第10話

その頃、会津と鳴子は。


「陽翔くん、大丈夫……だよね?」

「……大丈夫の定義によるが、身体に影響はない」


 寄す処人の存在が現代でバレてしまえばどうなるか……想像に容易いだろう。余計な混乱を避けるためには記憶操作が手っ取り早いのだ。

 だが心優しい鳴子は、突然記憶がなくなってしまう事で考えられる陽翔の精神的負担を憂いている。会津も彼女の気持ちを理解しているし、全くその通りだと思うが、陽翔の気持ちは陽翔にしか分からない。故にはぐらかすことしかできなかった。


「後は仲井さんがうまくやってくれるさ」

「うん、そうだね。最悪の事態を防げたんだもん」


 最悪の事態……七年前の地獄絵図を忘れた日など無い。これを繰り返してなるものかと術を磨き続けた。それが今日実を結んだのだ。

 自覚すると達成感は得られたものの、どこか浮かない顔。


「……陽翔を助けたことで、過去の自分も救った気になってる。……馬鹿みてぇ」


 深層心理に気づいてしまった。最早過去の自分を救うことが目的だったのかもしれない。自分の為なのに他人の為だと嘯いていた自分に嫌気がさす。

 鳴子は1拍置いて……逞しく成長した背中を少し強めに叩いた。


「どんな理由があろうとも陽翔くんを救ったのは事実。立派だよ」


 鳴子の笑顔は厚い雲から差し込む太陽のよう。それを見ていると謙遜なんて出来ず、真っ白であたたかい言葉を素直に浮けとり、そっと心にしまうのだった。

 

 はっ、と目が覚める。辺りを見渡すと学校近くの公園で、陽翔はベンチに座っていた。

 何故ここにいるか分からない。下校のチャイムが鳴り、校門を潜った辺りからの記憶がすっぽり抜けていた。


「……? 変なの。っあ! もうこんな時間、母ちゃんに怒られる!」


 とりあえずキョロキョロしてみたら背の高い時計が示す時刻に顔色を変え、自宅めがけて宵に溶けていった。

 その様子を見つめる影がふたつ。


「目標、意識を取り戻しました」

「そのようだね。では行こうか」


 鳴子を自宅まで送り届けた後、陽翔を目視できる距離で見守っていた会津は安堵した。

 仲井の記憶操作術にかかると気絶してしまう。ほんの一時間程度であるが子供相手なので少しひやっとした。仲井は長年の経験から焦らず待っていたが。

 会津がシートベルトを装着したのを確認してから仲井がハンドルは握る。パトカーがゆっくりと前進した。


「浮かない顔だね、米沢君」

「……後処理を仲井さんに任せている罪悪感が芽生えました」

「はは。そんなことを言い出したのは板野以来だ。僕の仕事なんだから気にしなくていいのに」

「……」


 暴走状態の会津を止めてくれた板野はもうこの世にいない。数年前突然亡くなったとだけ、会津は聞いている。


(仕事柄、いつ死んでもおかしくねぇんだが……一緒に仕事したかったな)


 そして、貴方の言葉で警察官になる勇気が持てました、と感謝を伝えたかった。

 惜しい人を亡くしたと常々思う。


「蜘魅がいなければ、板野さんは生きていたんですよね」

「……そのことだけど」


 仲井はハンドルを切りながら答えた。

 珍しく、眉間に皺を寄せながら。


「彼、自殺だったんだ」

「え……」


 ふたりはまだ知らない。板野の死の真相に、あまりにも残酷な真実が隠されていることを。

 

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寄す処人 荊 慶忌 @ibara-cake

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