ようこそ! 放課後異世界探検部へ!

まめいえ

第1話

 僕は図書室が好きだ。

 静かな雰囲気の中で、自分の好きな物語の世界に没頭することができるから。現実ではできない体験が、本の中でなら味わえるって最高だと思う。


 ここ夢見丘ゆめみがおか中学校の図書室は読みごたえのある本がたくさん揃っている。ファンタジーから推理小説、伝記に至るまで。到底、卒業までに全て読み終えることはできそうにない。それもまた、なんだか嬉しい。


 放課後。6時間目の授業が終わって帰りの挨拶をすませると、僕はすぐさま図書室へと向かう。友達の多くは部活動の時間だけど、僕にとっては図書室での読書が部活動みたいなものといってもいい。読書部があればまっさきに入部していたんだけどな。


 よし、今日は先日入ってきた新刊を読もう。誰にも借りられていませんように。そして誰にも邪魔されずにゆっくり読めますように。そう思っていたのに。


「おお、草薙くさなぎ君! 今日こそ、我が放異部ほういぶへの入部を考えてくれたかな?」


 いつものように図書室の一番奥の席で本を読んでいたら、いつものように宮津みやづ朱里あかり先輩がやってきて、僕に話しかけてきた。


「いいえ。僕は本を読むために図書室に来ているんです。部活動に入りたいわけではありません」


 読みかけの本を机に伏せて、僕は言った。

 宮津朱里先輩は三年生の図書委員。ショートカットでまんまるメガネをかけていて、いかにも読書が好きですっていう外見だけど、中身はゴリゴリの異世界オタクなんだ。

 事あるごとに図書室にやってくる僕に話しかけてきて、「放異部に入らないかい?」と誘ってくるんだ。


 放異部というのは放課後異世界探検部のことだそうだ。最初は異世界を探検する感覚で本を読んだり、時にはおすすめの本を紹介しあったり、感想を言い合ったり……そんな部活動なのかな思ったけど、実際は――。


「学校には異世界の扉がたくさん開かれているんだよ! 我が放異部ではそれらを見つけて、実際に異世界に行く! そして冒険する! どうだい、ワクワクしてくるだろう?」

「いいえ。僕は本を読んで異世界を冒険するほうがワクワクします。それに冒険するなら、放課後異世界の方がいいんじゃないですか?」

「むっ、探検部の方がなんか響きがいいじゃないか!」

「冒険部……探検部……。まあ、確かにそうかもしれません。それでは僕は読書の続きをしたいので」

「ちぇ、つれないなぁ。まあいい、また誘うよ、草薙大和やまと君!」


 ここまでが宮津朱里先輩とのいつもの会話だ。まあ、懲りずに何度も同じセリフで誘ってくるもんだな、と思う。でも少しだけ、ほんの少しだけ宮津朱里先輩が話しかけてきてくれるのが嬉しかったりもする。放異部に入るのは嫌だけど。



 下校のチャイムが鳴った。



 名残惜しいけど、今日の異世界の冒険はここまで。僕は本を閉じて席を立つ。鞄を肩にかけ、本を書架にもどそうとすると、カウンターには黙々と本を読んでいる宮津朱里先輩が目に入った。

 なんだ、先輩も本を読むのが好きなんじゃないか、あれだけ異世界異世界と行っている先輩は、一体どんな本を読むのだろう――と僕はふと先輩の読んでいる本の表紙を見てしまった。


「学校の七不思議?」


 僕は先輩の読んでいる本のタイトルに驚き、思わず声を出してしまった。幸い、図書室には僕と先輩しかいなかったからよかったけど。先輩は、僕に気づき、そして時計を見てああ、もうこんな時間か、と本を閉じた。


「どうかしたかい? 草薙君」

「先輩……そんな本も読むんですね。僕はてっきり――」

「ああ、放異部の私がどうして学校の七不思議なんて本を読んでいるかって? ちっちっち。それは考えが甘いね、草薙君」


 宮津朱里先輩は、なぜか嬉しそうな表情で、メガネを人差し指でクイっと持ち上げて話を続ける。


「学校の七不思議と異世界は深い関係があるのさ。そもそも学校の七不思議に関係する事象は異世界の干渉を受けて発生しているんだ。例えばこの十三階段にまつわる話はね……」


 やばい、先輩にスイッチが入ってしまった。以前もこちらから話題を振ってしまったら、嬉しそうに20分も30分も話し続けたっけ。なんとか話を止めないと、そう思っていたら。


「朱里ちゃん、草薙君が困っているわよ。下校時刻も過ぎたから、早く帰りなさい。私も片付けを終えたらもう帰るから」


 カウンターの奥の扉から司書の播磨はりま先生が出てきて、先輩の話を止めてくれた。先生はパーマのかかったくるくるの前髪をかきあげると、そのまま図書室の開いている窓を閉めにいく。


「むう、残念だが、七不思議の話は今度ということにしておこう。そうそう、草薙君も持っている本はちゃんと書庫に戻しておくこと。借りていない本は持って帰ってはいけないんだぞ!」

「わかってますよ!」


 僕は持っていた本を、元ある場所へ戻すために書架へ向かう。

「えっと、この列の……一番下だったな」

 同じ作者の本が並ぶ場所を見つけ、そこに本を戻そうとしたときだった。まるで僕に存在を知らせるかのように、一冊の本が白く光り輝いていた。


「なんだこれ?」


 白く光る本を、僕は思わず手に取っていた。電気で光っているわけではなく、本そのものが発光しているようだった。これは一体何だろう? 題名も、作者名もない。どうしてこんなものが図書室に? 僕は本を開いてパラパラとページをめくってみる。


「何も書かれていない……」


 ページは全て真っ白で、一文字も書かれていなかった。もしかして文字も白いのか? と本を掲げて角度を変えてみたり、1ページだけ天井の蛍光灯に透かしたりしてみたが、何も変わらなかった。何も書かれていない真っ白な本。もしかしたらノートなのかもしれないな。僕はそう推測してみた。


「草薙君……どうしたんだい?」


 宮津朱里先輩に僕の呟きが聞こえたのか、小走りでやってきた。そして僕が手にしている白く光る本を見ると、ぱっと表情が明るくなって、

「播磨先生、ちょっと! ひ、光る本! 草薙君が見つけたって!」

 と興奮気味に、窓を閉めて回っている播磨先生を呼びつけた。先輩の声に反応した播磨先生も「うそ!?」と驚きと喜びの感情が混ざった声を上げて、駆けてきた。



「先輩、この本って一体な……」

 言葉を全て言い終える前に、僕は白く光る本の中に吸い込まれてしまった。

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