ノエルからのお願い

 わたしは書庫で本を読んでいた。

 傍らにはノエルの使い魔の小鳥がいる。 


 この小鳥が来てから一週間ほど経っている。

 小鳥を外に出すことはできず、自然と書庫で通信を取ることになっていた。

 ノエルは分かりやすい優しさは持ち合わせていないみたいだけれど、彼女なりに励まそうとしている節があったので、なるべく信じようと努力した。


「うーん、ダメだな。あんまり集中できない」


 今までは好奇心だったり、必要に迫られたりしていたからこそ、本の内容は浸透するように吸収できた。

 だけど今は不安や焦りを誤魔化す手段になりかけていて、今までのように集中することが難しくなっていた。


 気持ちを切り替えるために小鳥に手を伸ばしてみる。

 小鳥は指の辺りに飛び乗ると、そこから腕をぴょんぴょん動いて肩に移動した。

 ノエルの使い魔のはずなのに、わたしになついている。  

 

「かわいいな。本当の鳥みたいなのに、使い魔だなんて」


 小鳥との交流を楽しんでいると、ふいに肩の辺りに魔力の流れを感じた。


『ライラ、聞こえるかしら?』


「うん、聞こえる」


 ノエルの声はいつもの調子だった。

 少し冷たく感じる淡々とした声音。


『大事な知らせがあって連絡したわ』


「……大事な?」


『前に特徴を伝えたわたくしの仲間――エスティがもうすぐ壁の近くに着く』


 あらかじめ、進捗は聞いていたとはいえ、その時が訪れたことに頭が真っ白になりそうだった。

 わたしはノエルを心配させないように慌てて声を返した。


「……ごめん、それで?」


『必要な情報はエスティに伝えてあるから、彼女はあなたを見つけられると思うわ。ただ……』


 ノエルにしては珍しく、歯切れが悪い言い方だった。

 沈黙が何を意味するかが分からず、何だかもやもやした。


『前に言ったわよね。戦う必要が出るって』


「うん、聞いた」


『エスティが中に入れば、間違いなく魔女に気づかれるわ。その時に本人が来るか、使い魔が来るかは分からないけど、確実に戦闘になる』


「どうしたの、ノエル? 今日は何か変だよ」


『……エスティは大切な仲間なの。彼女があなたを助けることへの意志を曲げなかったから、わたくしは協力することを決めた。魔法使いのように高い魔力を持っていれば、結界に近づいた時点で気づかれる……だから、わたくしは助けることには適任ではなかった』


 ノエルはわたしに対してというよりも、独白するように言葉を紡いでいた。

 何を伝え返せばよいのか分からなくて、黙って聞くことしかできない。


『エスティは剣士だから、結界の中では不利になる。戦いを経験したことのないあなたに言うのは無責任だけど、どうか力を貸して』


「……うん、できる限りのことはする」


 二人と顔を合わせたことすらないけれど、ノエルのエスティに対する想いを感じ取ることができた。

 危険を冒してまで来てくれるエスティには申し訳ない気持ちになる。

 助けを求めることは、こういう結果になるということを無視できなかった。


『ああっ、イヤね。柄にもなく湿っぽい話をしてしまったわ。いくら結界の中で力が出なくなるといっても、エスティは腕利きよ。そう簡単にやられはしないわ』


「あとは、何かわたしにできそうなことはある?」

  

『攻撃魔法の使い方が分かるなら、その時が来た時に発動できるようにしておいて』


「あっ、それは大丈夫そう。しっかり頭に入ってるから」


『やっぱり、あなたは魔法の使いの素質があるみたいね。そんなところでくたばらないで、外の世界に出てくるのよ。その時はわたくしが魔法を教えてあげるんだから』


「……うん、ありがとう」


 ノエルなりの優しさに胸が満たされるのを感じた。

 

『それから、わたくしはエスティの支援に集中するから、結界を破る前後に連絡できないわ。今日中に突入できるはずだから、いつ来てもいいように準備しておいて、分かった?』


「大丈夫、エスティを手助けしてあげて」

 

『もちろんよ。じゃあ、切るわね』


 ノエルからの通信が途絶えたようで、魔力を感じなくなった。

 小鳥は何ごともないかのように、愛くるしい瞳を向けていた。


「わたしが頑張らないとエスティが危ないみたい」

 

 決意が迫られる状況が近づくのを感じながら、不思議と冷静な自分がいる。

 これまでに魔法の本は何度も読み返した――もちろん、攻撃魔法についても。


「ここを出て、お父さんとお母さんを探す。それまでは死ぬわけにはいかない」


 小鳥が言葉を返すことはなくても、何となく伝えておきたかった。

 その小さな首が縦に揺れるのを見て、認められているような気持ちになった。

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