第58話


「えっと、私の勝ちなんだよね?」

『勝ち負けではなく、望む答えを選んでくれたのです』

「それはどちらでもいいとして、このベルトは外れないの?」

『あなたが決断したことじゃないですか』

「え、待って、ちょっと待って。意味がわからない」


 男の発言が飲み込めない。飲み込む訳にはいかない。

 自分の判断は正解だった、この選択こそ最良だと褒め称えている。それは要するに、デスゲームに生き残ったという意味のはず。

 それなのに、何故。


「椅子に座ったら、罪を悔い改めたら、それで終わりじゃないの?」

『ええ、終わりです。これにて実験は終了。お疲れ様でした』

「そうじゃなくて! 私は外に出られないかって話よ!」


 思わず語気が強くなってしまい、慌てて口をつぐむ。主催者の機嫌を損ねないよう取り繕っていたが、暖簾のれんに腕押しな態度に我慢出来なかった。


『罰を受けるつもりで座ったんですよね?』

「そうよ。だから、粉骨砕身社会貢献に励む所存。私は議員の娘よ、地域の役に立てる――」

『いえ、その必要はありません。そこで座り続ける方が、よっぽど償いになりますから』

「だからそうじゃなくて、ああもう、いいからベルトを外してよ! ゲームクリアしたんだから、家に帰してほしいって言っているの!」

『生きて帰す、なんて言った覚えはありませんが』


 ぴしり。

 恵流の顔は一瞬で凍りついた。


「……は?」


 疑問符がどっと湧き出して、脳内をあっという間に満たしていく。

 デスゲームは終了。真の勝利を掴み取ったはず。それなのに、生きて帰す気がないとは、これいかに。


「何よ、それ。勝者は無事に帰還。お約束のはずでしょ?」

『あなたの好きなデスゲームならそうでしょうね。ですがこれはただの実験。私達は結果を知りたかっただけ。終われば殺処分の予定は、最初から決まっていたのですよ』

「は? 駄目でしょ、そんなの話が違う、私聞いてない。ゲームを仕切る側が約束を破るとかあり得ないわ」

『そちらが勝手に、デスゲームの常識を当てはめていただけのことです。それから、約束を反故にしてばかりのあなたが言っても説得力がないですよ』


 図星だ。ぐうの音も出ない。

 どんなに正論を吐いたところで、全て自分に返ってくるばかりだ。


「う、うるさい、うるさい、うるさい! 能書きはいいからベルトを外しなさい! お金は幾らでもあげるから、ここから早く出しなさいよ!」

『結局お金ですか。やはりあなたのような人は度し難いです。将来の世代に迷惑をかけぬよう、ここで血筋を断絶してしまうのが最善でしょう』

「ちょっと、その将来の世代こそ私じゃない! まだ伸びしろのある若者なのに、明るい未来を潰すつもりなの!? それだったら、私をこんな風にした教育、家系の方が悪いはずでしょ!?」

『親のせいにしてまで助かりたいとは、これまた往生際が悪いですね。ですが安心して下さい。あなたのような害悪生み出す要因も、順次処分方法を検討していく予定です。笛御織兵衛や瀬部春明の元勤務先、丹波玲美亜や満茂守を擁護した弁護士、申出明日香の罪を他人になすり付けた警察や政党、朝多安路の母親に歪んだ教育方針を植え付けた新興宗教。エトセトラ、エトセトラ。死んだ方が世のためになる者、全てが対象です。あなたもきっと、すぐ親御さんやお仲間に会えるでしょう――無論、地獄で』

「ま、待って! お願い見捨てないで! あなた達が望むことなら、何でも言うこと聞くから、こんな場所に置き去りにしないでよ!」


 プライドは放り投げ、涙と鼻水を垂れ流し、命乞いして泣き叫ぶ。

 恥は一瞬、今だけは我慢だ。

 彼らに取り入れば、後はどうとでもなる。ここが正念場。どんなに細くても、生き残る可能性を手放す訳にはいかない。


『わかりました。では、私達から条件を一つ出しましょう』


 ほら、やっぱり。

 高貴な生まれなのだから、天も味方してくれる。

 これからの未来を担う立場なのだ、絶対的な運命が働くに決まっている。


『ここで、死体に囲まれながら死んで下さい』

「……え」


 と、希望を掴みかけたところで、叩き落とされる。

 男は無慈悲。どんなに懇願してもがんとして曲げない。


『いいじゃないですか。腐乱していく死体に見守られながら、糞尿ふんにょう垂れ流しでえに苦しみやせ細り、やがて死に至るも誰にも気付かれず、最終的に自身も腐り果てて見るも無惨。最高の償いになるんじゃないですか?』


 考え得る限りの最悪を詰め合わせたような死に方だ。古代の残酷な処刑方法を彷彿ほうふつとさせる。


「嫌だ、お願い、お願いだから、こんなところで、そんな死に方、絶対に嫌だ」


 順風満帆で何不自由ない人生のはずなのに。

 どうして悲惨な末路を辿らなくてはいけないのか。


『惨めな死が嫌と言うのなら、同級生のように自殺すればいいんじゃないですか? オススメですよ。もっとも、あなたには無理でしょうけど』


 男はあざけるように提案する。

 自殺、自分で自分を殺す行為。全て終わらせて楽になる方法。苦痛にあえいで死ぬよりかは、幾分まともな選択だろう。

 しかし、それは不可能だ。

 手の届く範囲に刃物はなく、椅子に固定されているため首吊りも出来ない。舌を噛み切っても痛いだけで、死に至るのはごくまれ。拳銃で脳幹のうかんを撃ち抜けば多少の恐怖でけたのだが、あろうことか安路に渡してしまい手元にない。更生して良い子になりました、と印象付ける演出があだになったのだ。

 もはや手詰まり、衰弱死以外の道は残されていない。


「あ、ああ、ああぁぁぁあああぁぁぁあああああああぁあああぁぁあっ!」


 恵流は半狂乱になって叫ぶ。

 喉が張り裂け、血の味が染み渡るほどに叫ぶ。

 モニターの電源が落ちて真っ暗になり、今度こそ完全な一人になっても叫ぶ。

 自分の未来が途切れてしまった絶望に耐えきれない。待ち受ける痛み苦しみ、そして誰にも知られずひっそり朽ち果てる末路。想像したくない。しかし確実にやってくる結末を紛らわせたい。

 それなのに、心は壊れてくれない。

 やがて訪れる、劣悪極まる死の恐怖から逃れられない。

 冷たいコンクリートの部屋の中。恵流の慟哭どうこくだけが虚しく反響し続けている。

 それを聞く者はどこにもいない、誰も気付かない。

 救いの手は、差し伸べられない。

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