魔犬と狩猟者
鳴き声のする方へ近づくと、魔力の気配が濃くなってきた。
エスティは魔法が得意ではないはずなので、魔女が何かしているのかもしれない。
戦いの気配が迫るにつれて、心臓の鼓動が早くなるのを感じた。
張りつめるような思いで近づくと、その場所をはっきりと視界に捉えた。
ノエルに伝えられた特徴と一致する人物――エスティが戦っているところだった。
金色の髪をなびかせて、流れるような動作で剣を振るっている。
エスティがいる場所は壁を模した結界からそう離れていなかった。
入った直後に気づかれてしまい、足止めされるかたちになったのだろう。
黒い動物の正体は犬のようで、数匹の犬たちが彼女に襲いかかろうとしている。
魔力を犬から感じるので、もしかしたら使い魔の可能性がある。
わたしとの距離ははまだ離れているので、犬たちはこっちに近づいてはこない。
エスティと急いで結界の外に出るか、あるいは犬たちを倒してからにするか。
状況を見極めていると、エスティは一匹ずつ倒すかたちで返り討ちにしていた。
「結界の中だと力が落ちるって聞いたけど、そんなふうに見えないや」
彼女の様子を見る限り、助けに入ろうとしても邪魔になるだけだと思う。
息を呑むような光景を見守っていると、倒された犬が空気に溶けるように消えていった。
その瞬間を目にしたことで、動物ではなく使い魔に近い存在であると確信した。
物陰で息を潜めていると、エスティは素早い身のこなしで犬たちを倒していった。
そして、最期の一頭が消滅したのを確かめてから、彼女のところに近づいた。
「――紫色の髪に知性を感じさせる瞳。ノエルの使い魔を通して見たままだ」
凛とした声が耳に届いた。
正面を向いた彼女の顔がまぶしくて、気づけば言葉を失っていた。
勇猛に戦う姿と気高く美しい佇まい。
エスティは物語に出てくる金獅子を連想させるような存在だった。
「はじめまして、私はエスティ。しがない冒険者だ」
「わたしはライラ……あの、助けに来てくれてありがとう」
「礼には及ばないぞ。ところで、魔力探知を頼めないか? ノエルの話では私の入ってきたところからは外に出られないらしい」
どうやってノエルと交信ができるのかと思ったら、エスティが身につけたピアスから小鳥のものに似た魔力の流れを感じた。
ノエルの技術に尊敬を覚えるけれど、とにかく今は結界を確かめないといけない。
「分かった。ちょっと待って」
「魔犬が襲ってくるかもしれない。周りに注意してね」
わたしはエスティの言葉に頷くと、結界の近くに移動して観察を始めた。
いつものように外壁を模した状態で、出入りを拒むようにそびえている。
「あれ、そんな……」
エスティが侵入したことで、魔女が警戒を強めてしまったのか。
結界の強度が上がっていて、わたしの魔法では突破できそうにない。
『――ライラ、聞こえるかしら?』
わたしがうろたえていると、肩に乗った小鳥からノエルの声が聞こえた。
彼女の声が届いたことで、少し落ちつきを取り戻すことができた。
「……うん、聞こえる」
『初めから想定していたけど、予想以上に魔女が結界の強度を上げてしまったわ。エスティに持たせた魔道具でも破れそうになくて……あなたに魔法使いの素質があるとしても、いくら何でも魔力が足りないわ。二人で魔女の目をかいくぐって、結界の綻びを見つけてちょうだい。古そうな結界だから、弱点の一つや二つ見つかるはずよ』
「分かった。探してみる」
そこでノエルの交信は途絶えた。
ひとまず、結界の近くを離れて、エスティのところに引き返した。
「……ライラ、少し離れてもらえるかな」
「う、うん」
エスティに近づいたところで、彼女が真剣な声で言った。
異変を感じて辺りを見回すと、黒いローブを身につけた人影が近づいてきた。
おぞましい気配と鋭さを感じさせる殺気。
姿をはっきりと見たことがなくとも、その正体は明らかだった。
「……これが狩猟者」
今のところ狩猟者は一人だけだった。
じりじりと接近して、エスティと対峙している。
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