結界からの脱出
もう一度、精度を高めて魔力探知を行う。
結界の構造を読み解いて強度が低そうな場所を探していく。
一度目に探知した時に分かったように、魔力の流れは均等ではない。
今まではこんなに強度はなかったけれど、偏りはほとんど見られなかった。
それにしても小さなものが対象なら簡単でも、これだけ大きなものを探知するのは魔力と集中力が必要になる。
ここに至って後ろに気にかける余裕はなく、エスティを信じるしかなかった。
「……あっ、これは」
一塊に見える外壁の中で強度が低い部分を探り当てた。
あまり大きくはないけれど、魔法をぶつければ突破できそうな予感がする。
この状況で迷っているわけにはいかない。
「――わたしがやらないと」
結界の探知を終えたところで、攻撃魔法を発動するべく切り替えた。
狩猟者に向けた魔法が成功したことで、火球を放つだけならそこまで難しそうではなかった。すでに感覚は掴めている。
私は少し結界から離れてから、身体に流れる魔力に意識を向けた。
今度は簡単に発動できる――はずだった。
「……あれ、何か変」
魔力の流れはたしかにあるのに、魔法の発動が成立しなくなっている。
自分のやり方に誤りはないと確信しているだけに、焦る気持ちが高まった。
『はははっ、残念だったね。この中では攻撃魔法は使えないよ』
しばらく静かだった魔女の声が響いた。
その言葉を無視して発動を繰り返すも、火球が放たれることはない。
『バカだねえ、魔力探知ができるなら空をご覧なさいよ』
魔女の言葉に従うのは抵抗があったけれど、視線を頭上に向けた。
「……そうか、これのせいで」
禍々しい色の空は魔法を制限する効果を発揮していた。
おそらく、攻撃魔法だけでなく、魔力を多く使う魔法はどれも使えない。
『やれやれ、とんだおてんば娘だったよ。そこの女がへばるのも時間の問題だし、お遊びはここまでだね。くくくっライラ、あんたは後からお仕置きだよ』
魔女は収束を確信するように高笑いを響かせた。
エスティは踏みとどまってくれているけれど、魔女の言うようにそこまで長くは持ちこたえられない。
ここまできて諦めなければいけないと思うと、悔しさで涙がこぼれる。
『――ライラ、泣くのは外に出てからにして』
今まで沈黙していた小鳥からノエルの声が聞こえた。
「えっ、ノエル……?」
『待たせたわね。ちょっと準備に時間がかかったわ』
突然のことに戸惑っていると、小鳥から淡い光が浮かび始めた。
『結界の脆弱な部分は見つかったわよね。教えてちょうだい』
「あの部分がそう」
わたしが探知で見つけた場所を指先で示すと、小鳥は間髪入れずに結界に向けて突進した。
衝突の影響でガラスに石を投げつけたような変化が起きた。
部分的にひび割れたような穴が空いている。
『探知は完璧だったわ。その穴から出るのよ』
小鳥は消えてしまったのに、ノエルの声が聞こえた。
戸惑いながらも急いで振り返り、エスティに呼びかける。
「出口ができたよ!」
「よしっ、行こう」
わたしは結界に生じた穴へと走り出した。
後ろを見るとエスティが近づいていた。
「ライラ、魔女が何をしてくるか分からない。そのまま飛びこむんだ!」
「エスティも急いで!」
穴の位置は地面から届く距離で、身体を投げ出すように飛びこんだ。
前後左右上も下も分からなくなるような感覚になった後、どこかに投げ出された。
「……痛っ、ここは……」
わたしは地面に倒れていた。
立ち上がろうとすると頭がふらつく感じがした。
「あっ、エスティ!」
少し遅れてエスティが現れた。
彼女も同じように立ち上がるのが大変そうだった。
「……ライラ、よかった。外に出られたみたいだ」
「ありがとう」
感謝の気持ちを伝えつつ、エスティに手を貸した。
彼女は少し頼りない足取りで歩いている。
何歩か進んだところでエスティが立ち止まった。
「もう大丈夫。自分で歩けるよ」
「よかった。手を放すね」
「ここはどの辺りか分からない。地図を確認するから少し待ってて――」
「それなら必要ないわよ」
どこかで聞いたことのある声がした。
自信にあふれているのに、落ちついて淡々とした声音。
道の先に一人の女性が立っていた。
「……ノエル、どうしたんだい?」
「わたくしが結界に近づくと気づかれると思ったけど、そんなことを言っている場合ではないと思って。言った通り、結界の中では力が出なかったでしょう」
「……うむ、その通りだ」
「恥ずかしいことではないわ。相性の問題だもの」
ノエルはエスティと話した後、こちらに目を向けた。
涼しげな瞳ときれいにまとまった水色の髪が印象的だった。
「こうして会うのは初めてね。わたくしはノエル」
「わたしはライラ。助けてくれてありがとう」
「礼には及ばないわ……まだ後始末が残ってるみたい。少し待ってもらえるかしら」
ノエルは不敵な笑みを浮かべた後、結界の方を見据えた。
その直後、大きな魔力が近づいていることに気づいた。
思わず振り返ると翼の生えた巨大な魔犬が迫っていた。
『あんたたち、許さないよ!』
あまりの迫力に尻ごみしてしまう。
わたしの魔法では到底太刀打ちできない。
「許さないってのはこっちのセリフだっての。魔法使いのなれの果てがでかい口叩くんじゃないわよ」
『ぐっ、お前はノエル。なぜ、あんたがここに……』
「慈善事業に関心が出たって理由はどうかしら」
『訳の分からないことを言って、あたしの邪魔をするんじゃないよ!』
魔犬の口から炎が吐かれた。
ノエルの身に危険が迫りかけたところで、彼女の前に魔法の防壁ができていた。
「三流ってところね。他人の命を弄んで、この程度のことしかできないなんて」
『黙れ黙れ、忌々しい女め』
「この魔犬、かなり魔力を使ったでしょうね。その源が罪もない子どもたちの命なのは心が痛むけど、あなたなんかにやられるわけにはいかないの」
ノエルが言い終えた後、彼女から膨大な魔力の流れを感じた。
その直後、凍てつく空気が放たれて、魔犬は瞬く間に凍りついた。
『ぐっ、ノエル、ノエ……』
魔女は何かを言いたそうだったけれど、魔犬が消滅してその声は消え去った。
「さあ、追手が来る前に離れるわよ」
「う、うん」
「何か言いたそうな顔ね? 詳しいことは歩きながら話すわ」
彼女は有無を言わせない様子で、結界の側を離れるように歩き出した。
左右を木々に囲まれた道を三人で進んでいく。
結界の影響がなくなったからなのか、エスティの体力は回復したように見えた。
魔力の気配はなく、追手が来る気配はない。
「……ノエル、結界を壊さないの?」
「それなんだけど、全部まとめて壊したり、中の魔女を倒したりっていうのは割に合わないわ」
「結界の中だとノエルでも不利になるのは分かってる」
「わたくしはエスティに頼まれてあなたを助けただけ。けど、あなたは違う」
使い魔を通して話す時と違って、ノエルの様子を感じ取ることができる。
ふと、彼女が神妙な面持ちになったことに気づいた。
「もちろん、両親を探すのもいいと思うわ。でももし、あの魔女を放っておけないというのなら」
「……というのなら?」
「あなた自身が強くなって倒しなさい。それだけの素質があるわ」
ノエルの言葉はわたしの胸に届いた。
これは覚悟を問われているのだと理解した。
あの魔女が存在し続ける限り、狩猟者の手によってさらわれる子どもたちは後を絶たないだろう。
わたしが強くなるにしたって、どれぐらいの時間がかかるか分からない。
それでも――
「わたしはやる。魔女も倒すし、お父さんとお母さんを探す」
「そう、いい返事ね」
ノエルがこちらに笑顔を見せた。
思わぬ反応に戸惑いと照れくさい気持ちが胸にこみ上げた。
「今すぐにというのは不可能だから、わたくしについてきなさい。魔法のことはできる限り教えてあげるわ」
「分かった。これからよろしく」
「こちらこそよろしく。あとエスティも一緒よ。わたくしの仲間だから当然ね」
ノエルがそう言った後、エスティはわたしに微笑みかけてくれた。
彼女を見ていると胸の高鳴りを感じる。
それが助けてもらったからなのか、他に違うが理由があるからなのかは分からない。
三人で歩くうちに小高い丘にたどり着いた。
周囲の景色が一望できる場所だった。
わたしはそこから魔女の結界がある方を見た。
距離が離れていて、この目で見ても外壁に囲まれているようにしか見えない。
「……もっと強くなって戻ってくるから」
今のわたしではみんなを助けられるほど強くはない。
それでも、必ずいつか魔女を倒しにくるのだ。
わたしは自分の中に誓いを立てて、育った場所から遠くに向かって歩き出した。
あとがき
最後までお付き合いいただき、ありがとうございました!
今作は賢いヒロイン中編コンテスト参加作品のため、ここまでのお話になります。
今後、機会があれば続きを投稿したいと思います。
大魔導士の娘は魔女たちの楽園を破壊する ~魔法の才能が開花する時、少女の反逆が始まる~ 金色のクレヨン@釣りするWeb作家 @kureyon-gold
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