第57話
※
血と脂と汚物が
六脚の椅子に座する者達は、誰もが沈黙を貫き微動だにしない。
ただ一人を除いて。
「……これでいいのよ」
悪臭漂う会場における唯一の生存者、恵流。
彼女は観念したかのように
それもそのはず。全て、彼女の計算通りに進んだのだから。
デスゲーム系の創作物に触れてきた経験上、この催しの勝利条件は最後の一人になることだ、というのは序盤における推測だった。
しかし、最初に違和感を覚えたのは、死者でも“罪を悔い改めし者”とカウントすると判明した時だ。老い先短い身で生に執着する
どうにも解せない。
そこで新たなヒントになったのが、“あなたの隣にいる、罪を悔い改めぬ者達”という書籍だ。恵流が真っ先に発見して、都合が悪いので即刻捨てた。そして、春明が掘り起こしてしまった。参加者一同を糾弾する暴露本である。
その中身は充実の一言。七名全員の過去と罪状がこと細かに記されていた。興味本位程度では辿り着けないプライベートな秘密までびっしりと。端的に言えば異常、ストーカーばりの執念だ。
ともかく、その本こそ、主催者の狙いに気付くきっかけだった。
異常な執念で罪人を糾弾する連中が主催したゲーム。クリア条件にわざわざ“罪を悔い改めし者”と表示するのだから、それが最重要項目と考えるのが自然な流れである。
では、そんな主催者達が、他人を踏み台に生き残った奴を勝者と認めるだろうか。
答えは高確率でノー。
むしろ、試しているのだろう。
参加者達がどんな選択をするのか、その決断を。
“罪を悔い改めし者が座する時、残されし最後の者が光を臨める”
この文章を読んで、自己犠牲の精神で悔い改める側となり、自ら椅子に座るか否か。
つまり、このゲームの真のクリア方法とは、最後の一人になることでも謎解きをすることでもなく、身を捧げる覚悟で椅子に座ること。一見自殺行為の方こそ、自分達に求められている姿なのだ。
そのため、恵流は最後の空席を埋めて、門の先へと旅立つ安路を見送った。
内心「自分の勝ちだ」とほくそ笑みながら、最後の犠牲を強いたのだ。
「……遅いわね」
とはいえ、ずっと死体に囲まれていると、気が変になりそうだ。どこを向いても血のオンパレード。目を閉じても悪臭が
主催者側から全く
安路が出て行って一時間以上は経過しただろう。正誤を確かめる
不安に奥歯を噛みしめた、
中央のモニターにノイズが走る。七種類の生物マークと“朝多安路”の名前だけが映された画面は真っ暗に。代わりに映るのは不気味な仮面。点々だけの簡素な無表情がそこにあった。
『おめでとう、漆原恵流さん』
低い声からして男だろう、仮面は朗らかにそう告げる。
『君は私達が望む選択をとってくれた』
それは、恵流が心待ちにしていた言葉だった。
デスゲームの真の勝者だと、主催者の一人だろう男が宣言してくれたのだ。
どれほどこの瞬間を期待していただろう。張り詰めていた気持ちがどっと
やはり最後に生き残るのは自分。
『あなたは自らの行いを悔いて、己を罰して犠牲になる道を選んだ。実に素晴らしい崇高な判断です』
「ええ、私は本当に酷い罪を犯しました。これから一生償っていく所存です」
勝利の歓喜に内心小躍りしながらも、恵流は油断も隙も見せない。心を入れ替えた真人間を演じ、変わらぬ本心を気取られぬよう、心にもない
『私達はあなたの決意を称賛します。よくぞ自分の罪と向き合いました』
「光栄です、本当に光栄ですわ」
相手が気に入る相づちや返答をし、解放される瞬間を今か今かと待ち望む。形式的な賛美は早々に切り上げてほしい。改心した演技は疲れるし、口が腐ってしまいそうだ。
しかし、男は
「あ、あの、このベルトなんですけど」
さすがに
『もちろん、外さないよ』
しかし、男の反応はたったそれだけ。
あっさりした回答に理解が及ばず、口をぽっかり開けてしまう。
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