竜宮の家

日谷津鶴

竜宮の家

 舟の舳先から飛沫を上げて海に飛び込み深い場所へひたすら潜る。俺たち父子の目当ては禁漁が解けたばかりの鮑。

 岩肌に吸い付いて離れない貝にノミを挟んで剥がすのに手間取っているとじわじわと息が切れていく。やっと剥がれた貝を手にして太陽の光がゆらゆらと揺れる水面めがけて浮き上がり船上の父に鮑を掲げる。父さんが親指を立ててやったな、泳助と呼ぶ。

 頭上では鴎がでたらめな旋回を続けて湾に付き出した小山の松の木の青々とした緑が見えた。


 小さな港に船を寄せて父さんは軽トラックの荷台に撮ったアワビやナマコ、ウニを入れたケースを積み上げる。俺はそれを眺めながら荷台に揺られているのが好きだった。

 道は次第に傾斜がきつくなる。目的地の旅館が見えてくる。大手門のような表口ではなく俺たちは裏口に回る。


 寂れて所々割れて雑草が生えたコンクリートの駐車場に車を停めた。父さんが厨房へ繋がるアルミニウムの扉を叩いて磯風で枯れた声で呼び掛けると中から板前が現れて俺たちの漁果の検分を始める。板前も父も買い付けの金額を一歩も譲ろうとしない。海の幸はきまぐれで不安定だ。けちな板前は一円でも安く値切ろうとして父は頑として首を縦に振らない。


 その様子をただ眺めていると後ろから肩を叩かれて振り向いた。振り向くと自分とそう年の変わらない男の子が立っていた。漁や野遊びで真っ黒に日焼けしたここいらの子供たちと違って彼は今にも空かさ小僧の一本足がにゅ、と生えてきそうな和傘を差していてその暗い影の中に白い肌が嫌でも目立つ。

「ねえ、アワビって飼えるの?」

彼は板前と父の間に置かれたケースを指差してそう尋ねる。

「生きてるのが見たけりゃ海に潜ればいいじゃないか。アワビでも魚でもうようよいるぜ。」

 俺はどう見ても外遊びに慣れていない風貌の彼に意地悪を言った。


「行ってみたいな、海。」

「すぐそこだよ。俺なんか夏休みは毎日潜ってる。」

「羨ましいね。僕は海には行けないから。」

「何でだよ。」

「しきたり、なんだよ。」

彼は傘を回す。

「お前、旅館の客か?どっから来た?東京?」

「違うよ。ここの子だよ。」

「ここの?」


 そんなやりとりを続けていると血相を変えた女中さんがぜいぜいと息を切らして白彦様、とその子を呼んだ。

「勝手に出歩かれては困ります。この日射しではお体に障りますよ。」

「平気だよ。ねえ、君ちょっと遊んでいかない?」

不意に彼は僕の手を取った。ひんやりと冷たい感触にぞっとした。海の幽霊に水底に引き摺り込まれるとしたらきっとこんな手なのだろう。


 板前を言いくるめて上機嫌の父さんが鼻唄を歌いながらこっちにやって来た。

「父さん、こいつの家で遊んできてもいい?」

父さんは白彦をちらりと見て

「迷惑掛けるんじゃねえぞ。夕方迄には戻ってこいよ。」

とだけ言った。父さんのトラックが消えてから女中さんが

「漁民の分際で厚かましいこと」

と憎々し気に口走ったのを俺は聞こえないふりをしてやった。ここの旅館の連中はお高く止まって生け好かない。


「僕は白彦。君は?」

「泳助。」

「じゃあ遊ぼう。こっちこっち。」

白彦は畳んだ傘を女中さんの胸に押し付ける。

「そういうわけだから邪魔しないで。」

 彼はそう告げて厨房のある建物と隣の平屋の間の狭い隙間を進んだ。ダクトからは熱気が吐かれる。さっき父さんと採ったアワビもナマコももう膾切りだろうなと考えた。あれの何が美味しいのかさっぱり分からない。脂の乗ったウツボや名前も知らない雑魚のかき揚げや取れたての鯵の刺身の方がよっぽど旨かった。

 それでも価値の分からない珍味に飛び付く客のお陰で水底の軟体動物に価値が付く。変な話だと思いながら白彦の後ろについていく。手すりも低い急勾配の外階段を白彦はすいすいと上っていく。足がすくんだけれど気取られてさっきの仕返しに馬鹿にされるのが嫌で我慢しながら進んだ。ついさっきまで潜っていた海が遥か遠く思えた。


 迷路のような人気の無い廊下の角を何回も曲がった先の建て付けの悪い朱塗りの引戸の取っ手を白彦は細腕で必死に引いていた。

「ちょっと貸せよ。」

見かねて代わるとあっさりと開いた。

「ありがとう。ここが僕の部屋なんだ。」

きまりが悪そうに白彦はうつむいた。「自分の部屋が開けられないと不便じゃないのか。」

「ここ造りが古すぎて直せないんだってさ。なにしろ…」

白彦は声を潜める。

「江戸時代のお城の牢屋なんだって。お婆様が言うんだから間違いないよ。」

俺は今まで通ってきた廊下にある無数の扉を思い出して今もそこで罪人が囚われているような気がしてぞっとした。


 白彦の部屋は狭い入り口から想像できない程に広かった。自分が暮らす平屋まるごと位はあるだろう。床の畳は色褪せているのにおどろおどろしい天井画が広がっていた。


 首が痛くなるのも気にせずにその天井を見上げる。中央に掘られた巨大な女は人魚でその双眸から流れる涙は大粒の真珠。さざめく波のうねりは七宝、硝子細工で人魚が伸ばした手の先には岬から手を伸ばす青年が描かれている。美しいけれど不気味な画だった。

「お前、ここで毎晩寝てるのか?」

「そうだよ。」

白彦は窓際の寝台を指差した。

「怖くないのかよ。」

「あんまり。寝てみれば。」

 促されて寝台に寝転んでみた。人魚と目が合う。涙は流れている筈なのにその眼は見開かれてこちらを見つめているような気がした。寝返りを打つとすぐそこにこれまた朱塗りの欄干が迫っていた。背に生暖かい物が触れる。白彦が隣で寝転んで天井を指差した。

「あの人魚、夜になると本当に泣くんだ。ぴしゃぴしゃと涙が落ちてくる。」

「嘘つけ。そんな訳無いだろう。」

「本当だよ。見てごらん。」

白彦は俺の手を取って起き上がった。付いていくとすぐそこの畳に黒い染みができていた。

「畳が濡れて腐るんだ。」

「お前が寝ぼけて小便でも垂れたんじゃねえの。」

そう言った時につうっと冷たいものが首あたりを伝ってひい、と声を上げた。

「ね、泣いたでしょ。」

白彦はさも面白そうに体を反らして笑った。


 それからは人魚の尻尾側の壁の古い本棚を見せられた。図書館にある本よりも日焼けしてどれも痛んでいた。


 その中にある海洋生物図鑑を手に取る。写真は一つも無く緻密な絵で見慣れた魚たちが並んでいた。膨れたハリセンボンの絵を見て俺は笑った。

「知ってるか。こいつ食べる所が録に無いんだぜ。それに海の中じゃよっぽどのことが無い限りこんなに膨れてないしな。」

「そうなの?」

「そうそう。へえ、この魚ってウミタナゴって言うのか。こないだ獲って食ったよ。」

「凄いね、君は。」

「漁師ん家の子だからな。もう五メートルは巣潜りで泳げるし父ちゃんなんか三分は息が持つんだぜ。」


 白彦があれこれと海のことを聞いては感嘆するので得意になって俺は話し続けた。

「じゃあさ、今度俺が潜り方教えてやるよ。しきたりなんてどうせ嘘っぱちだろう。」

「…それはできないよ。海に入れば全身が溶けて無くなっちゃうんだって。」

「そんな訳ねえだろ。それじゃまるで…」

「陸に上がった人魚と同じだね。聞いたことないかな。あの浜の岬の人魚伝説。」

 人魚伝説はこの町にすむ人間なら誰もが一度は聞いたことがある昔話だ。

「じいちゃんから聞いたことあった。中身は忘れちまったけど。」


 白彦は背伸びをして本棚の一番上の本を取り出すと差し込んだ光に反射した埃が舞う。白彦が開いた見開きの頁には髪を振り乱して口から牙を生やした化け物の姿があった。

「鬼?」

「よく見て、ここ。」

白魚よりも頼りない指が差すのは化け物の腰のあたりだった。びっしりと下半身を包む鱗に二股に別れた尾鰭。それは正しく人魚の証だった。

「大昔にあの浜に流れ着いた人魚の姿だってさ。」

「気味悪いな。」

「この死体を刺身にして食べた人がいるそうだよ。」

「物好きも居るもんだな。」

 河豚のような毒のある魚からアンコウのようにおどろおどろしい見た目の魚まで食べてしまうのは人の性なのだ

ろうけれどまさか。


「いくらなんでもこんなゲデモノまで食っちまうなんて信じられねえ。」

「身は桜色で口に入れた瞬間に脂がとろけて極上の一品だったってさ。」

 絵の近くに書いてあるミミズの這った跡にしか見えない漢文を白彦は読み上げて俺は父さんが船の上で捌いたばかりのブリの味を思い出して生唾を飲んだ。

「そしてその身を食べた村人は不老長寿になったんだって。」

 白彦は少し早口に言って頁を捲ると次に現れたのは海に立った鳥居の下で顔を覆って泣く人魚の絵が現れた。

「この絵がさっき泣いてたうちの人魚だよ。」

「鳥居なんてここらの浜にあったっけ。」

「戦争の前に朽ちて無くなったんだよ。戦後のごたごたで再建しないままだったんだ。」

 白彦は尤もらしく咳払いをして物語を読み始める。


「昔々海の底に一匹の人魚がいました。ある嵐の日に人魚は海に投げ出された一人の漁師を見つけて急いで浜に連れていきました。


 目を覚ました漁師は美しい人魚の姿を見て恋に落ち、人魚もまた逞しい漁師の青年を気に入りました。するとたちまち人魚の尾びれは二本のすらりとした脚に代わり波は引いて海神の声がしました。

 海神は「人間を愛した以上お前は海のけだものでは居られまい。もう二度と戻ってきてはいけない。」と言いました。

 人魚は悲しむことなく青年と手を取って浜辺から村へ駆けていきました。二人の間には子供も産まれ人魚は家の中を切り盛りして漁師も家族を養うために必死に荒れ狂う漁に出続けました。けれども…」


 そこで白彦がまた頁を捲るとそこには銛を持った村人に囲まれて子供を抱いて泣く人魚の姿があった。


「ある日村人が井戸で水を汲む人魚に悪戯をしようとしてもつれあいになりました。その時人魚の着物がはだけて腰のあたりに残った鱗を見てしまったのです。

 村人は声を上げて村中の人を集めました。人魚のことを身寄りの無い哀れな娘だと漁師から伝え聞いていた村の人は今まで人魚の一家に優しくしていました。

 しかし人魚がどうやら我々村の人間と違う異形の化け物だと知った途端に人魚を取り囲み問い詰めました。夫の漁師は自分も槍玉に上げられることが怖くなって彼女を指差して自分もこの半魚人に騙されていたと言いました。


 その瞬間彼女は火が点いたように走り出して浜に行ってじゃぶじゃぶと海に入っていきました。

「海神様、どうか私に海を自由に泳げ尾を返してくださいまし。」

 人となった彼女にもはや海神の声も魚たちの声も聞こえません。それどころか彼女の両足はじわじわと白浪のように溶けていくではありませんか。

「嫌だ、嫌だ、死にたくない。」

 彼女は顔を覆って泣きます。その涙は真珠となってぽろぽろと海に落ちてまた溶けていきます。憎い憎い腰の鱗も白い肌も黒く艶やかな髪もすっかり溶けてとうとう人魚は海に還ることができました。溶けていく妻を見た夫は自分の愚かさに気付いて海に入りました。

「許してくれ、俺が、俺が悪かった。」

 残った人魚の着物を抱いて漁師は泣きましたがもう全ては遅いのです。悲しんだ漁師は気が触れてそのまま妻の名を叫んで海に沈んでいきました。残された哀れな子供は通りかかったお殿様に拾われて一生幸せに暮らしました。この話の顛末を聞いて憐れんだお殿様は鳥居と祠を立てて人魚と漁師の霊を代々祀りました。」


 おしまい、と白彦は結んでぱたん、と本を閉じて満足そうに笑った。

「なんか人魚がかわいそうだなあ。海の神様も勝手だし。」

「漁師を助けた時点で人魚は獣の理に反していたんだよ。きっと。だから全部その罰なんだ。」

「それじゃああんまりな話だなあ。昔話ってどうも酷いことばっかりだ。」

「あの人魚の像の中には人魚の着ていた着物が入ってるんだって。」

「何でそんなこと分かるんだよ。」

「お話の最後に子供を拾ったお殿様がいるでしょ。その人が造らせたんだって。お殿様は義理や人情でその子を拾ったんじゃないと僕は思う。きっと怖かったんじゃないかな。人魚が仇成す祟りがさ。で、僕はその子の子孫だから海に入ると先祖の人魚みたいに消えるらしい。」

「なんだよ、それ。そんな証拠あるのか?」

「さあ、分からないよ。ただおばあ様に叱られるから海には行けないんだ。ごめんね。あれ、もう夕方だね。」

「やべえ、もう帰らないと。」


 白彦に案内されて駐車場に出た。止まったトラックから野菜が下ろされて板前がまた検分していた。

「ねえ、また僕と遊んでくれる?」

彼は首を傾げて不安そうに尋ねた。

「いいよ。また今度な。」

 そう答えると白彦の表情がぱっと明るくなって小指を差し出して指切りをした。誰かと指切りで約束するなんて久しぶりの事のように思えた。そんなことをしなくても浜に行けば誰かしら遊んでいるのだから。


 坂道を転げ落ちるように急いで帰ると腰に手を当てた母が門の前に立っていた。

「まったく、いつまで遊んでいるのかしら。ご迷惑になるから五時には帰ってらっしゃい。」

 俺は黙って母さんの太い腰にしがみついた。あの人魚と同じ鱗がある筈も無いのに。母さんは変な子ねえ、と笑って俺の頭をぽんぽん叩いていた。


「どうだ、友達になれたか?」

縁側で古くなった漁具の手入れをする父さんが思い出したかのようにそう言った。

「うん。変な奴だった。人魚の子孫なんだってさ。」

「人魚の子孫かあ。確かにあそこの旅館のご先祖様は昔はここいらの城主で人魚みたいに綺麗なお姫様がいたって俺も聞いたことがある。だからって今も威張り散らして嫌になるね。なんでもあそこの地下には人魚の頭をまるごと浸けた薬の壺が残ってるって爺さんが言ってたっけな。」

「じゃああいつと仲良くしちゃいけないの?」

「子供は大人の事情なんざ関係ないさ。お前が遊びたいと思えばそうすりゃあいい。…体が弱い子供がいるとは噂にゃ聞いていたが学校にも通わせないのは可哀想な話だ。」


 父さんの言葉ではっとした。殆ど同じ年格好で学校で会ったことが無いのはおかしい。

「人魚の子孫だから海遊びができないんだって。」

「そうでも言って聞かせなきゃ弱い体で海に入って溺れでもしたら大変なんだろうさ。だから無理強いしちゃいけないぞ。」

「それって竜ノ宮さんの所の話?」

洗い物を終えた母がタオルで手を拭いて振り返った。

「ああ、そうだ。あそこの坊っちゃん。確か俺らの同級生の志織さんの息子だろう。」

「ああ、若いのに可哀想だったわね。海に飛び込んで自殺するなんて。」

「本当に綺麗な子だったよ。志織ちゃん。」

 父さんはそう言ってため息をついて母さんは遠い目をしてだけど、子供を遺して死ぬなんて考えられないわと言った。

 九時のニュース番組が始まって父はテレビを点けた。行ったこともない遠い東京で起きた政治家の汚職事件が流れる。通り魔殺人事件の続報とパンダの出産がごちゃまぜに報じられる。

 庭先では蝉がやかましい位鳴いて蚊取り線香から煙が上がる。白彦の部屋の天井の人魚。何もかもが同じ世界だとは思えないままぼんやりと布団に入って眠った。


 それから夏休みの間は朝に漁に出て午後には白彦と遊ぶようになった。毎日同じ位の時間に白彦は日傘を差して駐車場で待っていた。海に行けないのならせめて浜の物を見せたいと思った俺は砂浜で貝殻を拾った。

 通りかかった幼馴染みの恵太に貝殻遊びなんて女の子みたいだと囃し立てられて罰の悪い思いはしたけれど。


 ビニール袋に突っ込んでいた貝殻を白彦の部屋の座敷に広げる。くっついていた砂がこぼれてにわかに磯の匂いが漂う。白彦は一つ一つを手に取って眺めていた。

「これは蛤、こっちは烏貝だね。本物を見るのは初めてだよ。」

刺々しいホネガイの標本が表紙の貝の図鑑を広げながら白彦は喜んでふと天井を指差した。

「見える、人魚の腰の虹色の部分。」

見上げると確かに柔らかく光る部分があった。

「あれは貝の裏なんだって。螺鈿細工って言うんだよ。」

「へえ。確かに貝の内側ってあんな色だよな。」

「そう。真珠が貝の中で出来るって知ってる?」

「そのくらい俺も知ってるよ。なにせ養殖できる水産物だからな。アコヤ貝が作るんだろ。」

父さんが話していたことをそのまま白彦に喋った。

「そうそう。だけど真珠を作るのはアコヤ貝の専売特許じゃないよ。どんな貝にもこの真珠質があるから他の貝の破片や砂粒が貝の身に入ってそれが核になって真珠ができるんだって。

 養殖技術が確率する前は真珠は貝の中から偶然見つかる宝物だったんだよ。奈良時代の墳墓の副葬品にもあってペルシャでは潜水夫が鮫だらけの海域で命懸けで取る代物だったんだよ。」

「随分詳しいんだなあ。」

俺は感心した。海に行ったことが無いのに白彦は部屋に大量にある本のせいで詳しいことはやたら詳しかった。

「けれど貝にとって真珠はただの異物、出来物なんだよ。人間に例えるなら結石や腫瘍に近い。胆汁が重なって大きくなる胆石が近いかなあ。想像してごらんよ。体に核を入れられてそれが自分の体液でぶくぶく膨らんで大きくなる様を。」

 白彦の言葉にぞっとした。自分の身で真珠を育てて最後には貝をこじ開けられて真珠を取り出される。成果物を見て喜ぶ人間。用無しになって捨てられるぶよぶよとした肉体。その時白彦がうわあ、と悲鳴を上げて飛び退いた。

「見て、今その貝が動いた。」

視線の先を見るとそこには一個の巻き貝があった。

「ああ、ヤドカリでも入ってたんじゃねえの。つつかないで見てろよ。また歩くぞ。」

「ああ、びっくりした。」

白彦は胸を撫で下ろす。二人で腹這いになって息を殺して様子を伺っていると巻き貝から小さなヤドカリが顔をだして歩き始めた。

「初めて見たよ、ヤドカリ。」

白彦はおっかなびっくりヤドカリを手に載せて頭をつつく。

「なあ、学校に来いよ。きっともっと楽しいぞ。お前は物知りだし友達も沢山できるよ。」

 不意に俺はそう口走った。白彦と過ごしてこのまま一人ぼっちじゃ可哀想なんじゃなくて勿体無いと思った。

「駄目だよ。多分籍は君と同じあそこの小学校にあるんだろうけど僕は学校に行っちゃいけないんだって。」

「そんなの誰が決めてるんだよ。」

まさか、天井の人魚のせいにする筈はないだろう。

「お婆様だよ。表の人は大女将って呼んでるね。僕は体が弱いから駄目なんだって。無理矢理に傘を取られて体育でもやらされたら肌に水泡ができるって。」

「体の調子が悪い時は見学すればいいじゃないか。」

「お婆様の言いつけは絶対なんだ。僕が何を行っても聞いちゃくれないよ。」

「じゃあ俺がその婆さんを説得してやる。連れていってくれ。」

「分かった。僕も行かせてもらえるなら皆と一緒に学校に行きたい。一昨日あそこの本を全部読み終えてしまったんだ。」

白彦はそう言ってヤドカリをそっと畳の上に置いた。


 旅館の中を歩くのは初めてだった。白地に水色の巴紋が入った浴衣を着た宿泊客の男女がエレベーターの前ではしゃいでいた。吹き抜けに沿った檜の螺旋階段を白彦は上がっていく。まるでで骨貝の標本だ。吊り下げられた無数の河豚の張子が揺れていた。眼下には朱塗りの橋に水面が揺らめいていた。そこに蠢く影は確かにエイやネコザメだった。小さい子が親に抱えられて橋の上で魚を指差していた。


 階段を登りきって最上階の奥の部屋の扉を白彦は叩いた。

「お婆様、白彦です。」

 部屋にはいるとそこは六畳程の狭い和室で座布団の上で座っている俺たちと殆ど背丈の変わらないお婆さんが夏だというのに囲炉裏の前で重そうな算盤を弾いていた。

 俺の姿を認めたお婆さんの顔がたちどころに険しくなる。

「白彦、その子はどうしたんだ。」

「友達です。」

「ここの人間以外と口を利いちゃいけないと言っただろう。」

「お婆様、今日はお願いがあって来ました。学校に行かせて下さい。やっぱり僕も他の子と一緒に勉強したり遊んだりしたいんです。もうこんな生活はうんざりで気が狂いそうだ!」

 俺が何かを言う前に白彦は唇を震わせてそう叫んだ。

「お前は体の出来が他の子と違うんだ。だから外に出す訳には行かないんだ」

「違うもんか、こいつは俺と同じただの子供だよ!学校には体の弱い子も喘息の子もいるけど皆で一緒に勉強してよ!誰も閉じ込められてなんていやしないんだ!」

「生まれついての病気だけじゃない。この子自身もまだわかっちゃいない身内の事情があるんだよ。悪いけど帰っておくれ。あんたは友達思いの良い子だ。だけどもうこの子とは金輪際関わらないでおくれ。もし白彦に何かがあればあんたは自分のせいだと一生悔やむだろう。」

 俺は言い返せなかった。校庭のグラウンドで白彦が倒れたら、図書室の隅で心臓が発作なんて起こしたら。

「お婆様、分かりました。療養に専念します。もし体が治ったら中学からでも学校に上げてください。お願いします。」

「約束は出来ない。お医者様に聞くしかない。」

「…本、あげてやってください。」

自分の臆病さが悔しくて今にも目の奥からこぼれそうな涙を堪えて声を絞り出した。

「もう全部、読んだって。だからせめて退屈しないように、お願いします。」

「ああ、約束するよ。早速明日にでも本屋ごと買い上げてくるかねえ。」

お婆さんは微笑んでそう言った。



 旅館の送迎用の車に押し込められて家に送られる前に白彦は中居さんの手を振りほどいた。

「元気になったら、必ず君に会いに行くよ。だから、忘れないで!」

涙交じりの声に俺はああ、とかうん、とか答えた。車のドアが閉まると俺はみっともなく泣いた。


 家に付くと一緒に来た旅館の人と父さんが居間で何かを話していた。その間に庭で待っていた。蝶と殆ど見分けの付かない蛾がひらひらと飛んでいた。


 父さんは例の旅館に付いていくことと白彦にこっそり会いに行くことは止めなさいと俺に含んで聞かせた。あそこの家は何なんだ、白彦のお母さんが自殺したのはどうしてだ、と尋ねても父さんは怒らなかったけれど何一つ答えちゃくれなかった。

「泳助、家にはそれぞれ事情ってのがあるんだ。それを他人がどうこう言って変わるもんじゃない。そういう子がいたってことを忘れてやるな。」

父さんに背中を叩かれて俺ははい、と答えた。



 中学に進んでからも白彦が学校に来ることは無かったし町のどこかでばったり出くわすことも無かった。

 ただ白彦は俺の夢に度々出てきた。教室で机に腰かけてやあ、と手を上げていることもあればあの部屋で貝や真珠に埋もれて遊んでいることもあった。俺の喉からぼろぼろと牡蠣の殻が出てくる。吐いても吐いても虹色の殻が喉を通る感触は夢とは思えないほど生々しいのに白彦は一つ一つ手に取って真珠を探していた。

 天井の人魚はあははは、と口に手を当てて笑っていた。部屋の隅で白彦のお婆さんがそろばんを弾きながら暖かい眼差しで孫を眺めている。

 機嫌を損ねた人魚の双眸から大粒の涙が溢れて部屋はやがて洪水になる。水の中で白彦の体の輪郭がぶくぶくと泡を纏って溶けていく。お婆さんのだから言ったのに、という冷たい声が聞こえる。俺は泳いで白彦に手を伸ばす。触れた手が気泡になって流れていく。人魚は尾鰭を打って深い海の底に行ってしまった。


 目を覚まして瞬きを繰り返す。泳助、遅刻するわよ、と母さんが告げる。こっちはそれどころじゃない。さっきまで溺れて白彦はやっぱり海に入っちゃいけないんだとごちゃついた頭で洗面所に行って顔を洗った。夢から覚めた時に今の自分の年が分からなくなることが度々ある。幼稚園児だったか。はたまた小学校の低学年、白彦と会った六年生の夏。今は中学三年の9月、今日から新学期で間違いない。


 冴えなかった部活の野球も引退していよいよ受験勉強をしなきゃいけない。もっとも俺が進む地元の水産高校は専ら毎年定員割ればかりしているのだけれど。


 通学路の坂を上がった所に分かれ道がある。真っ直ぐ行けば小学校。右に曲がれば中学校。左に曲がれば水産高校だった。歩いていると後ろから幼なじみの恵太が自転車で追い越して呼ばれた。

「よお、泳助。残念だったな地区予選。」

一回戦でコールド負けした抑えの投手の俺をからかっているのだろう。

「強豪に当たっちまったからしょうがねえよ。」

 俺はそう答えた。実際子供の頃から浜でお遊びでやっていた野球ごっこの延長戦みたいな部活だった。

「お前、隣町の普通科受けるんだってな。そっちこそ落ちないように頑張れよ。」

「おうよ。まあ見てな。」


 恵太の家は父親が村役場の役人で継ぐ家も船もない。そういう奴は電車で一時間もかかる隣町の高校に行ったり下宿して都会に出る。そのまま大学に進んでそっちで就職してこの町には戻ってこないもんだと父さんが漏らしていたのを思い出す。

「お前はマジで親父の跡継ぐの?」

「そうするよ。」

 俺は大分昔にそう決めていた。背広を着て勤めに出るとか工場で一日中働くことを考えるだけでぞっとした。


 潜っている間は息が続く限り自由だ。その分暮らしのゆとりが持てる金も無いし台風や赤潮一つ、遠い中東の地の内紛で燃料が上がって生活が苦しくなるのは嫌というほど分かっているけれどそれでも陸の上の勤め人にはなりたくなかった。

  箱詰めのオフィスで働いてレジャーと称して都合の良い時だけ海に甘えるように酸素ボンベを背負ってくるダイバーを見かける度にああはなるまいと苦々しく思った。


 休み明けの教室で夏服の袖から覗く手足は男子の女子の例外もなく皆一様に日焼けばかりしていた。終わらなかった夏休みの宿題をひらひらさせるお調子者に先週にあった模試の結果に一喜一憂する町外への進学組。あと半年程で卒業したらきれいさっぱりバラバラになる教室は賑やかでどこか遠い。


 始業のチャイムが鳴ってうるさい蚊を払うように出席簿を振りかざして静かにしなさい、と声を上げて担任が教壇に立った。

「お前ら、今学期から転校生が来る。町の外から来た者だからって邪険にして苛めなんかしよったら高校には行けないものと思え。」

 囃し立てる指笛を担任はそう制した。都会という華やかで便利で選択肢に溢れた世界からやってくる余所者に羨望と生まれる場所を選べなかった妬ましさを持つのが田舎者のしみったれた性だった。

「入れ、竜ノ宮。」

 扉が引かれて靴音を響かせて現れた転校生は黒板に傷のような細い字チョークで佐賀白彦と書いて振り返る。

「竜ノ宮白彦といいます。神奈川から来ました。よろしくお願いします。」

 俺は驚いたまま彼を見て白彦の面影を探した。抜けるような白い肌に色の薄い黒髪。飴色の瞳。姿形は確かにあの子供が成長した姿だと認めるのに十分なのに「何か違う」と警鐘を鳴らす直感は潜り漁をしている時の勘だった。

 白彦は宛がわれた自分の席に向かってすたすたと歩いていった。女子たちの色めいたひそひそ話となーんだ、男かよという男子の呆れ声が一緒くたになる。見つめていた白彦と不意に目が合う。俺を一瞥しただけのその顔は能面のように無表情であの人魚の下ではしゃぐ物知りな子供の影も無かった。


 やらない方がましだと思えるほど退屈な始業式を終えて授業を受けている間に俺は白彦が何故突然現れたのかを考えていた。

 祖母が学校に行かせないと言うほどの病気は治ったのか。神奈川の中学校に進んだのだろうか。分からないことだらけでやっぱり本人を捕まえる他ないだろうと腹を括って放課後を待った。


 女子たちの質問攻めにも愛想笑い一つ浮かべずに逃げるように白彦は教室を飛び出して俺はその後を追いかけた。学校から少し歩いた所にある年寄りが神木と言って手を合わせる注連縄を巻いた松の木を見上げる白彦を呼び止めた。

「白彦、憶えてるか、俺のこと。六年生の夏休みに一緒に遊んだ漁師のせがれの泳助だよ。」

「久しぶりだね、泳助。忘れてはいないよ。」

「お前病気治ったのか?神奈川の中学に行ってたなんて驚いたよ。」

 白彦は目を伏せて口の端を吊り上げて卑屈な笑みを浮かべる。そして不意に自分の左下腹部に手を這わせて一撫でした。

「君と別れて暫くしてから父さんからの初めてプレゼントを貰ったんだ。腎臓だよ。」

 移植を受けた、ということだろうが返事に詰まった。白彦の病気が何かは知らなかったが移植で治る類いの物だったのか。黙り込んでいると白彦が言葉を継ぐ。

「亡くなったおばあ様にはこの先いくら感謝しても足りない位だよ。行方知れずだった父さんを探し出してくれたんだからね。」

「親父に会えたんだな。良かったな、移植が受けられて。」

白彦はそうだね、と微笑んで俺の方に歩み寄り耳に顔を寄せる。

「二つの腎臓を取り出した父さんに会える訳がないじゃないか。」

俺の首の後ろに冷や汗が伝う。。両方の腎臓を他人にやれば死んでしまうこと位は分かる。それが性質の悪いからかいや冗談だとはどうしても思えなかった。

「…久しぶりに遊びにおいでよ。きっと人魚も君に会いたがってる。もうおばあ様もいないからね。」

白彦はそう言って俺の手を取った。初めて会ったあの日と同じように。


 ぶらぶらと歩く白彦の後ろをついて照り返しのきついコンクリートの道を登っていく。そうか、体が治ったのならもうあの日傘も必要ないのだろう。


 厨房の間の道は子供の頃より狭く蟹歩きしてやっと通れる隙間だった。その先の外階段への道も何もかも変わらない。例の朱塗りの扉の前で白彦は鞄から鍵を出して開けるとその天井には忘れもしないあの人魚が貼りついていた。


「どうだった、神奈川の中学は。」

「別に。面白くも無かったよ。寮暮らしは酷かった。」

 白彦はそう言ってそっぽを向いた。あんなに学校に行きたいと言っていたのに冷めた返事にどこか寂しさを感じた。

「モテたんじゃねえの。今日も教室で女子に質問攻めだったろ。」

「男子校だったから。どっちにしろ面倒なだけだよ。君はあれからどうしてたの?」

「どうって普通だよ。中学に上がって野球部に入った。ピッチャーやってたんだけど今年最後の地区予選の初戦で打たれまくってコールド負けで引退。ダセェよな。休みの日は親父の手伝いで潜り漁やってて…」

クラスメイトの紹介をしようとすると白彦はいいよ、と遮った。

「どうせ半年のつきあいだから。高校はまたあっちの方に行くんだ。」

「じゃあ何でまたこっちに戻ってきたんだ。」

「君に会いたかったからってことにしておいてくれないか。」

「俺のせいにすんじゃねえよ。」

白彦は声を上げて笑った。口に手を当てる女の子みたいな仕草は変わっていなくてどこか安心した。


「なあ、お前。さっき言ってた腎臓の話ってマジなのか。」

俺が改めてそう尋ねると白彦は頷いた。

「そうだよ。その位して当然なんだ。なんたって母も僕も祖母も捨てて逃げ出したような男なんだから。全て父と母のせいだ。全部。」

白彦は苦々しそうに唇を噛んだ。

「だからって親父を殺してまで…」

「生き永らえたのは僕の意志じゃない。祖母の命令だよ。あの人はそうして僕にこの旅館の全てを相続させたかったんだ。移植を受けずに僕が死ねば遺産は血の繋がらない義理の娘、ほら表で張り切って仕切っている今の女将に渡る。それが嫌で堪らなかったんだ。」

 白彦は訥々とそう説明した。正月に本家に集まって磯風で焼けた声でぎゃあぎゃあ言いながら酒盛りをする自分の親戚とはあまりにもかけ離れている。

「…父からの移植が無ければ僕は今ここに居ない。今思えば君と遊んでたあの頃は立って歩けるぎりぎりの状態だったんだ。僕ら一族の遺伝子はどうも欠陥だらけで複雑らしい。それでも気が滅入ったよ。相続を餌に呼び出した父を騙すようにね。」

「片方じゃダメだったのか。」

 俺が考えなしにそう返事をすると白彦はため息を吐いた。

「生まれつき僕の体の中は奇形だらけだったんだ。その原因の張本人に責任を取らせてやったんだ。」

白彦はそう言って一息ついた。

「だって父と母は兄妹なんだから。」

 俺の頭の中が真っ白になる。きょうだい、きょうだいと確かに白彦は言った。

「父と母は異常だよ。だけど祖母は従兄弟婚だし曾祖母もそうだ。祖母に見せられた家系図を見たらそういう身内内の婚姻が延々と続いてたんだ。遡れば江戸時代の城主とその側室の間に産まれた子に辿り着く。」

「それってあの人魚のと人間の子だって言われてたあの子供か?」

「そう。人魚かどうかの真偽は置いておいて忌まれた女は城主の妾になって子を産んだらしい。まあそんなのどうでもいいよ。僕の両親が仕出かしたことに比べれば全部がどうでもいい。」

 白彦の肩が幽かに震える。その姿を見ればこの話が法螺でも何でもないことが分かる。俺はただ呆気にとられたままだった。

「あの頃はそれ、知ってたのか?」

「君と遊んでた頃は知らなかったよ。移植の時に全てを祖母から聞いた。お前は竜ノ宮の血を引く最後の跡取りだってね。」

「じゃあ継ぐのか、この旅館。」

「さあ、分からないよ。不思議だね。あれほど死にたくなかったし父の命を奪ってまでも生き永らえたっていうのにいざ健康な体を手に入れてどう生きればわからないなんて。」

「分からないから生まれ故郷に戻ってきたんじゃないのか。」

「そうかもしれないね。一度はここで学生生活を送ってみたかった。そうそう、この部屋が何だったのかもようやく分かったよ。」


 白彦はそう言って立ち上がって欄干に手を掛けて遠くの海を眺める。

「人魚の部屋。城主の側室になった女の人が暮らした部屋なんだって。」

「側妻って…確か城主が拾ったのは人魚と漁師の赤ん坊だろ。」

「…お話ではね。女の赤ん坊なら成長すれば妾にも婢にもできるさ。その彼女を住まわせる部屋にどうしてこんな意趣を凝らしたのかは分からないよ。 彼女は泡になって消えた人魚の母と土壇場で彼女を捨てた臆病な父親の木彫りの下で暮らしてたんだから。」

「なあ、白彦。」

俺が悩んだ末に口にできた言葉は海にいかないか、だった。白彦は笑って頷いた。海に行ったところで何かが変わる訳じゃないのに。


 さっき登ったばかりの坂を下って俺は行きなれた海へと向かって白彦の手を引っ張って走った。夕暮れの空に相も変わらず熱気を孕んだ雲が立ち込めていた。

 松林を抜けてウミネコがやかましく舞う砂浜に穏やかな波が寄せては引いてを繰り返していた。俺は服を脱ぎ捨ててトランクス一丁で波にじゃぶじゃぶと入って振り返る。

「来いよ、ちっとも怖くなんかない。」


 白彦は制服のズボンを捲り上げて靴下を脱いでそっと足を付けた。

「気持ちいいね。これが海なんだ。ははは、体が溶けて無くなるなんてとんだ嘘っぱちだ。」

白彦は一歩一歩足を進める。大きめの波が不意に風に押されて俺たちはずぶ濡れになって顔を見合わせて笑った。

「せっかくの制服台無しだな。」

「そうだね、台無しだね。」

「もう脱いじまえよ。」

 俺がそう言うと白彦は目を伏せてシャツの端を捲り上げた。そこに現れた物を見た俺は言葉を失う。生白い腰にはどういうことか魚の鱗が張り付いている。虹色のそれは螺鈿にも真珠にも似た柔らかい輝きを湛えていた。

 腰の鱗、言い伝えの人魚が人間の足を手に入れた時に残った瘢痕。そのせいで村を追われた人ならざる物の証。

「だからこのことは秘密なんだよ。」

 白彦の幽かな声は波音に掻き消されて吸い込まれるように消えていった。

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竜宮の家 日谷津鶴 @hitanituzuru

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