EPILOGUE


「聞いたかよ、今日のトップニュース」

「もしかして、刑務所から殺人犯が脱獄した話か?」

「そうそう。マジでやべーよな、そんな危険人物を逃がしちゃうなんて」

「しかも、脱獄の仕方が不明らしいじゃん」

「え、長い年月をかけて壁に穴を開けた、とかじゃねーの?」

「違う違う。まぁ報道出来ないほど杜撰ずさんな理由かもしれないけど」

「税金泥棒過ぎるだろそれ。マジふざけンなよ」

「え、それどっちが? 看守の方、それとも囚人が?」

「どっちもだよ」


「病院から患者が逃げ出したってニュースの話なんだけどさ」

「え、知らんけど。もしかして、定期検診が嫌でドタキャンみたいな?」

「それがちょっと複雑そうでさ。実は精神病院から脱走したらしくて」

「うわっ、何それ闇深そう」

「闇成分強めなのは、病院よりも患者の方らしいけどね」

「どゆこと?」

「テレビのニュースだと、名前は公表しなくて簡単に済ませてたけど、ネットの方で特定されちゃったんだよ」

「特定班ってやつか」

「それがなんと、患者はかつて幼児を殺した凶悪犯だったみたいで」

「刑務所から脱獄した事件とまんま一緒じゃん」

「犯罪者が二人も街に解き放たれたとか、怖過ぎて夜も眠れないよ」


「どっかの街で、女子高生が行方不明って話あるじゃん?」

「えー、ただの家出でしょ。うちらもよくやったし、年頃ならみんなやるっしょ」

「それが、実は街のお偉いさんの箱入り娘みたいでね。家族はインタビューで“そんな不良なことする子じゃありません”って」

「娘のこと全然把握してなかっただけ。つまんない事件っしょ」

「いやいや、それがあたしらと違うっていうか。ニュースのコメント欄はガチで炎上中なのよ」

「え、マジ?」

「その娘ってのが酷くてね。ちょっと前話題になった“いじめ”事件の主犯みたいでさ」

「うわ、もしかしてコンエンじゃね?」

怨恨えんこんね、かもって話だけど。だから“報いに違いない”とか“娘の悪事は報道しないのに助けは求めるんですね”とか、コメント欄閉鎖の大炎上」

「それこそ“今のお気持ちは?”って聞きたい系の事件じゃん」


「ねぇねぇ。今さっき、SNSでこれが回ってきたんだけど」

「“行方不明の旦那を探しています”か。ふーん、いい歳したおっさんが迷子になったの?」

「あー確かに。見た目からしてちょっと馬鹿そうだし育ちも悪そうだし、普通にあり得そうかも」

「こらこら、人を見かけで判断しちゃ駄目でしょ……って、返信欄が地獄になってるじゃん。“少年犯罪者の妻”とかなんとか。凄い誹謗中傷ひぼうちゅうしょうの嵐だよ」

「え、嘘。うわ~、これは酷いわぁ」

「いやいや、酷いのは行方不明の旦那の方でしょ。“昔はやんちゃでした”って、人殺しはやんちゃで済まないって。ホント、人としてあり得ない」

「バーベキュー事件? とかの犯人みたいだけど……え、ちょっとやだ。人間のやることじゃないでしょ。こんなのと結婚するとか、妻の方も頭おかしいって」

「しかも娘が二人いるって。危険人物の教育も受けてるし、色々と行く末が心配になるね」


「最近行方不明事件が話題だけどさ。男嫌いで有名なうるさい女いたじゃん。ほら、自分の主張を出版してた奴。あいつ、このところ見かけないよな?」

「ああ、よくSNSで暴言吐いていたっけ。そういえば、一時期悪い意味で盛り上がってたけど、話題にならなくなったよな。もしかして、活動やめたとか?」

「その辺は知らないけどさ。どうやらあの女、過去にもやらかした経歴があるみたいだぞ」

「へぇ、例えばどんな?」

「冤罪事件に二度も関わっているってよ。しかも判明した途端、支持者が必死になって“関係ない”“フェイクニュースだ”って擁護しているみたいで。証拠が出ても“反対派の言い分は信用出来ない”の一点張り」

「何その無敵理論。最悪の議論拒否じゃん」

「しかもその冤罪事件って、裁判がかなり酷かったらしくてさ。当時の裁判長を晒しあげるわ責任取らせろの大合唱だわ。狂喜乱舞のお祭り騒ぎだよ」

「随分と物騒な祭りになりそうなんだけど」


「うちの会社にさぁ、すっごい口うるさくて迷惑な年増女がいるのよ」

「いるよねー。お局様つぼねさまみたいな?」

「それが違うのよ。途中入社なんだけど、同僚とろくに会話しないくせに、気に入らないことがあるとガミガミ噛みついてばっかり。そのくせ自分のミスは全然認めないのよ」

「えー。新参者なのに我が物顔でいられるって、逆に凄くない?」

「しかも噂だと前科一犯とか。よくそんな態度をとれるわねってかんじ。しかも最近はずっと無断欠勤だし」

「そのお局様もどき、やりたい放題過ぎない?」

「まぁ、ストレスが緩和されるし、いなくなってホントよかったよ」

「うわー、厳しい意見。そんな嫌われ者にならないよう気を付けないとねー」


「酷い。また飲酒運転で交通事故があったんだって。しかも、いい歳した老人が子供連れをねたみたいなの」

「罪が軽いせいか依存性のせいか知らないけど、こういうくそなドライバーが起こす事故って、全然なくならねぇよな」

「ほら、昔あったじゃない。下校中の子供がたくさんかれたって事故。アレも飲酒運転のせいだったよね」

「飲んだら乗るなって最低限のルールも守れないとか。その辺の猛獣の方が、害獣退治で殺処分出来るだけマシに見えるな」

「どうして同じ人間なのに、人に迷惑かけて平気でいられるんだろう。私達は普通に生きたいだけなのに」

「ろくでなしのせいで真面目な方が被害被るとか、マジで不公平っつーか世の中おかしすぎだろってなるわ」

「私達に子供が産まれても、そんな人に未来を奪われる世の中なんて、絶対嫌だな」

「ちょっとずつでも、そういう駄目な人間のいない平和な街を作っていかないと、ってことかもしれねぇな」


 高層ビルがひしめきそびえるスクランブル交差点。

 曇天どんてんが重くふたする空の下。行き交う人々が切なる思いを吐露とろする雑踏ざっとうの中。一際背の高い男が不意に立ち止まる。

 スーツのポケットの中で、スマートフォンが震えている。確認すると、新しいメッセージが届いていた。

 画面には同志からの連絡、むねが報告されている。

 次の計画も万全の体制。あとは

 遂に始まるのだ。

 善良な市民による、腐った世の中を変える一大ムーブメントが。

 その方法が許されざるものだとしても、平和を愛する無辜むこの民が幸福になれるよう、遮二無二しゃにむに突き進むだけ。邪魔する者は誰であろうとねじ伏せる。正義の大義名分はこちらにあるのだ。迷いも躊躇ためらいも、一切合切必要ない。

 幕を開ける物語に一抹の不安、そして沸き立つ高揚感を胸に、男は無邪気な笑みをたたえる。まるで明日を楽しみに待つ幼児のような、けがれを知らず理想を語る少年のような、危うい相貌そうぼうがそこにあった。

 メッセージを消してスマートフォンを仕舞うと、男は何事もなかったように歩き始める。

 長身は人混みに紛れ、瞬く間に雑踏の中へと消えていった。



(了)

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無縁のライブラ:Re 黒糖はるる @5910haruru

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