第3話

「死……ですか」

「そう。この世界で死んでしまっても、元の世界に戻ることができるんだ」


 あんまり気乗りがしない帰り方だな、と僕は思った。当然のことだけど、そもそも死ぬという感覚は味わったことがない。痛い……いや、痛いなんて言葉では済まされないくらいんだろう。想像できないことで、ちょっとぞっとしてしまった。


「この世界で死んでしまったら、元の世界ではどうなるんですか?」

「ああ、それはね――」

 宮津先輩が言いかけたときだった。


 お城の反対側、草原の向こうから、ドドドドドと音を立てて、ゴブリンがやってきたのだ。しかも今度は群れをなして。見たところ……5、6体はいるだろう。


「草薙くん、来るよ!」

 と言って、先輩はすぐに剣を抜いて戦いに備える。僕はどうしていいかわからずに、ただおろおろしていた。さっきの……棍棒を持ったあのゴブリンが何匹も。さっきは先輩が助けてくれたからなんとかなったけど、僕も何かしなければ! と思うけど、正直剣も鎧も装備していない僕に何かができるとは思えなかった。


「鞄の中に使えそうな物は入っていないかい?」


 先輩にそう言われて、慌てて僕は肩から下げている鞄の中をあさってみた。教科書、筆箱……テストの解答用紙……使えそうなものは何一つ入っていない。


「すみません先輩! 何もないです!」

「テストの解答用紙とか入ってたりしないかい?」

「……ありますけど、何に使うんです?」

「この世界ではそれが魔法の巻物になるんだ。なんでもいいから取り出してみて!」


 宮津先輩は、剣を構えてゴブリンの群れに向かって走っていった。それはゴブリンを自分に引きつけるため――僕が標的にされないようにするため――だということがわかった。先輩にばかり負担をかけさせるわけにはいかない。僕は鞄の中からテストの解答用紙を取り出した。


「国語、87点……」


 今日返されたばかりの実力テストの結果。まあ平均点は超えていたから悪い成績ではないだろう……ってそんなこと今は関係ない。でもこのテストを使ってどうやって魔法を使うというのだろう? 不思議に思っていると、宮津先輩がゴブリン数体を相手にしながら、僕に向かって叫んだ。


「テストを敵に向けて広げるんだ! それだけで魔法は発動する!」


 僕は慌てて言われた通りに、ゴブリンに向かってテストの解答用紙を広げてみた。すると、その用紙に書かれている文字や線、点数がぼうっと青白く光り輝いた。そして一ヶ所に集まって炎の形をつくり、勢いよくゴブリンたちに向かって飛んでいった。


 グエエエエエ!

 僕のテストから発せられた炎によって、ゴブリンたちは気味の悪い声をあげ、黒い霧となって消滅した。


 突然目の前に炎が発生して、敵を蹴散らしていった。現実の世界ではありえない出来事に胸の鼓動が早くなるのを感じた。


「なかなかやるじゃないか、草薙くん!」


 残ったゴブリンをサクッとやっつけて、戻ってきた宮津先輩が褒めてくれたけど、僕はただテストを広げただけ――。とはいえ、最初にゴブリンに遭ったときには足が震えて何もできなかった僕が、今回魔法で撃退できたということは素直に嬉しかった。


「異世界に来るときはテストの答案用紙を忍ばせておくといい。今みたいに魔法を使うことができるからね。ちなみに使えるのは一枚につき一回のみ。教科で魔法の種類が、点数によって威力に差が出るんだ」


 私はどちらかというと魔法よりも剣での攻撃の方が好きなんだけどね、と宮津先輩は言った。剣での攻撃――か。あんまり敵を切るっていうのは感覚がよくわからないし、ちょっと怖い。魔法専門でもいいかな、なんて思ってしまった。


「さあ、敵も蹴散らしたことだし、お城へ急ごうか。お城の図書室に光る本が置いてあるんだ」


 先輩が剣をしまい、歩き出そうとしたときだった。突然僕たち二人を大きな影がおおった。木陰に入ったわけでもないのにどうして――? と思った瞬間だった。

 ズウウウン! という、まるで隕石か何かが落ちてきたときのような音とともに、地面が揺れて、空気が震えた。――何かが、降ってきた。思わず音のしたほうを振り返ると、先ほどのゴブリンよりも数倍の大きさの、青色のゴブリンが立っていたのだった。手には大木のように大きい棍棒を手にしている。


「な、なんだ……?」

 僕が、突然現れた敵のあまりの大きさに驚いていると、隣で先輩が震えた声で言った。


「ゴ……ゴブリンキングだ。どうしてこんな場所に……」

 グアアアア!

 ゴブリンキングは僕たち二人を睨みつけたまま、口を大きく開けて威嚇してきた。


「もしかして、仲間を倒されたことを怒っている?」

「草薙くん……」

 僕のつぶやきに、先輩が再び剣を取り出して、ぎゅっと握りしめながら口を開いた。


「万が一のときは、君だけでもお城へ走るんだ。いいね」

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