バラ園の二人

 わたしは書庫の本で調べた情報と魔力探知で観察した結果から、この町は外壁に見せかけた結界に覆われているだけで、町自体は実体をもって存在しているのだと捉えている。

 民家や教会が幻術であるように見せられているわけではなく、何十年あるいは百年以上前に魔女が町ごと根城にして、外側に結界を張ったのだと思う。

 魔法によって劣化防止の加工がされていることで、まるで時を止めたかのようなこの町は奇妙な歪みを感じさせるようだった。

 

 わたしは夕日が差す道を歩いてバラ園に到着した。

 庭園のような構造になっていて、バラなどの花が植えられている。

 そこには薄桃色、赤色、色とりどりのバラが咲いていて、とても美しいと思った。

 毎日来るわけではなくて、たまに眺めたい気分の時だけ足を運んでいる。


 咲き誇るようなバラの様子に見惚れていると、どこかで人の声がした。

 誰かいるみたいだけれど生け垣で遮られているようで、その姿を見つけることはできなかった。

 隠れるつもりなら黙っているはずなので、見張られているわけではなさそう。


「……誰だろう? ここは死角が多いし、確認だけしておこうかな」


 実際に襲われたりすることはなくても、狩猟者の存在を知ったり、壁の内側は監視されていたりすることを知ったことで、自然と注意深くなった気がする。

 落ちついてバラを眺めていられなくなったので、声の主を探すことにした。


 足音を立てないように注意して園内を探していると、近くで人の気配がした。

 そっと視線を向けると、木製のベンチに少し年下の女の子が二人並んで座っていた。

 友人同士にしては二人の距離が近すぎる気がする。

 まるで、恋人同士のように見えてしまう。


 栗色の髪のロングヘアはアイリスで、肩まで金髪を伸ばしているのがリンダ。

 二人を見ているうちに、それが誰なのか分かってしまった。

 声をかける程度なら問題ないはずなのに、なかなか物陰から出られない。


「……あっ」


 思わず声を上げそうになったので、慌てて口を覆った。

 二人は照れくさそうにお互いの手を握っているのを見てしまった。

  

 実際にその場面を見たことはないけれど、女の子同士でそういう関係になる人がいることは聞いたことがある。

 聞きかじった程度では感じ入ることはなくても、自分の目を通して見てしまうと知らない世界があることに戸惑ってしまう

 盗み見ることはよくないことのはずなのに、目を離すことができない自分がいることにも驚いた。


 ――書庫の本によれば、恋愛とは男と女がするものらしい。

 ――子どもは男女の営みで生まれるもので、決して聖母の奇跡などではない。


 二人を否定する気持ちなんてないはずなのに、ふと脳裏によぎった言葉たち。

 直感的に分かるのは知識としては、こちらの方が正しいということ。

 わたしに残されたおぼろげな記憶にはお父さんとお母さんがいて、今でも心の支えになっている。

 お母さんが二人という光景ではなかった。


「――違う!」


 自分自身の思考に振り回されそうで、反射的に声が出ていた。

 思わず頭を抱えていた自分に気づく。


「あっ……」


 顔を上げるとアイリスとリンダが恐る恐るといった様子で近づいていた。

 リンダは気まずそうな顔で声をかけてきた。


「あのう、見ちゃいました?」

 

「……ごめんなさい、邪魔するつもりはなかったの。バラを見たかっただけで」


「秘密にしているつもりはないですけど、付き合ってると知られたら何かと面倒じゃないですか」


「私はみんなにバレてもいいのに……」


 アイリスとリンダは考え方に相違があるみたいだ。

 リンダのように慎重な分には安全だと思うけれど、壁の内側は狭い世界だから、目立つことで聖母やその従者に目をつけられると面倒になる。

 理屈の上ではよくないことだと分かるのに、幸せそうな二人を見ていると上手く言葉にできない感情がほのかに湧き上がるのを感じた。


「わたしにはよく分からないけれど、二人が充実してるならそれでいいんじゃないかな。あと、誰にも言わないから安心して」


「よかった! ありがとうございます」

 

「私は別に頼んでない」


「そんなこと言うなよ、アイリス。ライラの方が年上だし失礼じゃん」


 二人とは数える程度しか話したことがないけれど、リンダは優しい性格のようだ。

 アイリスは少し気難しいところがあるように感じられる。


「わたしは気にしないから」


「ホントすいません。あたしたちはそろそろ帰るので、好きなだけバラを見てください」


「うん、ありがとう」 


 わたしは自分の表情が緩むのを感じつつ、アイリスとリンダを見送った。

 離れていく二人の背中を見ていると、少しだけ寂しい気持ちになった。


「あんまり好きじゃないな、こういうの」


 閉ざされた世界で支え合う相手がいるのは心強いことだろう。

 今のわたしにはノエルがいるし、自分が不幸だなんて思いたくない。


 気分を変えようと思い、アイリスたちがいて通れなかった方に向かった。  

 少し進んだところで、真紅の美しいバラがいくつも咲き誇るのを見つけた。

 一つ一つの存在感がはっきりしていて、力強さを感じられるようだった。


 バラ園を歩くうちに日暮れが近づいてきたので、わたしは家に帰ることにした。

 二人のことは自分だけの秘密にして、深入りしないでおこうと決めた。

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