◆三:上司も犯人も好き放題言いやがって結局中途半端な自分が損するじゃん? って話
「ひっぃぃいぃ! お願いです! どうかこの子たちだけは見逃してやってください!」
あたしと同じレターガールの制服を着たこの少女は、座ったままスマホを差し出し神戸を垂れて震えていた。
あたしよりも一回り小柄。身長は150センチ程度か? 長いミルクティー色の髪を後ろで二束にまとめた素朴な印象を持たせる女の子だ。
「ど、どうかこの本たちは!」
「おい、アンタ」
「左の棚の上から二段目の右から数えて十四作目は特にお気に入りで! だから私はどうなってもいいのでこの子たちだけは!」
「おい!」
「ひぃ!?」
「連行だ。……ってアンタもレターガールみたいだけどわかってんのか? ネットなんかに繋いじまったら島流しだって」
あたしは太もものホルダーに差し込まれている
さっきテレビでもやっていたあれだ。更生施設は一度入ったらインターネットを悪だと刷り込まれるまで、テレビや新聞の旧メディアを使って洗脳させられる恐ろしい場所だ。
そこへ連行する仕事の一端を担うレターガールともあろうものが、まさかレターガール協会や国に隠れてインターネットなんて。こいつ、見つからないとでも思ったのか?
「……わかってるっす……」
部屋を見渡せば本だけじゃない。三年前の最新式のパソコンやらタブレットやら。そのどれもが暗い画面でぼわんと光ってこの少女のすすり泣くような声を代弁しているような気がした。
懐かしい。
だけど最初にそう思っちまった。
だってネットだぜ。インターネット。あんだけハマって、いや中毒と言ってもいい。四六時中手放せないSNSの通知に酔いしれた日々を、目の前にいる……すっげー弱そうなコイツは自分が危ない目にあっても続けてたって言うのか?
弱々しくて震えている小さいコイツの覚悟はこの部屋中から伝わってきていた。
「逮捕っすよね、島流しっすよ、矯正っすよね……ああ、終わった。終わったっす……。私も三か月後には『ネットは悪! レターガール協会の情報こそが正義! 万歳!』って叫んでるんっすね……」
そんなうわごとを言いながらコイツはスマホを置くと、両手を差し出してきた。
「短い……人生だったっす。さよなら……私のかわいい子たち……」
「おい」
「逮捕っすよね。わかってるっす。レターガールなのにネット使って自分だけ楽しい思いして世間様に迷惑かけた私はクビからの島流しからの平成に逆戻りっすね」
「おいっ!」
「ひぃ!」
ったく、人の話聞かねー奴だな。
「アンタ、名前は?」
「ユリっす……。あ、そういうあなたは叫子先輩っすよね?」
「あたしのこと知ってんのか?」
ってかこいつ、年下か。ってことは十六ぐらいか?
レターガールは各県に数か所の支社がある。その中でもあたしが暮らしている東京は各区やその他の市、市区にもたくさん支社があるからレターガールの人数も数千人も及ぶ。
「は、はい! 東京じゃメッチャ有名っすよね! 粗野で無愛想で男勝り。週間・月間・年間で優秀な実績とクレームの両面で常にトップのレターガ――あ痛っ!」
「てめぇ、失礼過ぎんだろ!」
「……うぅ……褒めてる部分もあるじゃないっすかぁ……でもおしまいっす。先輩みたいな超優秀なレターガールに見つかったらもう私、ネットと百合から断絶されちゃうんです……」
「ゆ……り……?」
こいつ、ついにおかしくなったのか? 自分の名前を呼んでそんなことを言い出しやがった。
「百合っす。百合作品っす……。あ、でも先輩は女の子っすもんね、百合作品になんて興味ないっすよね」
「ぁぁああっイライラする! アンタはさっきから何言ってやがるんだ?」
「百合作品っす。――どうせ島流しになってこの暮らしは終わるっすからねぇ……最後に先輩に百合の良さを布教してお縄になるっす」
そういうとこいつは後ろの本棚から一冊の小説を取り出してきてあたしに差し出す。……こいつ状況が分かってんのか? 今から島流しに会うってのにそんなキラキラした目で大好きな食べ物でも勧めるかのように……。
「んだよこれ」
「これはですね。百合作品の巨頭作品『前川様がみてる!』です。小説は全数十巻で完結して、アニメや漫画にもなってるんっす! 聖地巡礼にも行ったんすよ!」
こいつ! 見た目より押しが強いな。あ、携帯鳴ってる。
「はい」
『叫子ちゃーん。もう現場ついてるっしょ? 片付いた?』
「いや、まだっ――まだです」
『さっさとやっちゃってよねー。叫子ちゃんの成績がそのままこっちの成績にもなるんだから~』
あーもう、どいつもこいつもうるさいな。上の連中は社内成績のことばっかりだし、違反者は違反者で変な本勧めてくるし……とにかくこいつの確保が先だ。ネットをやってるのは羨ましいが、そんなことより目先のボーナス。あたしらレターガールは一日働くのをやめたら食ってけないぐらいの薄給なんだ。
「了解。すぐ確保するんでまた連絡します」
『頼むよ~。報告書はコンビニからFAXでもいいからねー』
「え? 今日中っすか?」
『そうだよ? まぁ定時はすぎるけど協会のために一緒に頑張ろうな。もう俺ら家族みたいなもんだからさ。じゃ、報告頼むねー!』
そういうクソ上司の向こうからは賑やかな音が聞こえている。クソ、自分たちだけ定時で終わって飲み屋にでも行ってるんだ。
……どうせ残業代なんて出ない仕事なんだ。前も追加の配達で時間超過したことを上司に言ったら『それぐらいみんなやってるよ』って言われた。マジで終わってる……。
そう思うとふとあたしを虚無感が襲った。ネットが無くなって好きなこともできなくなって、薄給でこき使われる日々と旧態依然な上司。――そして島流しを覚悟する無法者。
なんだこれ? バカバカしくね? もとから殆どやる気のなかったやる気が完全にどっかに行っちまった。はぁ……早く帰ってポテチとコーラで楽になりたい。
「お願いっす! これだけ……この一巻さえ読んでくれたら私は何も思い残すことは無いっす。だから先輩、私はどうなってもいいっすからこの作品の良さを世界中に広めてくださいっす!」
なんだよ、こいつ。本気で言ってんのか?
今まで数えきれないほどの違反者をとっ捕まえてきた。その全員がこの世の終わりのような顔をしてた。もちろん目の前のこいつもこの世の終わりのような顔をしている……だけどそれはネットを取り上げられるデメリットとはまた違うものを感じた。
……どうせ上司は酔っぱらって報告書の確認なんて明日になるんだろう。あたしは脚のホルダーのジェネリフから手を離すとその本を受け取った。表紙にはミッション系女学園の生徒二人が制服姿で見つめ合っている姿が描かれていた。
あたしにはよくわかんねーけど、よっぽどこれが好きなんだろうなぁ……。どうせこっから働いてもサビ残だし、どうせ捕まえることには変わりねぇ。だったらちょっとサボっか。
「おい」
「は、はいっ!?」
「部屋、入れてくんね?」
「お、お願いです! スマホもパソコンも持っていっていいんで……! だからこの子たちだけはっ!」
「っせーな。もってかねーよ。……つかちょっと話させろ。今アンタを捕まえても一時間後捕まえても給料はかわんねーんだ。だったら少しぐらいダラダラやってもいいだろ。……ま、アンタも同じレターガールだからそれぐらい分かるだろ?」
「は、はぁ……わかりましたっす」
「鍵、閉めろよ?」
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