初めての攻撃魔法

 ――このままだとエスティの身が危ない。


「……どうしよう。わたしのために傷つくのを見たくない」


 今はまだ攻撃を回避できていても、時間が経てば経つだけ危険は増す。

 これ以上ためらっているわけにはいかないのだ。


 記憶に収めた本のページをめくるように魔法の概念を呼び起こす。

 ちょっとした魔法でも攻撃魔法であっても、基本は共通している。

 何度も読み返した「初歩的な魔法」という本に分かりやすく書かれていた。


 全身を流れる水脈のような魔力をつなげると、ふいに反動がきて身体が揺れた。

 どうにか踏みとどまって、必死に声を上げる。


「――エスティ、よけて!」


 わたしは彼女が飛びのいたのを認めると、右手を掲げて魔法を放った。

 何もない空間に大きな火球が発生して、狩猟者に向かって飛来する。 

 咄嗟のことでどんな魔法にするか曖昧なままだったけれど、想像以上に威力のある魔法が成立していた。


「や、やった……」


「ライラ!」


 薄れゆく意識の中で、心配そうに駆け寄るエスティの姿が目蓋に焼きついた。




 …………どこかで誰かが呼んでいる。


「あなた、この子の名前はライラックにしましょう」


「いい名前だな。可愛らしいこの子にぴったりだ」


 二人の男女が幸せそうに話している。

 その顔はおぼろげで、霧がかかったようによく見えない。  


「大魔導士の娘として生まれたことが、重荷にならないといいけれど」


「俺たちが育てるんだ、心配はいらないさ」


 わたしは二人が誰だか知っている。

 世界で一番大切な人たち。


 温かい夢のような光景に包まれていると、徐々に意識が覚醒するのを感じた。

 

「――イラ、ライラ、聞こえる?」


「……はっ、ここは?」


 どこか小屋のようなところで目が覚めた。

 エスティが心配そうに顔を覗きこんでいる。


「よかった! 目が覚めたね」


「記憶が曖昧で……何が起きたの?」


「きみは魔法を使った後に気を失ったんだ。私が担いで逃げたけど、魔女の結界の中だから、見つかるのは時間の問題かな」


 エスティは状況を淡々と口にした。

 弱音を吐くことでわたしが不安にならないように気遣ってくれているようだ。


「たぶん、もう少しなら魔法は使える」


「ダメだ、あんなに強力な魔法を何度も使ったら、きみの身体が壊れてしまう」


「ううん、大丈夫。わたしは『特別』だから……」


 魔女の言った言葉の意味、懐かしくて温もりのある光景。

 この身体に流れているものの本質――大事なことを知ることができた。


 全てを悟ったわたしとは反対にエスティは困ったような顔を見せた。

 そして、優しくわたしのことを抱きとめた。


「……エスティ?」


「こんなところに閉じこめられていいはずがない。私と一緒に出るんだ」


「そうだね。二人で」


 エスティの温かな感触が勇気を与えてくれた。

 彼女が自分を大事に思ってくれるように、わたしもエスティを辛い目に遭わせたくないと思った。

 命がけで結界の中にまで来てくれた人を犠牲にするわけにはいかない。


 できれば、ノエルの助言がほしいところだけれど、彼女は交信に魔力を消費しているようで、しばらく音沙汰がなかった。

 結界の綻びを見つけて、そこに穴を空けて脱出する。

 それが分かっていれば、何とかできると思う。


「それじゃあ、行こうか」


「うん」


 二人で外に出ると周囲の状況に異変を感じた。

 太陽の光を遮るように空の様子が禍々しい色に染まっている。

 少し離れたところでは何かを探すように、ゆらりと歩く人影。

 魔法で操られた女の子たちが捜索を強制されているように見えた。

 

『ちょろちょろとネズミみたいに逃げ回って。もう逃げられると思うんじゃないよ』


「ライラ、向こうに外壁が見える。急ごう」


 わたしはエスティの言葉に頷いて、すぐに走り出した。

 彼女の示した先に壁を模した結界が見えた。

 外に出られる位置なのかは、もう少し近くに行かないと分からない。


「エスティ、大丈夫?」


 体力は彼女の方があるはずなのに、足取りが重たそうに見える。

 わたしを運んで逃げてくれたので、消耗していてもおかしくない。


「大丈夫、これぐらい平気だよ」 


 彼女の表情を見て、少しだけ安心した。

 まだ持ちこたえられそうに見えた。


 実際の距離以上に遠く感じたけれど、結界の近くまでたどり着いた。

 すぐには安心できない状況で、今度は狩猟者の代わりに女の子たちが迫っている。


「エスティ、ごめん。難しいかもしれないけど、みんなを傷つけないで」


「大丈夫さ。きみは結界を調べて突破口を切り開くんだ」


「うん、任せて」


 エスティはこちらに背中を向けて、迫りくる襲撃から守ろうと構えた。

 わたしは結界の魔力探知を始めた。

 緊迫した状況のせいか、いつもよりも集中に時間がかかってしまう。


「……よしっ、これで大丈夫」


 探知を終えて結界の構造を捉えることができた。  

 ここもさっきと同じで強度が上げられている。

 ただ、急に魔力を追加したからなのか、結界自体に偏りを感じる。


 後ろではエスティが襲撃を退ける気配がしていた。

 わずかな瞬間だけ振り向くと、亡者のようにすがる女の子たちを剣を使わないようにして振り払っていた。


「ごめん、もう少しだけ耐えて」


 わたしはノエルの話していた結界の綻びを急いで探し始めた。

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