エスティの到着

 ノエルとの通信が途絶えてから、確認のために攻撃魔法の本に目を通した。

 魔法の発動に必要なのは概念の理解みたいだから、それに関しては問題ない。

 それよりも瞬間的な判断が求められる時、魔法を使いこなす自信がなかった。


「他の魔法と違って、人を傷つけるかもしれない」


 基本的に壁の中は平和そのものでいざこざが起きることはない。

 ちょっとした揉めごとはすぐに聖母の従者が仲介する。

 わたし自身はケンカどころか言い争いをしたこともなかった。


 ふと思い立って、椅子から立ち上がって本棚に手を伸ばす。

 外の世界の戦いについて書かれた本の中から一冊を取り出した。


「……世界の成り立ちと戦いの歴史」 


 意味もなく、題名を読み上げた。

 壁の内側にいては空虚に聞こえる響きだった。

 ここはその世界から切り離されている。

 意味もなくそんな考えを浮かべながら、ページを一つずつめくる。

 

 人々は長きに渡って、様々な理由で争ってきた。

 様々な権利を手に入れるため、一番強いのはどの国かを決めるため。

 外の世界では武器を使った戦いが主流用のようで、挿絵には鎧を着て争う人々の姿が描かれていた。

 

 戦いが起こると多くの犠牲は避けられない。

 もしも、戦うしかない時はどうすることが最善なのだろう。


 これから起きることも規模が違うだけで、本質は同じようなものだと思う。

 エスティは危険を冒してでも中に入ってわたしを助けようとする。

 対する魔女は逃すまいと攻撃を仕かけてくるという構図で、譲れないものがある以上、どちらかが引くことは考えられなかった。


「えっ、何これ……動物の鳴き声?」


 外の方から唸るような鳴き声がうるさいほどに響いてきた。

 ここでは状況が分からない。

 わたしは急いで本を戻して、窓から様子を窺った。


 遠くの方で誰かが黒くて大きな動物と戦っている。

 ほとんど見たことがないけれど、あの黒いのは犬だと思う。

 鳴き声を上げていたのは犬たちみたいだ。


「――あっ、いけない」


 その状況が唐突に起きたことで、思考が追いついていないことに気づいた。

 あそこで戦っているのはエスティのはず。

 早く合流したいけれど、今飛び出すのは危険かもしれない。

 

「……ノエル」


 判断を下すことに迷いが生まれて、小鳥に助けを求めるような気持ちになった。

 その時が来ることがここまで心細さを感じさせるなんて予想できなかった。


「――チュンチュン」


 わたしの不安を和らげるように小鳥が肩に乗った。

 ノエルとのつながりは切れているように見えるのに、まるで意思を持っているような動きに見えた。


「うん、そうだね。エスティは力が出せないかもしれない。すぐに助けに行こう」


 わたしは書庫の扉を開いて、外へと駆け出した。

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