藻がそう提案すると、紺右衛門と葛葉は文句を言った。


「嫌よ。手が汚れるもの」


「わしは和食がよいのう」


二人はなかなかグルメ舌なので却下されてしまった。面倒だなと思いつつ玉藻は二人が喜びそうな出前を考える。


「えー、……じゃあ寿司とか」


「あらいいわね」


「テンションあがってきたのう」


二人はそそくさと机の上を片付け始めた。もう食べる気なのか?まだ注文すらしてないのに?

なんだがその様子が面白くて玉藻は少し微笑む。

そしてその時、自分が久々に笑った事に気がついた。


人生、色々なことがある。そして色々な人生がある。彼女の人生と玉藻の人生は違う。


私はあなたの分まで生きるよ。それぐらいしかできないから。


そう思いながら、玉藻は寿司を注文するためにスマホを手に取った。



「届くことのない告白」配達完了

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