餌やり

青空一星

紅白

無地の真っ白な食パンを食べていると自分が鯉になった気分になる。

 別に口をパクパクとさせるわけではないが、同じ物を食べているというだけでその心を理解できる気がしてくるのだ。


 そう考え出してから私は食パンを食べるたびに鯉を求めるようになり、鯉のほうも私を求めていると考えるようになっていた。


ある仕事帰りのこと。


 私は疲れていた、精神がすり減っていた。


 帰り道には池がある。深さも少しある大きな池だ。


 この前初めて気付いたが、この池には鯉がいる。あかの斑模様を付けた大きな鯉だ。

 鯉は悠々と泳いでいる。このキレイな紅色はどこからくるのだろう、やはり体内の血なのだろうか。


一匹の鯉がこちらを向いて、口をパクパクとさせている。呼んでいるのかな。


 そう思ったときには池に落ちていた。


水の中、私は多くの鯉に囲まれる。

 まるでそれは新しい仲間を歓迎しているようで嬉しかった。


 鯉が私の腕に口を吸わせる。これは鯉なりのスキンシップなのだろう。なんせ他の鯉も同じように口を開けてこちらに来る。

パクパク、パクパク、パクパク、パクパクと紅い斑が向かって来る。


 あぁそうだ、これは仲間に対する触れ合いじゃない。


 餌に対する捕食だ。


 私は叫んだ、目一杯に叫んだ。だがそれは水の中じゃ意味を持たない。ぼこぼこと私を浮かすための空気を漏れ出させるだけだった。


大量の鯉に食い荒らされる。その単純な恐怖に染められる。



 しかし彼らの口は私を捕え切れなかった。鯉の口には大きすぎたのだ。


私は岸に打ち上げられた。

何もかもを取り上げられた気分だ。


 私が鯉になどなれるはずがなかった。私が勝手に同じだと思っていただけで、私は彼らに食べられる食パンに過ぎなかった。


涙が出てくる。


 いや、それすら違った。


 私は彼らに食べられなかった、私は彼らにとってのパンにすらなれなかったのだ。


途方に暮れていると、一つの看板が目に入る。


『お困りのコトがあればご相談を』


 私は救いを得た気がした。


────


トットットットッ


夜道を歩く。目指す先は件の池。


身を乗り出して中を覗く。紅白の鯉が腹を空かせて待っている。

袋を取り出し、パンを投げる。


ポチャン… ポチャン…

ボチャチャチャチャチャチャチャ


パンを次々流し込む。鯉がパクパクと口を開け、パンを腹へと落とし入れる。


 パンは口に入るサイズじゃなくちゃいけない。私にはその気遣いが足りていなかったんだ、と依頼者は言っていた。


 まったく愉快な人だ。

 だから細切れにしてくれなんて。


池がくれないに侵食される。の欲望で満たされていく。


 やはり人間はパンにすらなれない。パンは池を侵さない。パンは浸される側だろう?


 一方的でなければ餌は勤まらない。“思いやり”をし、欲望を持った時点で君は所詮人間なのさ。


 だが、今回は相手が相手だ。


 君は餌として合格だよ。


ボチャボチャボチャと池が鳴く。

欲望無地を沈めていく。

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