第6話 桜のトンネル

 再び『すみだリバーウォーク』を渡って浅草あさくさ駅前に戻ってきた四人は、都営浅草線に乗りこんだ。蔵前くらまえ駅で康史郎こうしろう両国りょうごく行きの大江戸線に乗り換えるため、浅草橋あさくさばし駅に向かう周央すおうたちと別れた。

横澤よこざわさん、今日はおつかれさまでした」

「写真は後で渡しますね」

「気をつけてお帰りください」

 周央と梨里子りりこ椿つばきの声に、康史郎は軽く手を上げると電車を降りた。

「ありがとう。美津則みつのり君たちにもよろしくな」


 自宅に戻ってきた康史郎は、コートのポケットから桜の花房を取り出すと、水を入れたコップに挿した。そのまま仏壇の置いてある寝室へ入るとコップを供え、手を合わせる。

一希かずき柳子りゅうこ、今日、隅田すみだ公園でしょうと会ったよ。かわいい娘さんと一緒だった。きっと幸せになってくれるだろう)

 康史郎はベッドを見た。宮棚みやだなには学生服姿の一希とツーピース姿の柳子、スーツ姿の康史郎が写った写真と、軍服姿の青年を中心にしたモノクロの家族写真が置かれている。その横の長押なげしには、『スナック りゅう』と描かれたネームプレートと戸祭とまつり征一せいいちの描いた『柳緑花紅りゅうりょくかこう』の絵が掛かっている。

「征一、梨里子の映画が出来たら、広希ひろきたちも見てくれるかな」

 康史郎は絵を見ながらつぶやくと、コートを脱いだ。


 その夜、康史郎は夢を見た。

 昼間見た隅田公園の桜を思い出すような桜のトンネルを一人で歩いていると、トンネルの向こうに学生服姿の一希とツーピース姿の柳子が立っている。まるで宮棚の写真から出てきたようだ。

「お父さん、お迎えに来ました。そろそろこっちに来ませんか」

 柳子が康史郎に向かって手を伸ばしている。

「柳子、一希」

 呼びかけた康史郎の声に応えたのは一希だった。

「話は母さんから聞いたよ。真優美まゆみと息子たちを守ってくれてありがとう」

「いや、わしの方こそすまなかった」

 頭を下げる康史郎に、柳子が優しく呼びかける。

「もう昔の話はよしましょ。かつら姉さんたちもあなたが来るのを待ってるわよ」

 康史郎は自分の歩いてきた道を振り返った。桜の花びらがはらはらと散っている。

「行きたいのはやまやまだが、梨里子の描いたわしらの話が映画になるんだ」

 康史郎の言葉を聞いた一希がにやりと笑った。

「『厩橋うまやばしお祭り食堂 誕生篇』だろ。親父や母さんの子ども時代、俺も楽しみだよ」

「あちらでもあなたを通して一緒にドラマを見てたのよ。映画も梨里子さんたちと一緒に見られるわ」

 微笑む柳子に向かって康史郎は手を伸ばした。

「そうか、では名残惜しいが一緒に行こう。ずいぶん待たせてしまったな」

 康史郎の姿は、柳子たちとの写真のスーツ姿の壮年に変わっていた。


 令和5年4月5日早朝、横澤康史郎は静かに息を引き取った。仏壇では昨日つぼみだった桜の花が、黎明れいめいの光を集めるように開いていた。


【完】

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桜散り、柳芽吹く 大田康湖 @ootayasuko

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