第2話
本に吸い込まれたという表現が正しいのか、白い光に包まれたというべきなのかわからないけれど、突然、僕の目の前が真っ白になった。そして図書室の床に立っていたはずなのに、ふわふわと宙を浮いているような感覚に
ゆっくりと、真っ白だった視界が元に戻り、足が地面についたような感触がした。そこはさっきまでの図書室……ではなくて。
「ここは……?」
僕は広い草原の真ん中に立っていた。
青い空、白い雲。空を飛ぶみたこともない生き物……そして、湖の向こうに見える大きなお城、宙に浮いた島……明らかに僕の住んでいる世界ではない。なんとなくだけど、これまでたくさんの本を読んできた僕には理解できた。そう、ここは……
「異世界だ!」
ドクンドクンと心臓の鼓動が聞こえた。いつも本で読んでいる世界が、今、目の前に広がっている。剣と魔法のファンタジーの世界。残念ながら今、剣は持っていないし鎧も着てはいないけど、なんだか素敵な冒険が始まりそうな気がしてきた。
しばらく景色に
「ギギ……ニンゲン……ヤッツケル!」
ゴブリンだ!
異世界で出てくるお決まりのモンスター!
そして異世界人に簡単にやられるやつ!
頭の中では、そう思っていた。思っていたけど、実際に向かってこられると、恐怖で足が動かなくなる。戦わなきゃ! 僕は腰に手を伸ばした……けど、武器なんて持っていない。肩にかかっている鞄で殴る? そんなので勝てるわけない。どうしよう、どうしよう、どうしよう。
頭の中がグルグル回っている僕のことなどお構いなしに、ゴブリンはあっという間に近くに迫り、大きな棍棒を振り上げた。――あ、終わりだ。僕はここでやられてしまう。僕は声を出すことすらできずに、その場にお尻をついて倒れた。
「とりゃあ!」
どこからかそんな声がしたかと思うと、ゴブリンは僕の目の前で縦に真っ二つになり、黒い霧となって消滅した。
え? え? どういうことだ? 僕は突然の出来事に戸惑ってしまった。すると、ゴブリンの代わりに、目の前に大きな剣を持った一人の少女が立っていたのだった。
「大丈夫だったかい? 草薙君!」
少女はニコッと笑うと、倒れている僕に手を差し伸べてくれた。ちょっと恥ずかしかったけど、その手を借りて僕はゆっくりと立ち上がった。
「あ、ありがとうございました。えっと、あなたは……」
僕の命を救ってくれた冒険者の姿はというと――黒髪のショートカットに大きな黒い目。真っ白な鎧に長い剣を持ち、いかにも熟練の冒険者といった感じだった。どことなく、誰かに似ているような気もするんだけど……。
「はっはっは! 私だよ、草薙君!
……宮津……先輩?
ああそうか、メガネをかけていないからわからないのか。っていうか、鎧姿で剣を持って戦っている少女が先輩だなんてわかるわけがない。いつも見ている制服姿ではないけれど、喋り方も仕草も、確かにそう言われれば、宮津朱里先輩だ。
「ああ……先輩、よかった……僕、突然こんな世界にやってきてどうしようかと思っていたところでした」
「な、だから放異部に入らないかとあれだけ言っていたのだよ!」
宮津朱里先輩は両手を腰に当てて、えっへん! とポーズをとる。助けてもらったのは本当にありがたかったけど、一つ疑問が残る。
「ところで……先輩はどうしてここへ?」
「どうしてって、君を助けにきたに決まっているじゃないか! 異世界は初めてだろう? まあ、今日のところはとりあえず帰ろうか、ついてきてくれ!」
先輩はそう言うと、お城の方向へと歩き出した。僕も慌てて先輩の後ろをついていく。
「あの……先輩は、どうして鎧姿なんですか? 僕なんか普通の制服のままですけど……」
僕が話しかけると、先輩は振り返って嬉しそうに答えてくれた。
「そりゃ、買ったのさ。向こうに見える城下町でね。君も今度買うといい。買い方は今度教えてあげるね」
「もしかしてですけど……先輩、この異世界には何度も?」
「もちろん! 放異部の活動の一環として頻繁に訪れているよ! どうだい、楽しそうな世界だろう?」
宮津先輩はどことなく嬉しそうだ。ついつい僕もそんな先輩に質問を続けてしまう。
「楽しそう……ではありますけど、元の世界に戻るにはどうすればいいんでしょう。先輩、さっき『今日のところはとりあえず帰ろう』って言ってましたよね」
「ああ、じゃあ今日は帰り方について教えてあげよう」
そのままお城にたどり着くまでの間、先輩がこの世界のことについて、そして帰り方について教えてくれた。
「この世界から、私たちのいた現実世界へ帰る方法は二つあるんだ。一つ目は、異世界に行くときに使ったものと同じものを見つけること。今回でいうと……なんだい、草薙君?」
「白く光る本……ですか」
「そう、正解! その本はもう私が見つけてあるから心配しなくていい。そして二つ目は……なんだと思う?」
「え……魔法とか?」
僕は全く見当もつかずに、適当に答えてしまった。でも、先輩は「その方法もあるかもしれないね。ただ今の時点では元の世界に帰る魔法は発見されていないんだ」と否定しなかった。
「なんでしょう……ちょっと想像つきません」
すると、先輩が真顔になって言った。
「二つ目の方法は、この世界で死んでしまうこと、だよ」
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