エピローグ

 ……起こったことだけ言うと、アレックスは死ななかった。

 銃声はいつまで待っても響くことはなく、目を開けるとディブロたちはその辺りに倒れ、伊緒楽だけが立っていた。

 いつも通りに鉄パイプを片手にぶら下げているけれど、紙袋は持っていない。


「な……」

「なんではなしだ。

 ……なるほどねえ。『鯨』に乗って外にねえ」


 感心したような声を挙げながら、伊緒楽は『ミサイル』を興味深そうに眺め始める。アレックスは起き上がろうとしたが、できなかった。腰が抜けているばかりではなく、体に力が入らない。


「ディ……ディブロたちを追いかけてた」

「不正解。いや、半分正解だな」


 伊緒楽の返事を咀嚼するように何度か目を瞬かせてから、アレックスはいよいよぽかんとした顔をした。

 ここに現れて、ディブロたちを追いかけていたというのが「半分」正解なのであれば、思いつくことはあとひとつしかない。


「……」


 不自然な沈黙が落ちる。


「……お前、どう思う」

「え」

「ディブロの話だよ。

 外から来たやつらはさんざん、この世界は先がないって言うだろ?

 資源は外から来るもの頼み、人間も技術も偏ってる。私も、いつまで経っても合う眼鏡を見つけられねえしさ。

 おまけに、魔法使いなんて化け物に頭を下げなきゃいけない」

「……伊緒楽は、別に頭を下げさせてるわけじゃないし、化け物でもないよ。

 外のことは知らないけど、『ゴミ捨て場』のやつらを殺して出ていこうとは思わないし」


 伊緒楽のブーツの先が、わざとらしくゴミの地面を軽くひっかいた。


「あー……こうなったんじゃ、新しい店を探さないといけねえな」

「え?」

「ディブロのやつ、ここから出たいってごねるだけあるぜ。

 今のとこ、この辺であそこより美味い店はねえからな」


 話が急に変わったことを誤魔化すように、伊緒楽はこちらをみてわざとらしく笑う。

 アレックスは、そのちょっとひきつった笑みを眺めてから、ふと視線を巡らせた。

 すぐ手元に、紙袋が落ちている。横倒しになっていたが、蓋のおかげで飲み物はこぼれていないのか、濡れている様子はない。うつ伏せのまま手を伸ばして、手繰り寄せる。


「伊緒楽、これ」

「……ん」

「今日のお礼……冷めてるし、まだ食べてなかったらだけど」


 伊緒楽はなぜか、面食らった顔をした。

 それから、眉を寄せて目を泳がせた。つまり、なにか悩んでいるかのように。

 脚を広げてかがみ込み、指先が紙袋をつまむ。鉄パイプを床に置き、口を開いて中身をあらためる。入っているのはオリーブとツナのパニーニ、いつものポテト、それからスプライト。

 合っていない大きい眼鏡の向こうから、また視線がこちらに向けられる。そのためらうような目配せの意味が、アレックスにはさっぱりわからなかった。

 やがて、観念したようにため息がつかれる。手が紙袋を探って、薄い紙にくるまれたパニーニを取り出す。


「えっ、あれ?」


 うあ、と小さい口を大きく開けて、伊緒楽はそのままパニーニにかぶりついた。

 焼き色のついたパンに歯を立てて嚙みちぎり、挟んだ具ごと口の中に入れる。もぐもぐと咀嚼して、飲み下す。


「……うん、冷めててもうまいな」


 そうして、口元をほころばせた。

 いつもの、無理矢理ガラが悪く笑って見せるような笑いとはまるで違う。紙袋を床に置くと、あらためて手を突っ込んでポテトも口に放り込む……とてもおいしそうに。


「…………」


 アレックスはもちろん、相槌も打たずに黙っていることしかできなかった。

 魔法使いの秘密はどうした、とか、問いただすことなんて、まさかできそうもなかった。笑顔でパニーニを頬張る伊緒楽を、うつ伏せのまま息を殺して見つめていた。それが、単なる建前でしかなかったことがようやく分かったのだった。

 もっとも、伊緒楽は半分くらいパニーニとポテトを片付けたところで、アレックスの存在を思い出したようだった。ずっと目の前にいたのだから、当然だが──ごほん、とわざとらしく咳払いをする。


「……半分食べる? これお前の昼飯だろ」

「ううん、いい」

「いいから」

「いいって。その代わり、明日は一緒に昼食べようよ」


 伊緒楽は歯を剥いて、アレックスの口に無理矢理パニーニを押し付けてきた。


「悪かったよ」

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魔法使いは孤食を好む ω @irahara

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