狂ったお茶会

朝方の桐

狂ったお茶会

 "ああ、疲れたな"


 今日も変わらない空を見上げた少女は、ふとそう思った。

 古来より、人は闘いを見るのが好きだ。

 イタリアのコロッセオでも、見られるように時代の進みと継ぎ接ぎの倫理の形成により殺し合いから殴り合いに変貌はしていったが、それでもやはり人は安全圏から闘う様子を見るのが好きなのだろう。


「明日も雨が降るのだろうか」


 この、デスゲームという娯楽はきっと明日も続くのだろう。

『アリス』は、それがなんだかとても憂鬱に思えてしまった。


 デスゲームなんてものは創作の中だけのことだと思っていた。

 いや、正直のところ長い長い夢の途中なのかも知れない。


『アリス』は人を殺した感触を覚えている。

『アリス』は血の生暖かさを知っている。

『アリス』は人の醜さを忘れていない。

『アリス』は試すだけの度胸がない。


 昔々…なのか、覚えていない『アリス』は分からないが、彼女にとっての昔には彼女は一人ではなく顔見知りの仲間がいた。

 この、ちぐはぐで狂った世界から帰ろうとした。

 それはもう、昔のことではある。



『命を背負うなよ。恨みっこなしって言っただろ?』-人を殺した感触を覚えている。


『主人公は救って、助かってこそだからな…あー眠い。少し休むわ』-血の生暖かさを知っている。


『どうしてお前が生き残ったんだ、どうして俺を連れて行ってくれなかったんだ』-人の醜さを忘れていない。


『死んだら元に戻れる可能性が残っていると思うの。だから、私は試してみたい』-試すだけの度胸がない。


 仲間がいた。

 見知らぬ世界で出会って、励まし合って、殺し合って、見送った顔見知りの他人達が『アリス』にはいた。

 どれだけ死んでもゲームは終わらず、減った参加者は絶えず補充されて行く。


 そもそも


「いや、きっと悪趣味な奴がいるんだ。きっと」


 誰も口に出さなかった。

 禁句として、そういうことにした。

 ゲームマスターも、支配人も、ゲーム説明も…『アリス』達は一度も聞いたことはなかった。

 しかし、何処かに自分達を娯楽として消費している悪趣味な誰かがいるということにした。

 彼女らの中でデスゲームが始まった時から、自分達は被害者であると自己暗示をしなければ、前を向いて走らなければ狂ってしまう気がしたのだ。


 死にたくないから、手を赤く染めた。

 殺したくないから、ひとりぼっちになった。


 疲れた。そう疲れたのだ。

 前を向くことに、生き続けることに。


『アリス』は、見慣れたちぐはぐな世界を歩いていく。

 相変わらず持ち主不在の水煙管は、キノコに掛けられてご主人を待っている。

 食材がよく置かれている少し立派なお家のキッチンは今日もスープを煮込んでいる。


「結局消せもしなかったし、完成もしなかったな…ヘックション‼︎」


 いつかの日、火事になってはいけないと顔見知り面子でスープの炎を消そうとしたがうんともすんともいわず、放置したことを思い出して『アリス』は久々に少しだけ笑った。

 立派な家だが、昔から埃が待っており長時間滞在するとくしゃみが止まらなくなるのも変わらずだった。


『アリス』は歩く、木に隠れるように置かれているごちゃごちゃとしたその場所に。


「やあ、アリス。

、ぼうし屋」


 相変わらず大量のティーセットを辺りに放置している彼は、大きな机にひとり座ってバターの塗られたパンを食べている。



「席ならもうないぞ」

「いっぱいあるでしょう。勝手に座るから良いわよ」


 ぼうし屋は、眉毛をピクリと動かしたが何も言わず紅茶の入ったティーカップを傾け文句を共に流し込んだ。

 彼ほぼうし屋。

 はじめて会ったのは、『アリス』が独りぼっちになった頃のことでありその時もひとりでお茶会を開いていた。

 そして、この世界で彼女のことを『アリス』と呼ぶ唯一の存在である。


「ちなみに、今日は何日かね」

「知らない」

「そうか。しかし、久しぶりに君にあった気がする。突然どうしたんだ?」

「…さっき、先程ぶりって言ってなかったかしら?」

も経ってないんだ。先程ぶりだろ」


『アリス』は眉間を押さえてそういえば会話が微妙に成り立たないことを思い出し、これ以上は追求しないことにした。


「…少し疲れてしまって」

「なるほど。私はお茶会で忙しいのでおもてなしが、バターパンや紅茶ぐらいは食べても構わん。

 ウサギもヤマネも裁判をお茶会の途中で裁判を見に行ったきり帰ってこなくってな。

 しかし、いつ帰ってくるのか分からない故にパンも紅茶も用意しなければいけん」

「はむ…うん、美味しい」


『アリス』はそういえばこいつときちんと話したことがなかったなと思った。

 最後なのだからきちんと話してもいいのかも知れない…いやでも、あの微妙に合わない会話をするのはストレスが溜まるしどうしたものかと紅茶を飲みながら考える。


「君ものかいアリス」

「そう、ね。うん、生きるのも殺すのも疲れてしまったの」


 お茶会の外を見る。

 今日の空も相変わらずの歪んだ晴天だ、何処かで誰かが死んだのだろうか。

 あの日のことを思い出す。

 不思議な世界なこの世界は、最初こそはそれだけだった。

 しかし、時間が経つと空が剥がれ落ちたり地面が崩れるようになった。

 そんなある日、顔見知りのひとりが足を滑らせ赤い水溜まりを作った。

 地面は、安心したように元に戻った。


 この世界は、命を吸収して成り立っている。

 殺さないと生きられない。

 何故なら、命を糧としてこの世界が回っているから。


「ふむ、そういえばアリスの周りにいた奴らを最近見ないな。

 あいつらも裁判に行ったのか?」

「さあね、あんたに教える義理はないわよ。

 それより、何故あんたは私をアリスというの?」


 ぼうし屋は、空になったティーポットを端に追いやりながらふむと考えた。


「大層な理由があった訳じゃない。

 ただ、君を見た時にあの少女が『また来た』と一瞬思ったからだ、それだけだ」


 新しい紅茶を差し出しながらぼうし屋は言う。


「私はお茶会をしているだけだったから詳しくは知らないが、お疲れ様アリス」

「どうも」


 紅茶に口をつける前、ぼうし屋はふと何かを言おうとしていた。


「何か?」

「いや、なぞなぞを言おうとしたんだが…思い出せないなカラスと何をかけるんだったか…のはずなんだかな」


 カップを傾ける。

 もうそろそろ出発しようと思っていたので、ぐいっと一気に飲み干す。


「外の世界で生きる君が覚えているとは思っていなかったよ、さようならアリス君の目覚めが良いものでありますように」

『いつかその終わりを望むのなら、お茶会に来ると良い。眠るように殺してあげよう』


 新しい紅茶を用意しながらそう呟いたぼうし屋の言葉は、眠った『アリス』に届いたのかは彼も知らない。

 死んだ後がどうなるかなんて、誰も知らないからだ。

 ただ、そうだな。

 強いて言えば、空には虹のひとつも掛からなかったとだけここに記載しておこう。

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