第22話 新たな隣人の誕生
集落からの帰り道は何ごともなく穏やかに過ぎていき、集落での宴の分だけ予定から一日遅れたが、僕たちは昼過ぎに事務所に戻った。久々に帰った仕事場は何も変わっておらず、旅の感慨も何もなかった。偽竜の背から荷を降ろして、道具と戦利品を倉庫に納めると、ベルは解散を宣言した。
これから三日は休養だ。
(ここが本拠地ですか)
ロボットは隣に立ち、周囲を見回している。
(早く基地を作って一休憩したいですね)
(その前にやることがある)
僕は近づいて来るベルに視線を向けた。少し緊張している様子だ。何となくやりたいことは分かるのだが、そうする訳にもいかない。悩むうちに距離は詰まる。彼女は傍にいるロボットに話しかけた。
「フレア、これからこの町を案内しよう。幾つか空き部屋を知っているから、好きなところを選んでほしい。家具を買える店も紹介しよう」
ベルにはどうにも不器用なところがあった。才能は確かにあり、開花したが、それでも足りないものも多い。それは助けたいと思える性質でもあるが、今は彼女の味方になる訳にはいかなかった。
(どう説明しようか)
僕は迷う。
(では私から話しましょうか)
(何を言うつもりだ?)
ロボットは微笑んだ。
「部屋は結構です。私はロデリックと一緒に住みますので」
空気が凍った。ベルは涙目で叫んだ。
「や、やっぱり、そんなのは許さんぞ!」
一度は許してしまっているのだから、それはもう道理のないわがままだ。だが、その気持ちは理解できるし、そう思ってくれることは嬉しかった。
(とりあえず、もう黙っていてくれ)
ロボットは僕をじろりと見る。
(あなたを常に監視できることは必須条件です)
(分かっている。そうできるようにまとめるさ。だから黙っていてくれ)
(分かりました)
ロボットが黙ったのを確かめ、ため息をつくと僕は口を開き、
「誤解しないでほしいんだ」
建前を並べながら苦しい言い訳を始めた。保護者として、先達として、友人として、孤独な彼女を支えなければいけない。他意はないし手を出す気も全くない。そうして僕は手を尽くして説明を続けた。
最後にはベルも納得してくれたが、その頃にはもう夕方になっていた。
◇◇◆◇◇◆◇◇◆◇◇
最終的にロボットは僕の部屋の隣に住むことになった。
そして、その夜――
ロボットは僕の部屋にいた。
(やっと落ち着けましたね)
この声が聞こえないようにする方法はないのだろうか。
(僕は落ち着けない。帰ってくれないか)
僕はまだ起きていて机に向かっている。
こんな状態で寝られる訳がない。
(慣れてください)
ロボットは隅に腰を下ろした。
(そこで何をするつもりだ)
(何もしませんよ。もしあなたが眠ってしまって、無防備になったとしてもです)
ロボットは微笑んだ。
(約束は守ります)
(そういう問題ではなくてだな)
僕はロボットを睨みつける。
(女性が男性の部屋で一夜を明かす、そういうところに問題があるんだ。分からないか?)
(分かっています)
少女はくすくすと笑った。
(それでも約束したはずです。あなたの傍にいると。破る訳にはいきません)
そのように言われる都度、納得していないのだと返してはいた。だがもう僕も面倒になってきていた。
見つからなければ、いいではないか。そして夜は更けていく。
◇◇◆◇◇◆◇◇◆◇◇
僕はふと彼女の言葉を思い浮かべる。彼女は鍛冶師に己の来歴を話した。彼女の性格を考えれば、おそらく真実を話したのだと思う。
だが、それを理解することは簡単ではない。その物語はまとまりすぎていて、現実の事象に再翻訳するための手がかりが、僕には見つけられなかったのだ。
そもそもだ…… このロボットがトールハンマーの友人、というのはどういう意味なのか。それでは彼女の友人である陽電子脳が、トールハンマーの中に組み込まれていて、その稼働状況を操作できる立場にある、ということになる。
もしそうなのであれば人類が、ここで生きているはずがない。
だが彼女も地下のあの部屋の中では、トールハンマーと同じようにその体内から精霊を産み落としているように見えた。
もしかすると僕が精霊と呼んでいるものは、陽電子脳が産み出すものなのかもしれない。
今の彼女からは精霊が湧く気配はない。
だがそれでも……
僕は答えの出ない思考を弄び、そして暫定的結論に辿り着く。
彼女の言葉を信じるのなら、このこともまた真実になる。
少なくとも彼女の友は、僕たちを生かしている。
ならば彼女もそうなるかもしれない。もちろんそうならない可能性もある。
だからまずは――
◇◇◆◇◇◆◇◇◆◇◇
(ロボット、お前は、固有の識別番号とフレアという名前、どちらで呼ばれたい?)
僕は問う。
(突然どうしたんですか)
(聞き忘れていたことを思い出した)
ロボットは少し考える。
(どちらがいいか、ですか? どちらでもいいのですが、どちらかと言えば…… フレアの方がいいでしょうか)
こだわりはないのだろう。
軽い返答だ。
だが、それで十分だった。
(そうか。じゃあ僕もフレアと呼ぶことにしよう)
それは少女の姿を模した工業製品であり、陽電子脳の怪物でもある。六百年の過去から今に甦った亡霊であり、人類の敵でもある。
それを僕は、フレアと呼ぶことに決めた。彼女がそれを望んだのだから。こうしてフレアという名前の、僕のはた迷惑な隣人は生まれたのだった。
太陽系外縁を漂流する巨大宇宙船で生きる人類の物語 雨村 @amemura
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