第5話
宮津朱里先輩は「王様は何度か会ったことあるけど、いい人だから心配しなくていいよ。校長先生と話をするようなものさ」と軽く言ったけれど、そもそも校長先生と一対一で話なんてする機会ないじゃないか! 僕は緊張のあまり、王様を直視することができなくて、どこを見ていいかもわからず、落ち着かなかった。
「ふふふ、だいぶ緊張しているじゃないか、ヤマトよ」
「ひっ、ひゃい!」
王様が声をかけてくださり、僕は変な声が出てしまった。クスクス笑う先輩が見えたけど、王様の前だから今は我慢しておく。
「そんなに硬くならなくても、もっと気楽に話そうじゃないか」
「そうだよ、救世主くん!」
優しく微笑んでくれる王様の横から、先輩が顔を覗かせる。
「そもそも先輩が僕を救世主とか言うから!」
王様の前だと言うのに、我慢できずについ僕は言い返してしまった。
「ははは、ごめんごめん! だってさ、私一人では弱くって何もできなくてさ。以前王様に会ったときに『いつか必ず、救世主を連れてやってきますから』って言っちゃったんだよねぇ」
「そうそう。そしてやっとアカリが連れてきたのが君だったってわけだ」
えぇ、先輩一人でも十分強かったじゃないですか。何もできない僕が救世主なんて、そんなわけないのに、って言い返したかったけど、王様の前でそんなこと言えるはずもなく。でも、そんな自信のない表情をしているのが、周りの人には伝わったようだった。
「でも、初めてゴブリンキングに対峙したのに、物怖じせずに魔法を使ったんだろう? なかなかそんな度胸のある者はいないぞ!」
横にいた騎士団長のガビ様も僕のことを褒めてくれた。なんかそうやって褒めてもらえると、悪い気はしない。
「ゴブリンキングの攻撃を避け続けたのもすごかったもんね! 最後転んじゃったのはご愛敬ということで!」
先輩……一言余計です。
「で、本題なんだが……」王様が柔らかい物腰のまま、だけどこの異世界に関する大事な話を始めたのだった。
翌日。
僕は授業が終わると図書室へと向かう。いつもと同じはずなのに、なぜか僕は早足になる。
図書室への道の途中、昨日の出来事を思い出していた。
――授業が終わって、いつものように図書室に行ったら、宮津朱里先輩に声をかけられたこと。
本を返却しようとしたら、白く光る本を見つけて吸い込まれてしまったこと。
異世界に着いて、宮津先輩に助けてもらったこと。
ゴブリンキングと戦ったこと。
そしてガビ様や国王様と会って話をしたこと――
これらは全て、僕の頭の中にはっきりと記憶されている。特に王様の最後の話が忘れられない。
「今、この世界は7体の悪魔に攻め込まれている。悪魔たちは周りの国々から攻め始め、最後にこの国を狙うつもりらしい。異世界からの救世主よ。7体の悪魔を倒し、世界の平和を取り戻してほしい。頼まれてくれないか」
普通の魔物は王国の兵士にも退治することはできるけど、7体の悪魔は救世主の攻撃でないと倒せないんだそうだ。
悪魔と戦う……僕が。異世界で。
そんなファンタジー小説みたいなこと、僕にできるんだろうか。いつもと違う世界でモンスターと戦うなんて、確かに頭の中で思い描いていた光景ではあるんだけど。それにもし、悪魔に負けてしまったら……あ。宮津先輩に「異世界で死んでしまったら、こっちの世界ではどうなってしまうのか」をちゃんと聞いていなかったな、今日そのへんのことも聞かないと……。
放課後の図書室はいつものように誰もいない。いるのは図書委員の宮津朱里先輩ぐらいなものだった。
「やあ、こんにちは草薙くん。今日も読書かい?」
あれ、宮津先輩のセリフがいつもと違う。そして、なんだか素っ気ない。
昨日一緒に異世界でを冒険して……そしてお城の書庫で白く光る本を見つけて一緒に図書室に戻ってきたはず……なのに。
異世界で先輩と一緒に過ごして、親しくなれたような気がしていたのだけれど……そう思っていたのは僕だけだったのだろうか? それとも……やっぱり昨日のあれは夢……だったのかな?
僕は肩にかけていた鞄を下ろすこともせず、思い切って先輩に話しかけてみた。
「先輩、昨日のことなんですけど……」
「昨日? 昨日何かあったかな?」
あれ、やっぱりあれは夢……だったのか……? 僕が言葉に詰まってしまうと、先輩がメガネを人差し指で持ち上げて、にこりと……いや、ニヤリと笑った。
「なんてね。昨日は時間がなかったから、ちゃんと話ができなかったもんね」
先輩はそう言うと立ち上がり、カウンターに「現在席を外しています。返却の方はここに本を置いたままにしてください」という札を置いた。そして、小さい声で「ここじゃ誰かに聞かれるかもしれないから、こっちにおいで」と手招きした。カウンターの奥の扉を空けて中に入る。そこは司書である播磨先生の部屋だった。
やっぱり昨日のことは夢じゃなかったんだ! ちょっとドキドキしながら僕も後へ続く。部屋の中は小さな事務机が一つ。周りの棚にはファイルが所狭しと並べられていた。そして普通に播磨先生もいて、リラックスしながらコーヒーを飲んでいた。……先生、まだ仕事中なんですけど。
「あら、朱里ちゃん。やっと草薙くんが入部してくれたの?」播磨先生がコーヒーカップを机の上に置いて、僕の方を見た。なんだかいつものほんわかとした先生と雰囲気が違う。僕は思わずゴクリと唾を飲み込んだ。
「まだ本人からは何も聞いていないけど……草薙くん。昨日はどうだったかい? また異世界に行ってみたいと思ったのかな?」
「……やっぱり夢じゃなかったんですね」
「私はずっと言っていたじゃないか。異世界にいって一緒に冒険しよう! ってね。異世界は本当にあるのさ」
うんうん、と播磨先生もうなづく。
「とはいえ……救世主として扱われてしまったことは本当に申し訳ないと思ってる。だから、草薙くんが
――そんなの、答えは決まっている。
「先輩、僕……もう一度異世界に行きたいです。そして、あの世界を救いたい」
先輩はふっと笑うと、眼鏡を外した。その顔は、異世界で会ったときの先輩と同じだった。僕たちは自然と握手を交わしていた。ここから、僕と先輩の……まるで小説のような大冒険が始まるんだ。
思わず手に力が入る。それを感じて、先輩が口を開いた。
「ようこそ、
<完>
ようこそ! 放課後異世界探検部へ! まめいえ @mameie_clock
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