第三話
予定より二時間ほど家を出たのは全然悪い判断じゃなかったと思う。でも、本来家をでる筈だった時間は十時頃。
だが、今はまだ八時。駅前の店はおろか、駅から直結しているショッピングモールも開いている筈がなく、私とお父さんは途方にくれていた。
「流石に式場の下見に行くのに、この格好はまずいよね......?」
「そうだな......。流石にそれはカジュアル過ぎるかもな......」
今の私はデニム生地のショートパンツに好きな音楽ユニットのTシャツ、その上から薄めのジャケット。
まるで、下見に行ける様な服装ではない。制服じゃなくとも、適した服を着れば良かったのだが、慌てすぎた結果がこれだ。
「ちなみに、下見ってどういうところに行くつもりなの?」
もしかしたら、この格好でも行けるかもしれないと思って、そう質問してみるが、お父さんがスーツを着ている時点で、かなり望み薄かもしれない。
「予約してあるのはホテルのレストランだな。あとは、雰囲気が良さげで、レビューが高めのお洒落なレストランを何軒かリストアップしてあるぞ?」
「うわー、無理ー......」
「レストランは行けたとしても、ホテルは無理だろうな......」
「え、ていうか予約してたの?今日あるってわかってて、私の制服クリーニングに出しちゃったの!?」
「仕方ないだろ!春休みになったから、クリーニングに出しても問題ないかなーって思ったんだよ!というか、下見に行くのが決まったのも、予約をしたのも、全部クリーニングに出した後だったんだから!」
お父さん的には春休みになったから、節目として私の制服をクリーニングに出したのだ。でも、クリーニングに出したのは一週間前の筈。
だが、残念ながら私の住んでいる地域にはクリーニング店が片手で数えられるほどしかない。
それ故混み合って時間がかかっているようなのだ。まあ、それでも遅すぎる気がするが......。
「まあ、過ぎたことをとやかく言ってもしょうがない。開いている店を探してどうにかするしか......」
「そうするにも、どこも開いてないよ?地図アプリで調べてるけど。あ、でもここならもしかしたら開いてるかも?ね、ほら......、お父さん?聞いてる?」
「あの二人、もしかして......、玲奈さんと慧君か......?」
「えぇ!?」
「ほらあの二人」
私がスマホの画面から顔を上げて、お父さんが指さした方向を見ると、確かに知っている雰囲気の二人が見えた。
私とお父さんに気づいたのか、二人は少し小走りで私達に近づいてきた。
「おはようございます、まだ約束の二時間前なのに、ここで会うなんて......」
二人はやっぱり玲奈さんと慧君だった。近くで見て分かったが、玲奈さんが紺色の上品なドレスに対して、慧君は黒のパンツに白い無地のパーカーと、私と同じ様なカジュアル系の服装をしていた。
ふと思ったのだが、下見にはお父さんと玲奈さんの二人で行って、私と慧君はどこかで時間を潰しておくというのはどうだろうか。
それなら、今から服を買いに行く必要もないし、気兼ねなく下見ができるのでは?
そう思い、私はこう提案してみる事にした。
「今考えたんですけど、下見にはお父さんと玲奈さんの二人で行って、私と慧くんはどこかで時間を潰しておくというのはどうでしょう!」
自信ありげにそう言ってみる。
意外にも最初に反応してくれたのは、慧君だった。
「僕は賛成です。僕の服装は下見とは言えど、冠婚葬祭を行う場所には適していない。それに、僕たちがいない方が、母さんも冬弥さんも気兼ねなく見学ができるんじゃないのでしょうか......?」
「二人はそう言うけど、ホテルのレストランは予約してあるんだ。だから、急に四人から二人で行くなんて、お店側に失礼になりはしないかい?ホテルのレストランに限らずの話だけども......」
私の提案と慧君の意見を聞いて、お父さんはそう答えた。
まあ、お父さんの言いたいことも分かるし、私だって行けるのなら行きたいが、服装は礼儀というものだろう。
「でもさ、服装って礼儀じゃないの?この服装で行くほうが、お店に失礼な気がするんだけど。あと、ホテル以外のレストランは予約してないんでしょう?」
「それはそうなんだけど......」
お父さんが少し悩む様な表情を見せる。
その時、今まで黙っていた玲奈さんが口を開く。
「私は別行動賛成ですよ?私はいろはちゃんと同意見です。服装はマナーだと思いますし......。こんな時間から開いている服屋さんもこの地域にはないみたいですし......」
「でも予約が......!」
「予約に関しては、残りの二人は急用でこれなくなってしまった、とでも言えば最悪どうにかなります。あまりよろしいことではないですけどね」
そこまで玲奈さんが言うと、一度、全員が口を閉じた。
少なくとも、お父さんはまだ納得している様には見えない。
慧君が口を開こうと同時に、お父さんもこう言った。
「確かに、いろはの提案通りにするのも悪くないかもしれない......。レストランには悪いが、適当に理由をつけて、二人だと言えば大丈夫だろう......」
その言葉を聞いて、私は心の中でガッツポーズをした。急ではあるが、大好きな慧君と一緒に過ごせるのだ。
どれくらいの時間かは分からないが。
そして、お父さんが私の提案に同意してからの、玲奈さんの行動は早かった。
「いろはちゃん、これ、一万円」
「一万円!?何でこんな大金を!?」
「いろはちゃんと慧で、色々する用のお金よ。何に使ってくれても構わないわ」
まずは、そういいながら、私の手に一万円を握らせてくれる。
「冬弥さん、予約は何時にしたんです?あと、今日の解散予定の時間は?」
そしてその流れで、お父さんにどれくらいの時間がかかりそうかを質問する。
「十一時半ですね。ホテルの後に行くのを含めたら......、そうだなー、今日の解散は夜の七時ぐらいかな?」
お父さんが答え終わると同時に、玲奈さんが少し色気を含んだ声で私にこういった。
「だそうよ?一日、慧とのデート楽しみなさいね?」
私の頬が一気に熱くなるのが分かった。『なんで分かるの!?』と聞きたがったが、今は我慢する。
そんなこんなで、私達四人は二手に分かれた。
***
「さあ、どこへ行く!?一万円もらったから、近場ならどこでも行けるよ!?」
慧君と二人になれて嬉しい、私は誰から見ても分かるハイテンションでそう慧君に語りかけた。
「どこでも......いいですよ......?いろはさんが行きたいところで......」
こんな私に対して、慧君のテンションは随分と低かった。
「どうしたの?何かあった?」
「いえ......、別に......」
「もしかして、いきなり二人きりで遊びに行けるから、緊張してるの?大丈夫だよ?心配しなくても。初デートだけど、しっかりリードしてあげるから」
私が慧君と初めて会った時に使った声色でこう言ってみた。すると、慧君の顔がみるみる赤くなり、爆発寸前の爆弾みたいな色になっていた。
どうやら、図星だったらしい。
まあ、慧君からは「どこでもいい」と言われているので、私が行きたい所にとことん連れまわす事にする。
「一応聞くけど、慧君て歌える?」
「どうでしょう......。人並みには歌えると思いますが、決して上手くはないと思いますよ」
今の時間は八時ぐらいなので、フリータイムのカラオケで歌った後、ショッピングモールに移動して、ご飯を食べてから、適当に遊ぶぐらいのプランで行けるだろう。
そんな事をなんとなく考えながら、私たちは歩き出した。
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