第4話

 グアアアア!

 ゴブリンキングの威嚇だけで、ビリビリと周りの空気と僕の体が震える。でも、怖がってちゃいけないんだ。いつも読んでいるファンタジー小説の主人公は、勇気を奮い立たせて敵に向かっていくんだから。さっきと同じように、ゴブリンキングにも魔法を喰らわせてやる。確か鞄の中にはもう一枚、数学のテストが入っていたはずだ。


 僕はゴブリンキングから目線を離さないようにして、カバンをまさぐった。……これは筆箱……違う、これはノートだ。焦りからか、なかなかテストが見つけられない。そんな僕を、ゴブリンキングは当然待ってはくれない。僕よりも大きな棍棒を持ち上げて、僕たちめがけて振り下ろす。


「右だ!」


 宮津先輩が僕に抱きついてきて、そのまま地面に飛び込んだ。「ぐえっ!」地面に背中を強く打ちつけて、思わず僕は変な声を出した。何するんですか先輩! とは言えなかった。だって、つい今し方、僕たちが立っていた場所にゴブリンキングの棍棒が振り下ろされ、地面に大きな穴が空いていたのだから。


 痛がっている場合じゃない。僕たちはすぐに立ち上がる。先輩は剣を持って構える。僕はもう一度、鞄に手を伸ばす。今度は……あった。テストを目で確認する。大丈夫、これは数学のテスト、48点。確か先輩は「点数によって威力に差が出る」と言っていた。48点……どのくらいの威力になるのかわからないけれど、やってみるしかない。


 僕は数学のテストを両手で持ち、ゴブリンキングに向かって開いた。

「くらえっ!」

 テストに書かれた文字や点数がぽっと光り輝く。今度はそれが小さい氷の粒になって、ゴブリンキングの顔に向かっていった。


 グオオオオ!


 ダメージは全く与えられなかったけど、ゴブリンキングは氷の粒で視界を邪魔され、棍棒を持っていない手でそれらを振り払おうとする。その隙を宮津先輩が見逃すはずがなかった。


「よくやった、草薙君!」


 先輩が思いっきり剣を振り、ゴブリンキングの足を攻撃する。さすがの先輩でも一撃で足を切り落とすことはできなかった。あまりにも太い足は傷をつけるので精一杯で、僕の魔法を完全に振り払ったゴブリンキングは反撃に転じた。


「むっ……そう簡単にはいかないか!」


 先輩はすぐに敵から距離を置く。

 当たったら確実にやられてしまう棍棒の攻撃を、僕たちはなんとか避ける。ひたすら逃げているといったほうがいいかもしれないけど。


「はぁ、はぁ」

 だんだんと息が上がってきた。体育の授業でもこんなに必死に走り回ることなんてしないぞ……小学生の時の鬼ごっこよりもきつい。しかも逃げ方を間違ったら死んでしまうという緊張感もある。僕の足は次第に重くなる。


「うっ!」

 ゴブリンキングの攻撃でそこらじゅう穴だらけ。僕はその穴に足をとられてしまい、派手につまづいてしまった。ゴブリンキングがそんな僕を見逃してくれるわけもなく、叫び声を上げながら近づいてきて、今度は棍棒を両手で持って振り上げた。


「草薙くん!」


 先輩は助けようと走ってきてくれるが、間に合いそうもない。あ、今度こそダメだ。そう思ったときだった。



 ドッ! ドドドドドッ!



 どこからともなく降ってきた大量の弓矢がゴブリンキングの体に突き刺さった。そのおかげで敵の攻撃の手が止まる。


「よくここまで持ちこたえてくれた!」


 僕の目の前に剣を持った誰かが現れた。その声は先輩ではない、見知らぬ男性のものだった。彼が剣を一振りすると、シュン! という鋭い音がして……それだけでゴブリンキングの首を跳ね飛ばした。

 首を失ったゴブリンキングは、血を吹き出すこともなく、黒い霧となって消滅した。

 助かった。僕はほっとして力が抜けた。……けど、助けてくれたのは一体……?


「大丈夫か、少年」

 手を差し伸べてくれたのは、銀色の鎧に身を包んだ騎士だった。兜をかぶっているから、顔ははっきりとはわからないけど、渋いおじさんのような貫禄を感じた。

「あ、ありがとうございました。助かりました」

 僕は騎士の手を握ってゆっくりと立ち上がり、お礼を言う。


「お礼なら私の後ろにいる弓兵隊きゅうへいたいに言ってくれ。彼らが君たちの戦いに気づいたんだ」


 確かに、ゴブリンキングを一撃でやっつけたこの人もすごいけど、その前の弓矢攻撃がなかったら僕は確実にやられていたんだ。僕は彼の後ろにいる兵士たちにも「ありがとうございました」と一礼した。


「ガビ様、どうしてここへ!?」

 宮津先輩は剣をしまい、こちらに小走りでやってきた。ガビ様と呼ばれた騎士は先輩の方を向いて兜を取った。金色の髪が銀の鎧に映える。


「お城の近くでゴブリンキングが暴れていると弓兵隊から連絡を受けてね。しかも白い鎧の少女が戦っていると聞いて、おそらくアカリのことだろうと思ったんだよ」

 騎士と先輩が親しげに話をしている。この人は一体何者なんだろうか。そんな僕の視線に気づいたのか、先輩が騎士のことを紹介してくれた。


「このお方は、騎士団長のガビ様。この国の兵士たちを束ねるすごい方なんだよ!」

 そう言われて、改めてガビ様と呼ばれたおじさんをみると、金髪に青い瞳で、いかにも外国の人と言った顔だった。あごひげも金色で、かっこよかった。身長も僕らなんかよりもずっと高くて、体もがっしり大きくて、頼りになりそうな人だった。


「ガビ様、彼は草薙大和くん。今度新しく放異部に入ることになりそうな、期待の新人なんだ!」

「ちょ、ちょっと先輩! 僕は入るなんて一言も……!」


「そうかそうか、やっとアカリにも後輩が! なにせ3……」

「わーガビ様! ダメダメ! それは言わない約束!」


 ガビ様が何か言おうとするのを、目の前で大きく両手を振りながらジャンプして阻止しようとする先輩。3……なんだろう。

 3年間ずっと一人だったとかいうことかな。もしかして先輩、3年前からずっと――? だとすると、ガビ様ともこんなに仲良く話ができるのも納得する。だって、騎士団長なんて、僕らのようなただの一般人が気軽に話せるような人じゃないでしょ。


「とにかく、ヤマト。ようこそアランドール王国へ。そして、アカリと一緒に来てくれてありがとう」


 ガビ様が僕に手を差し出してくれた。恐れ多いと思いながらも、僕も手を伸ばしてガビ様と握手をする。その手は大きくて、力強かった。


「ヤマト、よかったらこの後国王にも会ってもらえないか。の誕生を心待ちにしていたんだよ」


「救世主? 誰が?」

 キョトンとする僕に、ガビ様が優しく笑いながら続ける。

「誰ってヤマト。君のことだよ!」


 え、僕が――救世主? うそ、何の話?

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