第47話 終幕 騒々しい日常
「師匠、師匠、起きて。コラ起きろ」
「あ? なんだ春日」
寝床の俺を揺すっていいたのは春日だった。
「もう、早く起きろよ」
俺はペラペラの夏用蒲団から顔を出し、薄目を開けた。
ここは・・・。知らない天井だ。
「そうか、夢だったのか。それにしても妙に長くて迫真な夢だったなぁ。悪魔とか天使とか」
「夢じゃないから。あんな無茶苦茶な夜、むしろ夢であって欲しいっすよ。だから、いい加減起きて下さいって」
あ、そう。夢じゃなかったか。現実は甘くないか。嫌だなぁ、起きるの。
「あと少し寝かせてくれ」
「汽車に間に合わなくなるぜ、っていうか酒臭ぇ」
昨夜は李爺さんと語り合って、その後いつ寝たんだっけ? 覚えてないな。
「朝は、酒臭いくらいが丁度いいんだよ。おまえも大人になったらわかる」
「最悪っすね、それ」
「ん? 汽車? なんだそれ」
「李さんが切符取ってくれたんすよ。早く起きないと置いてきますよ、ホントに」
もうみんな支度済んで下に居ますから、といい残して、春日は部屋を出て行った。
なんだよなんだよ、可愛げがねーなー。ちょっと前までは師匠、師匠ってピーピー泣いてたのに。そうやって大人になっていくんだね。寂しいね。
なんてぼんやり考えながら、俺は寝台から起き上がった。
あー畜生、ひとっ風呂浴びてぇ気分だぜまったく。
寝台の側に置いてある水の張った洗面器に手を突っ込み、何度も顔を洗い、同じく用意してあった手拭いで拭いた。それにしても李爺さんもは気配りスゲーな。旅館やホテル並みだぜ。
『トキジク、やっと起きたか』
戸口にふらりと現れたのはクロウリーだった。
李爺さんに借りたのか、大陸の長衣を着て、長い髪も東洋風に結っていた。
『なんだよ、随分ここに馴染んでるじゃねーか。もしかして住むのか?』
『いや、体が回復次第、イギリスに帰るよ。黄金の夜明け団の師も待っていることだしね』
『そうか』
『ささ、寂しく思って、くれますか?』
クロウリーは自信無さ気に訊いてきた。
『そうだな。たった一日だけだったけど、気の置けない仲間みたいな感じがしてるよ』
『ふふふ、仲間、仲間ね。いい響きだ』
『また遊びに来いよ。歓迎するぜ』
『そんな気軽に来れる距離じゃないでしょ。日本とイギリスだよ?』
『そうかぁ?』
クロウリーはそこで笑った。
『か、か、必ず、また来ますから』
『ああ』
俺は右手を出して握手をし、ガッチリと肩を抱いた。
「師匠ぉぉー‼ なにしてんすかぁ⁉」
下から春日の、なにかを察したようなイラついた呼び声が聞こえてきた。
「わかってるよ、デカい声出すな! 頭に響くって!」
「デカい声出してんのはそっちでしょ‼」
俺はクロウリーに向かって、肩をすくめて見せた。
まったく、また騒々しい日常に戻るのか、お互いにな。
『じゃあな、元気で』
俺は親指を立てた。
明治幻想奇譚 不死篇 魔術師の章 藤巻舎人 @huzimaki
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