ドールは染まる

ひゐ(宵々屋)

ドールは染まる

 とある少女の、七歳の誕生日。その人形は誕生日プレゼントとして、彼女に贈られました。


 かつて、お店に並んでいた時は、右を見ても左を見ても、自分と同じ顔、同じもの――量産された玩具だった人形は、特別でない自分を、果たして少女が気に入ってくれるか、どきどきしながら箱が開くのを待ちました。


 箱が開いて、光が入り込んで、少女の驚いた表情が見えて。


「うわあ! かわいい! パパ、ママ、ありがとう!」


 人形は抱き上げられ、頬ずりされました。少女は言います。


「これからずっと一緒よ! そうだ、私とお揃いの服を作ってあげる!」



 * * *



 少女が拙くも、自分と同じ服の色の布を縫い合わせ、人形に服を作ります。

 着せてもらったのなら、どんなに不格好な服でも、少女とお揃いになれて、人形は嬉しく思いました。そして一緒にお出かけをするのです。

 お出かけの最中、たくさんの店に入りますが、服屋にも入りました。


「ねえ! この服、とってもかわいい! あなたにも似合うと思わない?」


 そう言って、少女は両親に好みの服を買ってもらって、またその服と同じ色の布も買ってもらって、家に帰ったのなら、人形のために服を作ります。


 少女は自分らしく生きる、純粋な子供でした。気に入ったものがあれば、手元に置いたり、身につけたり。だから少女の部屋は、少女の好むものでいっぱい。着る服だって、好みのものだけしかありません。


 そして、そのために、人形の服も好みのものです。

 最近お気に入りのヘアアレンジを、人形にもしてあげれば、人形はすっかり、少女好みの人形となります。もうのっぺりと全て同じに色づけされたかのような量産された人形ではありません。


 何者でもなかった自分が、少女の好みに染まって、少女だけの人形になっていく――人形は嬉しくて仕方がありませんでした。


 こうしてずっとずっと、自分は少女の好みの人形として生きていくのだと、思っていました。

 少女は最初に「ずっと一緒よ」と言ってくれたのですから。



 * * *



 月日が経ち、少女は人形を相手にすることが少なくなりました。

 いつの間にか、背が伸びた彼女。さらに月日が経てば、人形は棚の上に置かれたまま、少しも相手をしてもらうこともなく、埃を被り始めました。


 それでも、人形は淑やかにそこに居続けました。この淑やかで「お姫様っぽい」のも、少女好みのもので、たとえ不細工なドレスを着ていても、これは少女の好みに染まり、少女だけの人形となった証なのです。


 ある日、少女は一人の少年を連れて帰ってきました。二人はとても仲良くおしゃべりしていましたが、ふと、少年が、


「ねえ、あの人形何? 子供っぽくない?」

「あー……あれね! すっかり忘れてた!」


 久しぶりに、少女の手が人形に触れます――けれど、少女はかつてのような少女ではありませんでした。お姫様に憧れた彼女は、一体どうしてしまったのでしょう、かつて夢見た姿とは程遠い、パンクな服装になっていました。


「ダサいよそれ、捨てちゃえば?」

「だよねー、ダサいよねー、いい機会だから捨てるか!」


 ――ぱさり、と、人形はゴミ袋の中へ。

 少女の好みに染まり、完成していたというのに。



 * * *



 ゴミは回収され、集められるべき場所へ。


 ところが、幸か不幸か、人形は道中で袋からこぼれ、地面の上に置き去りにされてしまいました。

 けれども気にしません。人形はその時、考えていたのですから。


 ずっと一緒よ、と言ってくれたあの少女。

 でもこうも捨てられてしまった。

 自分は彼女の「好き」だけに染まり、作り替えてもらったというのに。

 少女のことが好きだったからこそ「好き」に染まったのに。


 そう考えて、気付きます。

 少女も、きっと、あの少年――恋人のために、染まったのだと。

 思い返せば、少年も、少女と似たような格好をしていましたから。


 人間も、人形と同じく、染められたり、染まったりするのです。

 だから「過去の少女の好み」にすっかり染まっていた自分は捨てられたのだと、人形は気付きます。

 捨てられるのは、当たり前だったのだと。


 誰も来ない場所で、人形は空を見上げます。

 捨てられた自分は、一体何になるのだろうか、と。

 かつては「少女好み」だった自分。いまは一体何であり、これから何になっていくのだろうか、と。


 ……雨が降ればその冷たい滴に染まりました。

 ……太陽に照らされると、布は劣化が進み黄ばみました。

 ……土に汚れたのなら、茶色に。

 ……葉っぱが擦れたのなら、緑に。


 様々な色で、ぐちゃぐちゃに染まっていきます。

 その果てに真っ黒になってしまったのなら、それはゴミ?

 たくさんの色に蝕まれる中、人形は眠ることにしました。



 * * *



 気付けば人形は、宙に浮いていました。

 身体を見れば、そこにゴミの真っ黒色なんてありません。


 人形は透明になっていました。

 正しくは透明ではありません。


 雨の色。

 太陽の色。

 土の色。

 葉の色。


 他にも様々な色に染まりきって、人形は「地球色」となり、地球を包む空気の一つになったのです。

 何色でもあるその色で、世界中のどこにでも行けます。人形は地球と同じになったのです。


 地球を見て回るのは楽しく、たくさんのものを見て回りました。海、遠い国、火山、雪国、地底、宇宙にもっとも近い場所――。


 たくさんのものを見て回る中で、ふと、ある家に目が留まりました。

 とても懐かしい気持ちのするその家の中を覗けば、一人の少女がいて、元人形は「あっ」と思います。

 そう、あの少女でした。どうして彼女のことを、いままで忘れていたのでしょう。


 少女は、かつて家に連れてきた少年とは、別の少年と一緒にいました。どうやら新しい恋人のようです。それにあわせるようにして、少女の姿も少し変わっていました――新しい恋人によって、少女が染まったのか、または少女が何かに影響を受けて染まったから、元の恋人と別れ、似た色のいまの恋人とつきあっているのか。


 何にしても、かつて、元人形を愛した少女の片鱗は、どこにもありませんでした。

 けれども、そうやって、あらゆるものは、あらゆる色に染まって変わりゆくのだと、人形は察します。

 自分が地球色になったように。


 そして不変や永遠はないのです。「ずっと一緒よ」と言ってくれた彼女は、別のものが好きになり、自分とのお別れを選んだのですから。

 自分だって――地球色に染まったことにより、彼女のことを忘れていました。

 しかしそうやって、生き物は、魂は、世界は変わっていくのだと、人形はまた気付いて。


 ――まだ変わらないうちに、何か別のものに染まってしまう前に、世界の今を見てみようと、その場から去っていきました。



【終】

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