第3話 消去
「なにをしているのですか」
私は後ろからそう声をかけられた。
私が振り向くとそこには男が不思議そうな顔でこちらを見ていた。
「はあ」
私は溜息をし、一旦その行動を諦めた。
その男は、
「お前からは、絶望、怒り、憎しみ、悲しみ、そして、ほんの少しの希望が混じっている。何故そんな複雑極まりない気持ちになっているのですか」
その男は、そう言った。
男は本当に私がなにをしようとしているのかがわからないようだった。
私は数秒黙り。
「私がこんな気持ちになっているのはね…」
とこれまでのことを話す事にした。
「…私には父がいるの、昔は優しくて、今思うと、とても良い父親だった」
私はそこで、一旦言葉を区切り、
「…けど、お母さんが死んでから、父は変わってしまった。酒に溺れ、家に帰るのが段々遅くなっていって…。ついに、私に暴力を振るうようになっていった」
私はそんなつもりなどなかったのに、涙が溢れてきた。
「それでっ、まあ、うん、色々いやにっなちゃって」
自分でも下手くそだと分かる笑顔を作り、私は言った。
「ここから飛び降りて死のうかと思ってね」
私は努めて明るく言った。
「それに、もしかしたら来世があるかもしれないじゃん」
と私は言った。
しばらくそこは沈黙が支配した。
それを、男の声が切り裂いた。
「面白い話が聞けた」
私が少しムッとしていると、
「何か願いを出来るだけ叶えてやろう」
私は半分やけくそで、
「私の、父との、お父さんとの記憶消して下さい」
と言った。
すると男は、
「それはいいけれども、これからどうするつもりだい」
と言い。
私が黙っていると。
「ではこのようなプランはどうでしょう」
と男は心底面白いという感情を隠しきれずに、
「あなた生まれ変わるのです。あっ追加することでデメリットはないですよ」
なんでこいつは急に丁寧に喋りだしたのだ、と思いながらも。
「じゃあそれで」
とたいして考えずに了承した。
「では、新しい人生へ、…あっあなたとの記憶は他の人から消えますがよろしいですね」
と、これまたおどけたように言ったので、私は僅かな怒りを感じながら、
「それでいいですよ」
と言うと…そこで私の意識は途絶えた。
「おぎゃあー」
病院の一室で元気な声がが響いた。
「保人さん、元気な女の子が産まれましたよ」
という会話を男はその病院の隣のビルの屋上で聞いていた。
「人間とは面白い生き物だ、記憶を戻してくれと願ったり、消してくれと願ったり。どちらも気にせず生きていけばいいものを…」
と言い、そして、
「まあ、あの夫婦ならよくやってくれるでしょう。」
と男は根拠もなくそう呟き。
昇る朝日と代わるように消え去った。
願い1 父親との記憶の消去
代償1 他人の自分との記憶
願い2 転生
代償2
悪魔の人間観察記録 Krahen @Krahen
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