◆四:あたしの正義は違法でロックだ、って話
踏み込んだ1LDKの部屋は本当に本とCDばかりだった。今では電器屋からも姿を消したデスクトップパソコンとスマホが今となっては異様な空気を放っているが、それ以外は本好きの部屋ってところか? ……まぁ見た感じさっき渡された小説のような女の子ばっか映っている本しかないけど……。なんなんだこいつは?
「わ、私のこと……捕まえないんですか?」
部屋をジロジロ見回しているあたしにユリは恐る恐る聞いてきた。まぁそりゃそうだろう。ネットが禁止された現代じゃ使っただけで法律違反。その上それを取り締まるレターガールが法を犯したとなると罪はさらに重くなるだろう。島流しだけで済むとは思えない。実際に過去に捕まったレターガールのその後を聞いたやつはいない。
本人もそれは重々承知なのにどうして、
「アンタ、なんでネットなんか使ったんだ? レターガールが違法にネットを使ったりすればどんな罰が待ってるかわかんねーんだぞ? それにどうやって“ネットに接続”した?」
ネットは消えた。確かに消えた。だがそれはインターネットを “国民が使えなくなった”だけであり、もちろん政府やレターガール協会の中枢部分はネットを使って外国の情報を手に入れている。だから現状は鎖国と情報統制が同時に行われていると言ってもいい。特に国内のインターネットはレターガール協会が管理――という名の封印をしているので、違反者は必然的にレターガール協会が築き上げた強固なセキュリティを突破したことになる。
「えっと、それはっすね……話すと専門用語だらけになっちゃうんすけど、それでもいいっすか?」
「ダメだ。難しい単語は一切わかんねーんだ」
「はぁ……やっぱりっすか」
「んだテメェ? 喧嘩売ってんのか?」
「ひぃ! すんません……えっと、頭の悪い先輩に説明すると、」
「あ゙ぁっ!?」
「ごめんなさいごめんなさい! えっと小学生にでもわかるように説明するとっすね、」
「テメーわざとやってんのか?」
「ち、違うっすよ! ……いつもよく言われるっすけど、思ったことそのまま口に出ちゃうって。と、とにかく聞いてくださいっす!」
これから捕まって二度とネットには触れなくなるっつーのに、目ぇキラキラさせやがって。バカかっつーの。
あたしはそれから三十分ぐらい、ユリがどうやってネットを手に入れて今まで使ってきたかの説明を聞いていた。こいつ、大人しそうなひ弱系かと思ったけど、好きなこと喋り出すとマシンガントークになるんだな。それに専門用語使うなつったのに五分もたたないうちに横文字ばっか並べやがって。全然わかんねーっっての。
「それでですね、国内のネットシステムがダウンする瞬間に私の仲間の一人がレターガール協会の中枢ネットワークに潜り込んだんすよ! すごいっすよね! 映画に出てくるハッカーみたいで私、あこがれちゃったっす!」
まったく。あと少ししたらあたしに捕まって、ネットや本ともおさらば。もちろんレターガールの仕事だって……。
「それからはみんなでバレないような仕掛けを何重にも巡らせてネットを使って――――あっ……」
「……お前……」
こいつは、本当にバカなのか? 共犯者がいるって自白しちまったようなもんじゃねーか。
「お、お願いです! わ、私が全部悪いんです! ですから……ですから他の子たちだけは見逃してやってくださいっ!」
土下座し、頭をこすりつけてユリは懇願してくる。
こいつは本当に自分のことはどうでもいいんだな。大好きなジャンルの本や仲間のことを最優先で庇って。
「聞いていいか?」
「何なりと!」
「ずっとやってたのか? 三年間」
「…………はい、バレた時の覚悟は出来てたっす。……でもどうしても止められなくて。いつかこうなるってわかってたっす。だからもう、悔いはない……っす」
涙声でどう聞いても悔いはありまくりだろ、って声ですすり泣く。バレたらどうなるかもわからないというリスクを三年間も抱えながら――あたしだったらいくらネットが好きだからってここまでは出来なかった。多分他の連中もそうだろう。ネットが使えなくなった当初は反対デモ運動なんかを見かけたけど一ヶ月もすれば消えてなくなった。
見せしめに更生施設に入った連中の“その後”が報道されたのもデカかったと思う。
テレビ、新聞、ラジオ。そんな旧メディアを称賛するように洗脳されるよりだったら、今ある娯楽の中で楽しもうと諦めるのも無理はないのかもしれない。
「捕まったら怖い……って思わなかったのか?」
「思ったっす。……でも、好きな趣味の仲間と繋がって、SNSや通話でどうでもいい話をして笑って……すっげー楽しかったっす。だから悔いはないっす。……三年間、生きたっす!」
そう言ってこいつは顔を上げると再び両手を差し出してきた。
こいつは覚悟して“ネットのない三年間でネットをやりつくした”んだな。
すげーわ。あたしなら怖くてそんなこと出来ねぇ。……出来ねぇよ。ネットやりたいけどさ、もし目の前に繋がるネット回線があって、端末があってもあたしは多分繋げない。繋げないまま上司の言いなりになって、ガラケーからの指示をメモして、老人に手紙配って、疲れて家に帰ったら協会が選んだテレビ番組をぼーっと見ての繰り返しだ。
「はっ」
「……先輩?」
「バカだな」
「……はい、バカっす。……自分、大馬鹿もので……あぁ、両親にも手紙書かないとっす。法律違反する親不孝不良娘に育ってごめんなさいって」
「ちげーよ。あたしがだよ」
「……はい?」
「あたしがバカだっていってんだよ」
そうだよ。バカはあたしだよ。……ネットできなくて悔しくて、喉から手が出るほどネットがやりたいのはあたしも一緒なんだよ! 仕事終わって疲れてSNSで愚痴言ったり、好きな映画をダラダラみたり、最高の生活だったよな?
なのに今じゃあビビッて協会の仕事もなくなったら生活に困るからって、リスクも取らずに不満ばっかり抱えててふてくされて。そんで享受してる生活が今のボンクラ老人やクソ上司と一緒ってことに今更ながら気が付いて……あぁ虫唾が走る!
あたしはホルダーから《Generational Reflection》と呼ばれる違反者鎮圧銃を取り出し構えた。
世代を反映するという意味合いからジェネレーション・リフレクションと名付けられたこの銃は、あたしたちの間では《ジェネリフ》と呼ばれ色んな非殺傷弾を発射できる。
犯人であるユリを捕獲するためにその手首めがけて《手錠型弾丸》を打ち込む――予定だった。
「……せん、ぱい……? なにやってるんすか?」
「んっ? ああ……仕事疲れのせいかな。手元が狂っちまったよ」
あたしはペイント弾を装填し自分の胸に打ち込んだ。べちゃぁ……っと間抜けな音と共にオレンジ色が現代アートの爆発みたいにレターガールの文字を汚していた。まぁ現代アートとかしらねーけどな。
それから電話を取り出し上司にかける。そして電話をスピーカーモードにしてユリにも聞こえるようにする。
『あー叫子(きょうこ)ちゃん。現場終わった?』
「……すみません。取り逃しました……」
『はぁ!? ちょっとどういうことだよ!?』
いつもの軽いノリが一変する。
『取り逃したって犯罪者だよ? ネット使った悪人だろ? それを取り逃したってどういうことだよ!? 俺の評価とボーナス下がったら叫子ちゃん責任取れんの!?』
あー、やっぱクソだわ。
「すみません。すぐに追いかけますんで」
『ほんと頼むよ!? 叫子ちゃんも特別ボーナスの10万円欲しいでしょ? ってかそれないと君たちレターガール“なんて”生活できないでしょ? 頼むよ、ほんと』
そう言うと一方的に電話が切れた。
「だってさ」
「せん、ぱい?」
「トップのレターガールは任務失敗。犯人は逃走中。おまけに“誤射”でレターガール協会という何ともごりっぱで誇り高い組織の制服も台無し。お偉いさんに合わせる顔がなくなっちまったなぁ……」
あたしはほんとバカだった。飼いならされていた。犯罪者って言われたくなくてずっとずっと我慢してた。
ネットは違法だ。
違法なことは悪いことだ。
それはわかってる。
わかってるけど、こいつみてーに純粋に誰にも迷惑かけずに楽しんでいる奴を捕まえて洗脳する方がおかしくねーか? そもそもネットは悪くないだろ、国外では普通に使ってるわけだし。ってかもともと「ネットよくわからん!」とか言ってる連中のせいでできた法律じゃねーか。それが許されるんだったら「数学わからん!」で数学が違法になるのか? 「彼氏の付くくり方がわからん!」で恋愛が禁止になるのか?
ならねーよな? なんでネットだけなんだ? 理不尽だろ、理不尽すぎだろ!
ネットは違法だ。わかってる。レターガールはネットに代わって手紙を届けて違反者を取り締まる。わかってる。この仕組みは理解してるさ。
「ばーか! ふざけんなよ!?」
「あ、の、せん……ぱい? 本当にどうしちゃったんっすか? 救急車呼ぶっすか?」
「おいアンタ。いや、ユリ」
「なん……すか?」
「ネット、やりたいか?」
「……そ、それは……」
「インターネット、返してほしくねーか?」
「それは…………欲しいっすっ!」
ユリを見て吹っ切れた。中途半端なあたしが一番ダメだってことに気が付いた。
上の連中みたいに腐りきるなら腐りきれ。――でもそれが嫌なら。
「ユリ、ネット取り戻すぞ」
あたしはジェネリフでもう一発自分の胸に打ち込む。
レターガールの文字は完全に見えなくなった。
IP(ネタ出し用) あお @Thanatos_ao
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