魔女の声と訪れた窮地

 両者が間合いを見極めるような時間が経過した後、エスティが先に仕かけた。

 踏みこんでからの跳躍は目で追いきれないほどの速さで、狩猟者は反応できていないようだった。

 エスティは相手が防御しようと構えたナイフを弾き、勢いのままに斬り伏せた。

 魔犬の時と同じように出血はなく、狩猟者は空気に溶ける塵のように消滅した。


「あれ、人間じゃない……?」


 手紙の内容には魔女に任を外されてから、生命力を吸われるようになったと書かれていた。

 狩猟者をしている間は人ならざる者になるのか、そうなっても人に戻れるのか。

 今の段階では情報が少なすぎて、詳しいことは分からなかった。

 

 エスティは剣を鞘に収めて、こちらに歩いてきた。

 彼女の足運びは堂々としたもので、力強さと美しさを兼ね備えるように見えた。


「すごく強いんだね」


「あれぐらい何ってことはないさ。ただ、ノエルが言ったように、結界の中に入ってからは力が目減りする感覚があるかな」


「……エスティ」


 彼女は何ともないように口にしていたが、そんな状態で戦わせてしまうことを申し訳なく思った。


「ふふっ、そんな顔しないで。私は倒れはしない。きみを連れてここから出るんだ」


「うん、ありがとう」


 エスティと話していると、胸に力が湧くような感じがした。

 彼女と一緒ならこの状況を乗り越えられる、そんな気持ちになれた気がした。


「――あっ、エスティ」


「大丈夫、気づいてる」


 二人で話していると、おぞましい気配が近づいているのを感じた。

 それらはすぐにこちらに姿を見せた。


「……今度は多い」


「さあ、後ろの方に隠れていて」


「うん、負けないで」


「もちろんさ」


 エスティはまぶしい笑顔を見せると、鞘から剣を抜いて狩猟者たちを見据えた。

 ここまでの戦いぶりから、彼女の腕が立つことは間違いなかった。

 それでも、本来の力が出せない上に多勢に無勢という状況。

 わたしも魔法が使えるように覚悟を決めないといけない。


「――はっ!」


 今度もエスティの方から先に攻撃を仕かけた。

 一方の狩猟者たちは彼女を押さえようとして、取り囲もうとしていた。

 どうにかして、素早い動きを止めようとしているのだろう。


 そんな状況でも、一つ、また一つと斬り伏せられていく。

 合計で四人はいた狩猟者があっという間に消えてなくなった。


「エスティ、大丈夫?」


「この程度、大したことないさ」


 彼女にまだ余裕があるのが見て取れて、少しだけ安心する気持ちになれた。

 二人で言葉を交わしていると、周囲の空間が揺らぐような感覚を覚えた。


「……えっ、何が起きたの?」


 安堵できたのも束の間で、不測の事態が続いていた。

 魔力の動きを感じるので、何らかの魔法が行使されている気配がある。


『――ったく、忌々しいのが入ってきたもんだ』


 その声は空から響くように聞こえた。

 耳にしていると不安を感じさせる声音だった。


『ライラ、何を企んでる? ここまで世話してやった恩を忘れるのかい』


「……あなた、誰?」


『聖母様だよ。ありがたく思うんだね、アタシの声を直に聞けるのは貴重なことなんだ。ちっとは敬意を表してもいいだろうって』


 相手が聖母――ではなく魔女であることが分かると、言いようのない怒りや感情の揺らぎが生じた。


「ふんっ、貴様がここの魔女か」

 

『黙りな、盗人が口を挟むんじゃない』


「そうかそうか、ずいぶんなご身分だな。今までは僻地ということもあって、討伐対象にならずに済んだと思うが、すでに仲間が根回しを進めているところだ。遠からず、王国軍か精鋭揃いの冒険者がやってくるぞ」


『……それがどうしたと言うんだい? あんたには関係ないこったろ』


 その声にはかすかな動揺が感じられた。

 エスティが言った通りの状況になれば、魔女はただでは済まないということなのかもしれない。


「とりあえず、彼女はここから出す。無論、貴様の許可など必要ない」


『その娘は特別でね。ちょいと使い道があるんだ、渡しやしないよ』


「ならば、力づくで止めることだ」


『やれやれ、間抜けだね。おとなしく引き下がれば死なずに済んだのに』


 これ以上の会話は無駄だということなのか、魔女の声は聞こえなくなった。

 わたしはエスティと話そうと思い、彼女のところに近づいた。 


「――ライラっ」


 急にエスティが駆け寄ったかと思った瞬間、抱きかかえられて素早く移動した。

 何ごとかと急いで周りを確認すると、狩猟者がすぐ近くに立っていた。


「きみを連れ去るつもりなんだろう。さっ、離れていて」


「うん、ごめん」


 わたしが駆け足で距離を取ろうとすると、その狩猟者も接近しようとした。

 するとそこで、エスティが剣を振って阻止してくれた。


 改めて確かめると、今度の狩猟者はさっきまでとは異なる気配を感じた。

 身に纏う魔力の量が多く、恐ろしい殺気を放っている。

 エスティはそんな相手に怯むことなく対峙していた。


「せやっ!」


 今度も先手を取るようにエスティが攻めに入った。

 彼女の動きはかなりの早さなのに、今度の狩猟者はよけてしまった。

 その直後に狩猟者がナイフのような武器で襲いかかって、エスティは軽やかな足捌きで回避した。

 互いの力は拮抗しているようで、なかなか決着がつきそうになかった。


 そのまま時間が経過していくと、エスティの動きが重たそうになってきた。 

 今まで戦った狩猟者はすぐに倒せたから問題なかったけれど、徐々に体力が減っているように見えた。

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