第四話
私達が歩きだして、五分程経っただろうか。既に駅に着き、今は電車を待っている状況だ。
すると、慧君がこんな質問をしてきた。
「るくあさんは......、好きなアーティストとかいるんですか?」
「私?大好きでよく聞くのは、RHELっていうアーティストかな。歌詞のセンスがめっちゃ好きなんだよねー。でも、何で急にそんな質問?」
私は少し笑いながらそう答える。
そして、慧君の顔を見たら、何故かとても驚いた表情をしていた。
「慧君?何かあった?」
「え......、いろはさんてRHELが好きなんですか?」
「そうだけど?」
「僕も、めっっっちゃ好きなんですよね!え、どの曲が一番好きですか!?僕はライチが一番好きで!」
「え、慧君もなの!?じゃあ、カラオケは二人でRHEL祭りだね!」
まさか、私以外にRHELを知っている人が居るとは、思わなかったし、しかもこれから家族になる人だったとは......!
ちなみにRHELは、ソロで活動しているアーティストで、まだ知名度はあまりない。
既にワンマンライブを二回ほど成功させており、少しずつ人気が出始めているマイナーアーティストなのだ!
「ですね!早くいきましょう!」
さっきまでの真顔が嘘の様に、慧君の顔が明るくなった。慧君も慧君で、身近にRHELを知っている人が居ると知って嬉しいのだろう。
そうして、私達はホームに滑り込んできた電車に乗りこんだ。
一五分後
電車から降り、駅から一番近いカラオケ店に向かって歩き出す。
今日は日曜日、まだ朝早めの時間だが、それなりに人は多い。
ベビーカーを押して、どこかへ行く親子三人や、ゆっくり散歩をする老夫婦。
そんな人達を見ると、いつか私も慧君とあんな風に出来たら......なんていう風に考えてしまう。
私のペースに合わせて歩いてくれる慧君は、とても可愛い。
そんな事を思っているうちに、カラオケ店に着いた。
***
「あー!カラオケのこの匂い久しぶりー!」
「ですねー!昼までとことん歌いましょう!」
部屋に入るなり、私と慧君は大きな声を出して喜んだ。
そして、流れで歌う順番を決めるじゃんけんをする。
じゃんけんの結果、慧君が勝ち、即座にRHELのライチという曲を予約して、歌い始めた。
第一声から、私は慧君の歌声に惹き込まれる。
サッカーも得意らしいけれども、この歌の上手さなら、プロの歌手にでもなれるんじゃないか、と思える歌声だ。
「声が......綺麗」
私は思わずそう呟いた。だが、慧君は歌う事に必死で、私の声には微塵も反応しない。
曲が終わると、深い息を吐きながら、慧君が私のすぐ隣に座る。
デニム生地に覆われていない太ももと、慧君の足がくっつく。生の肌から感じる慧君はとても温かかった。
そんな事で一人で勝手に、慧君に対して心がキュンキュンしていたら、慧君に早く歌えと言わんばかりにマイクを差し出される。奇麗な声で歌われたあとに、私に歌えというのは最早、拷問ではないだろうか。
いかんせん、それを慧君は分かってくれていないようだ。
だがしかし、差し出されたマイクを受け取らない訳には行かない。
私は曲を手っ取り早く入力し、マイクを受け取って気合を入れながら立ち上がった。
イントロが終わり、歌い始めるが、思いっきり音を外した。しかも裏声で。
「やっべ!」
そう言いながら慧君を見ると、ほとんど同時に慧君は笑いだした。
「どんなところで音外してんですか!だめだ!すごくおもしろい!」
「確かに!言われてみれば変な所で音外したわ!」
それにつられて私も大声で腹を抱えながら笑う。未来でも慧君と二人でこんな風に笑えていたらいいなと感じた瞬間でもあった。
この時点で、私は歌う事を放棄し、基本的に慧君がずっと一人で歌う事に。
私はひたすら聞く役に徹し、慧君が歌う姿やイケメンになった瞬間を写真に収めまくった。
時間というのは楽しい感情も与えるが、同時に悲しい感情を与えるものだ。あんまり長居しすぎては、他の場所に行くことが出来ないので、時間は三時間に設定したのだ。慧君が次の曲を予約している時に、退室まで残り十五分を告げる電話が鳴った。
「お時間十五分前ですので、お気をつけください」
「十五分前だってー。慧君どうする?あと一曲か二曲ぐらいなら歌えると思うよ?」
「いや、もう歌わなくていいかなって感じなんで、出ません?時間的にも丁度昼前なんで、ここから移動すれば、昼ご飯を食べるにはぴったしな時間になってると思いますよ」
慧君がそう言ったので、片付けをして、フロントでお金を払って私達はカラオケを後にした。
だが、この後の問題はお昼ごはんだ。どこで、何を食べるのか。
私としては、ここから電車で十分もしない場所にそこそこ大きなショッピングモールがあるので、そこのフードコートか、レストラン街で何かを食べるのが妥当だと思っている。
その後は、ショッピングモールでデート続行が出来るので、私にすれば絶好のスポットなのだ。
「お昼ごはんだけど、近くのショッピングモールで食べるのはどう?食べた後は、ショッピングモールで買い物するなり、映画を見るなりできるしさ!」
私はそう素直に提案してみる。
慧君も同じ意見だったようで、すぐに同意の返事が返ってきた。
そうして、私達は再び電車に乗り、近場にあるショッピングモールに移動したのだった。
***
「私が席見とくからさ、慧君何か買ってきてよ!何を買うかは、慧君に任せる!」
お昼時なので、フードコートはそこそこ混んでいたが、運よく二人掛けの席を見つける事が出来たので、スムーズに座る事が出来た。
正直、私は何を食べても基本的には何でもいいので、慧君に適当に買ってきてもらうつもりだ。
「分かりました!」
慧君はすぐに返事をして買いに行ってくれた。そして、私はそれを待つ間にテーブルを拭いて、紙コップに冷たい水を用意しておく。
給水機で水を汲んでいる間、慧君が何にしようかと迷っている姿が見えた。慧君はイケメンなので、通り過ぎる度に同年代の女子から見られている。
腹正しい事だ。
「慧君は私の物!じろじろいやらしい視線で見ないで!」
と今すぐにでも叫びたいが、そんな事をすれば、周りの人はおろか、慧君本人からも引かれてしまうので、やらないでおく事にする。
そんな事を思いながら、席に戻りスマホでニュースを見ていると、慧君がトレイを抱えて戻ってきた。
トレイの上には、期間限定のバーガーが二つとナゲットと一番大きいサイズのポテト、そしてジュースが二つ。
どうやら、有名ハンバーガーチェーンで買ってきたらしい。
「ハンバーガーにしたんだ!」
「はい!本当なら今日は上品でお洒落な物を食べる筈だったじゃないですか?だから、あえて逆張りしてジャンキーな物にしてもいいかなーって思ったんです!」
そう笑顔で言われたら、こっちまで顔が笑顔になる。この子は私の感情を変えさせる魔法使いか何かなんだろうか。
そうして、私達はハンバーガーを食べ始める。
慧君は二種類のバーガーを買ってきてくれていたので、どうせなら両方味わいたいと思い、半分に割って私達はハンバーガーを食べた。
一方はホットソースが程よく効いた、スパイシーなチキンバーガーであり、辛い物があまり好きではない私は、あまり好みの味ではなかったが、慧君はとても美味しそうに食べていたので、辛い物が好きなのだろう。
そして、もう片方のハンバーガーは濃厚なチーズソースがかかったバーガーで、万人受けしそうな味を体現したかの様な味わいだった。
食べている間は、この後の予定の話や、夜ご飯は何が食べたいか。そして、さっきのカラオケの話など、色々な事を話した。
初めて会った時の慧君の印象は、すこし照屋さんと言った感じだった。だが、今日の朝から昼までの短い時間でかなり仲良くなれたと思う。
最近は慧君の事を考えるだけで、心がキュンキュンしているので、とても嬉しかった。
義弟の事が好きすぎて頭がどうにかなっちゃいそうです。 登魚鮭介 @doralogan
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