第2話 蘇る狂気

数日後――

 私は馬車に揺られながら、レミーラ王国の外にある林道を通り、隣国へ移動していた。

 あの後、何度も私の無実を訴え続けたが、結局誰も信じてはくれなかった。それどころか、私のことを「聖女の皮を被った悪魔」、「国を破滅させようとした大罪人」などと罵る者まで現れた。

 さらに、私がルミナス様に毒を盛った話が国中に広まったらしく、今では誰もが私を国賊と非難するようになっていた。

 もうあの国に私の居場所はなくなってしまった。そう思うと私は涙を流さずにはいられなかった。

 絶望感に苛まれていると、突然、馬車が止まった。目的の隣国までは、まだ到着していないはずだけど……。

 不思議に思っていると、外から御者の悲鳴とも言える叫び声が聞こえた。



「な、なんだお前は!? ぐわぁああああぁっ!」



 直後、ドサッという何かが倒れる音が聞こえたかと思うと、再び静寂が訪れた。

 一体何が起こっているの……? と不安に駆られていると、今度は荷台の扉がゆっくりと開かれた。

 恐る恐る顔を上げると、そこには真っ黒なローブを纏った男が立っていた。フードを被っており顔はよく見えない。ただ、口元だけが不気味に笑っているように見えた。

 男は私と目が合うと、低い声で言った。



「フルーレ・ベルセリアだな。悪いがお前を始末させてもらう」



 その言葉を聞いた瞬間、男は私に向けて血に濡れた剣を突き刺してくる。



「キャァァ!!」



 私は死の恐怖を感じながらも咄嗟に身を屈め、それを奇跡的に回避する。「チッ」と男が舌打ちするのが聞こえた。

 狭い荷台からすぐ脱出したかった私は、男に向かって強く体当たりした。その衝撃でバランスを崩した男の隙を突き、なんとか馬車から脱出することができた。



「は、早く逃げないと……!!」



 すぐにその場から駆け出し、森の中を全力で走る。後ろからはあの男が追ってくる足音が聞こえてきた。



(一体あの男はなに!? どうして私が殺されないといけないの……!!)



 心の中で叫びながら走り続ける。だが、いくら走っても背後から迫ってくる足音から逃れることはできない。むしろどんどん距離が縮まっているような気がした。



(このままじゃ追いつかれる! どこか隠れる場所は……あっ!)



 森を抜けた先に大きな洞窟が見えた。あそこなら隠れられるかもしれない! そう思った私は急いでそこに駆け込むことにした。

 洞窟の中は薄ら暗く、不気味な雰囲気を漂わせていた。しかし、今はそんなことを気にしている場合ではない。一刻も早く身を隠したい一心で奥へと進む。

 後ろの方からは、男の足音が聞こえてくる。もうそこまで迫っているようだ。このままでは確実に捕まってしまうだろう。



(お願い……! 神様どうか助けてください!!)



 そう祈りながら必死で走っていると、目の前に少し広い空間が見えてきた。

その空間は天井が開いており、太陽の日差しが差し込んでいた。空間の中央には大きな岩が存在し、何か大きな物体が突き刺さっていた。

 しかし、その場所はどうやら行き止まりのようだった。



「ハァッ、ハァッ……! そ、そんなぁ……!」



 息を切らしながらその場に立ち止まる。後ろから感じる殺気に気付き振り向くと、すでにあの男が追いついてきていた。



「鬼ごっこはもう終わりだ、フルーレ・ベルセリア。どうやらこの場所がお前の墓標となるようだな」



 ニヤリと笑いながら言う男に、私は思わず後退りをする。



「こ、来ないで……! ど、どうして私を殺そうとするの……!?」


「フッ、どうせお前はここで死ぬのだ。冥途の土産に教えてやろう。俺はレミーラ王国のレンドール宰相に雇われている暗殺者だ」


「なっ! レンドール宰相ですって……!」



 その名前を聞いて驚愕した。レンドール宰相は国王陛下の右腕と言われる人物で、軍事貴族の出身であり貴族派のトップである。そんな彼が私に暗殺者を差し向けるなんて……!



「なぜ……? どうしてなの!? 私はもう国外追放を受けた身よ! それなのに何故わざわざ私を殺そうとするの!?」


「簡単な話だ。ルミナス王女に毒を仕込んだ人物がレンドール宰相だからだ」


「えっ……」



 その言葉に絶句してしまう。今この男はなんと言った? ルミナス様に毒を盛った犯人が、レンドール宰相……?


 なぜレンドール宰相がそんなことを……? 訳が分からず呆然としていると、目の前の男は話を続けた。



「レンドール宰相の目的はただ一つ、レミーラ国王陛下を亡き者し、新たな王に君臨するためだ。つまり、反乱だ。しかし、反乱を起こす当たって一つ障害があった。それがお前だ。"聖女"フルーレ・ベルセリア」


「わ、私が……?」


「そうだ。お前の聖女としての力はあまりにも強力だ。その力が反乱計画への障害なることをレンドール宰相は恐れた。しかし、お前さえいなくなれば反乱計画がより現実味を増し成功に近づく。そして、お前がルミナス王女にポーションを渡していたことを知ったレンドール宰相は、私に毒入りのポーションと入れ替えるよう依頼を受けた。そして、ルミナス王女の毒殺の罪をお前に着せて国外へ追い出す計画を立てたんだ。そうすれば邪魔者はいなくなるからな」


「そん……な……」



 あまりの衝撃的な事実に言葉が出てこなかった。まさか、レンドール宰相が裏でそんなことをやっていたなんて……。

 愕然としている私をよそに、男は淡々と言葉を続ける。



「国外追放に成功したお前の命を狙う理由は単純な話だ。証拠隠滅のためだよ。お前が生きていればいつかこの事実にたどり着き、再びレミーラ王国に戻ってくるかもしれない。だからその前にお前を始末する。これで分かったか?」


「……」



 何も言えなかった。いや、もはや何も考えられなかった。ただ一つだけ理解できたことは、自分は嵌められたということだった。

 全てを失った私は絶望に打ちひしがれながらその場に崩れ落ちる。すると、それを見た男がこちらに近づいてきた。



「……安心しろ、苦しまないように殺してやる」



 そう言って剣を構える男を見て、私は死を悟った。

 もう逃げる気力もない。抵抗する気もなかった。せめて楽に死ねるようにと目を瞑った。

 その時だった――。



【ククク……なんていい絶望だ……。久々に感じる恨みと憎しみの感情……堪らないぜ!】


「――!!? 何者だ!! どこにいる!」



 突然、私たちのいる洞窟の空間に不気味な声が響き渡る。その声に驚いたのか、男は周囲をキョロキョロと見回していた。

 私はその声がどこから聞こえてきたものなのか気が付いた……。それは私の後ろにある大きな岩に突き刺さった、何か大きな物体からだった。



【なぁ……そこの娘。お前、復讐したいと思わないか? なら、俺が手を貸してやろうか……!】



 その言葉を聞いた瞬間、私の心はドクンっと跳ね上がった。まるで悪魔の囁きのように、その声は私の耳に響いてきた―――。



(復讐……? 私が……?)



 謎の声にそう言われた瞬間、心の中にドス黒い感情が渦巻き始めた。今まで感じたことのないような強い憎悪が湧き上がってくる。



(許せない……。絶対に許さない……!)



 気付けば私は、心の中でそう呟いていた。

 私を陥れたレンドール宰相と、ルミナス様に毒薬を飲ませたこの男に激しい怒りを覚える。できることなら今すぐにでも殺してやりたい気分だった。

 そんな時、再び声が聞こえてきた。



【クククッ、いい憎悪だ……! いいだろう、俺の力をくれてやる! その代わり、レミーラ国にいる愚かな者たちに復讐しろ! 俺を手に取れ!】



 その瞬間、大きな岩が揺れ動き、そこから何か大きな物体が飛び出し、私の目の前に突き刺さる。

 それは黒く禍々しいオーラを纏った、巨大な大剣だった。刀身は赤黒く染まっており、柄の部分には死神の装飾が施されていた。

 私はゆっくりと立ち上がり、それを手に取る。ズッシリとした重みを感じた。これがきっと、悪魔との契約なのだろう。

 でも、今の私にとってはどうでもいいことだった。



「な、なんだその剣は!? 一体どうなっている!?」



 驚く男に構うことなく、私は手にした剣を振り上げる。そして、一気に振り下ろした――。



「ぐあああああああ!!!!」



 断末魔の叫び声を上げながら、男の体が真っ二つに斬り裂かれた。大量の血が噴き出しながら地面に倒れ込む。そしてそのまま動かなくなった。どうやら絶命したようだ。

 しかし、今の私にとってそんなことはどうでもよかった。なぜなら、目の前の男を殺したことで私の心はさらに高揚し、気持ちが高ぶっていたからだ。



「アハハ……アハハハハッ……アーッハッハッハ!!!」



 思わず笑いが込み上げてくる。これほどまで気分が良いのは初めてのことだった。まるで生まれ変わったような気分だ。

 私の両目が狂気に満ちた紅い瞳に染まる。それから私は、手に持った剣を天高く掲げると、大きな声で叫んだ。



「さあ、復讐の始まりよ……! 待ってなさい、レンドール宰相!」



 洞窟内に狂気に満ちた笑い声が木霊する。

 この日を境に、フルーレ・ベルセリアという聖女の運命は大きく変わっていくことになるのだった――。

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王国を追放された聖女は、史上最恐の殺人鬼になる~狂気の邪剣を手にした私は陥れた奴らを皆殺しにします~ タダノカツオ @Tadano_Katuo

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