第三話 〈フェシット〉の生徒たち
数日経って、流人もクラスメートとなじんできた。
修司を始め、男子生徒を中心に軽口を叩けるようになっている。自分のコミュ力もなかなかのものだな、と内心鼻高々であった。
妹の姿を見なければ。
「でさぁ、今月発売の新モデル見ちゃって! ほら、ワイヤー可愛くない?」
「わー、可愛い。りおちゃん、きっと似合うよ」
「発射速度が速いのもいいね」
「でしょう!? ああ、こうなるならママにもうちょっと後でワイヤードパンチつけてもらえばよかったよ!」
二人ほど女子生徒を連れて、りおはスマホの画面を見せながら笑っていた。
何でも、ワイヤードパンチ──りおのワイヤー付きのロケットパンチのことだ──の新モデルが出たので、カタログを見ているらしい。
(ワイヤードパンチって、そんな女子高生が買うスマホみたいなノリで流行ってるのか?)
流人はそんなことを思ったが、注目すべきはそこではないと考え直した。
りおが連れてるのは同じ〈フェシット〉を公言している女子生徒であり、他所のクラスの生徒なのだ。
わざわざ違うクラスまで行って〈フェシット〉仲間を集め、友達にしたのだという。
しかも。
「お、りお。なかなか面白そうじゃん」
「でしょ。いっちゃんもワイヤードパンチつけれたらいいのにねぇ」
「ダメダメ、腕切断することになるわ」
「いいんじゃない、あんた最近腕たるんできたって言ってたじゃん」
「あ、ひど! やるんだったら一蓮托生だ、あんたにもつけさせてやる~!」
そんなやりとりをして笑ったのは、クラスメートの人間女子、数名だった。
そのまま「それで、どんなのつけたいの」「他の奴らは買い換えとか考えてるわけ?」などと言いながら、りおたちの輪の中に入って会話を続ける。
りおは〈フェシット〉のみならず人間の女の子ともちゃんと仲良くし、しかも両者を何のためらいもなく会話に参加させているのだ。
最初のころは、〈フェシット〉も人間も互いにぎくしゃくしてたのに。
「あいつが間を取り持つ形で、スムーズに話ができるようになったんだよな。本当、我が妹ながらコミュ力お化けかよ」
流人は半ば呆れ、半ば感心してつぶやいた。確かに昔から、人に好かれやすい性格はしていると思っていたが。
「これも、〈フェシット〉だからできることなのか」
「違います、むしろ〈フェシット〉には難しいことだと思いますよ」
「どうしてだよ、『委員長』」
「あ、美奈で結構です。その役職名、身に余りますし」
そう言って苦笑したのは、先日クラス委員を決める会議で委員長に選ばれた美奈だった。
性格の良さ、真面目なところ、礼儀正しい態度など、様々な長所がクラスで認められ、満場一致で可決されたのだが、どうも本人は分不相応と思っているらしい。この腰の低さがなければ、もっと委員長に相応しい風格が出ると思うのだが。
ともあれ、流人は話題を戻した。
「じゃあ、美奈。何で〈フェシット〉だと難しいんだ? りおだけじゃなく、修司も初日に俺に話しかけたりしてくれたし、友達たくさん作ってるぜ。コミュ力高いんじゃね?」
「いえ、天同寺さんもりおさんも、〈フェシット〉としては少々規格外なんです。簡単に言うと、人間に比べて〈フェシット〉は頑固なんですよ」
「頑固?」
「頑固というか、少し融通が利かないというか。それというのも、〈フェシット〉の頭脳に使っている結晶体〈イデア〉は、獲得した情報を取捨選択して保存する際に、個体ごとによって傾向が異なるからです」
「???」
「あ、えっと……そうですね、〈イデア〉ごとに情報の好き嫌いがあると思ってください。その好き嫌いは、性格を形成するための学習時もずっと守られ続けるんです。たとえば暴力が嫌いな〈イデア〉であれば、暴力が必要という情報は徹底して排除する傾向にあります──これは自覚していても、なかなか修正できません。柔軟な『汎用人工知能』を持つ〈フェシット〉ですが、この辺の不自由さは『特化型人工知能』ライクと言えますね」
「へぇ」
「なので、〈フェシット〉は自分の性格をなかなか変えることができない。融通が利かないことが多いんです。もっとも、そこが人間臭いとウケているところでもあるのですが。ともあれ、良好なコミュニケーションには相手の性格に合わせる柔軟さが必要なので、〈フェシット〉はその点に関してはまだ改良の余地がありますね」
「なるほど。何となくわかったような、わからないような」
言いながら、流人はりおと会話している二人の〈フェシット〉を見た。
確かに一見普通に話してはいるが、時々首をかしげ、黙りこくったりしている。特定の話題に難色を示している、もしくはフリーズを起こしているようだ。
これが融通が利かないゆえの不具合だろうか。もっとも、二人が〈フェシット〉だと意識していなければそんなに気にならない挙動ではあるが。
(それに、性格は変わらないって言うけど、りおは昔と今じゃ割と違うところがあるんだけどなぁ)
流人はそんなことを考えたが、同時に麗の言葉も思い出した。
──りおは、特殊な〈フェシット〉だから。
〈
(ま、あいつの場合、根本的にいい加減なだけかもしれねぇけど)
そんなことを考えた時、ふと、りおが友人を連れてこっちに駆け寄ってきた。
「お兄ちゃん、見て見て、このカタログ! さて、何のでしょうか!?」
「お前の声、大きいから聞こえてたって。ワイヤードパンチとかいうのだろ?」
「そうそう。で、お兄ちゃん的には、どのデザインがあたしに似合うと思う?」
「え? えっとそうだな……この拳が全部金属でコーティングされてる奴かな」
「あ、ダメダメ! それは、攻撃用のやつ! 危ないし、許可された〈フェシット〉しか装備しちゃいけないんだよ」
「こういうのって、大体攻撃用で危ないものじゃないのか……」
まぁ、りおの奴は柔らかい素手がついたものだから、金属でコーティングされている奴よりは安全だろうが。
と、いっちゃんと呼ばれてたクラスメート──確か名字が伊藤だったはずだ──が、笑い声を上げた。
「あんたさぁ、妹が似合うやつ聞いてるのに金属コーティングのパンチはないって」
「そ、そうか?」
「そうそう、センスないなぁ志賀見。そんなことじゃ女にモテないよ。ま、元々さえない顔してるししょうがないか!」
そして、けたたましく笑う。
と、それをいきなり止めた。りおが振り返り、彼女の顔を見たからだ。
「いっちゃん、お兄ちゃんが何て?」
「あ、あああ、そうだな。いや、志賀見ってよく見るとそこそこイケてるじゃん、うん」
「なんだ、伊藤。いきなり持ち上げてきて。怖いな」
「……怖いのは、あんたの妹の顔だよ」
伊藤が小声で何か言ったが、流人には聞こえなかった。
と、りおの方を見る。こっちを向いて、いつものにこにこ顔になっていた。さっきはドスの利いた声を出したと思ったのだが。
「とにかく、お兄ちゃん。可愛いワイヤードパンチを選んでおいてね」
「何で俺が?」
「今年の誕生日にプレゼントしてもらうもん」
「はぁ!? 勝手に決めるなよ!」
流人が叫び、周囲の女子生徒一同はくすくす笑った。見れば、傍観してる美奈まで楽しそうに微笑んでる。
(あー、やっぱりこいつって可愛がられるタイプなんだな)
〈フェシット〉がどうとか関係ない。それ以上に、りおがそういうキャラクターなのだ。
流人はそう納得した。でなければ、自分がこんなことを考える理由がつかない。
(誕生日か……しょうがねぇ、小遣い貯めておくかな)
そして苦笑を浮かべたが、不思議と腹は立たなかった。
妹のコミュ力に感心してはいても、流人は使命を忘れてはいなかった。
彼女の面倒を見ることではない。そちらも重要だが、自分には当座やるべきことがある。
「さっさとハンカチを返して、ついでに話を聞きたいな」
そんなことをつぶやきながら、流人は三年生の教室がある棟に来ていた。
今は昼休みで、廊下は普段の休み時間よりさらにごった返しているが、ルイのクラスはわかっている。人混みに紛れて教室に近づき、そっと中をのぞき込んだ。
いた。何か書き物をしていたのか、ノートを閉じた常磐ルイが、自分の机から立ち上がる場面を運良く流人は目撃した。
(よし、とりあえず失礼して中に入るか)
教室に足を踏み入れかけた、その時。
違う人影が割って入るようにして、ルイに話しかけた。
「会長、少しすみません」
「何かしら、風紀委員長」
「ちょっと今年度の予算について、相談があるのですが」
「今は昼休みなのだけれど……わかったわ」
そして二人は、何かしら話し合いを始めた。流人にはその内容はちんぷんかんぷんだったが、極めて真面目なものであり、横から口をはさむのは難しそうに思えた。
数分してから、やっと話に区切りがついたのか、風紀委員長とやらが離れる。
「すみません、お手数をおかけしました」
「これから、もっと内容を整理してくるようにね。そうすればもっと早く終わるわ」
「心がけます」
頭をぺこぺこと下げて、風紀委員長は戸口に走った。慌てて流人は身を避けて、通り道を作ってやる。
「よし、今度こそ」
だが。
「すみません、生徒会長。今月の標語について検討を」
「来月の委員会議の日程についてなんですが」
「保健室の使用許可のラインについて、ぜひ知恵を貸していただきたく」
次から次へと相談を持ちかけられている。ルイはかなり頼りにされているらしい。
そして彼女は、そのつど彼らに、冷静かつ的確に返答や助言を与えていく。
「公募を募って、そこから検討しなさい」
「日程は先日決めたはず。今さら動かせないわ」
「保健室をサボタージュに使う生徒が増えているので、ラインはなるべく厳しめに。養護教諭とも相談して決定すること」
その言動は、無愛想で淡々としていた。
自分と話した時の優しげなルイと、今のルイ。どちらが本当なんだろう。
どちらにしろ──流人はふと感じた。彼女の動きは、流れるようで美しい。
洗練された動きで、渡された報告書や企画書に目を通している。それを返す仕草にも、一分の隙もなかった。そして、美しく整えられた顔は表情一つ乱さず、みずみずしい唇の間から澄んだ声が流れる。
(いいな……まったく、りおにもこの落ち着きを見習わせたいぜ)
だが、そんなことに思いを馳せている場合でもない。
何しろ、このままだと相談ごとで昼休みが終わってしまう。流人は仕方なく、近くの男子生徒を捕まえて尋ねた。
「あの、すみません。常磐先輩って、いつもあんな感じに忙しいんですか?」
「ああ、生徒会長として、色々な生徒から相談を受けてるんだ。生徒だけじゃない、教師からの信頼も厚いから、教師に呼び出されることもある。今は新しく学期が始まったところだし、なおさら忙しいだろうよ」
「はぁ」
「それを知らないってことは……ははん、お前さんやっぱり一年生だな。常磐に何か用事か? 何なら、時間取れるか聞いてやろうか?」
「あ、いや、大丈夫です」
新入生だからか、その生徒は気を遣ってくれたが、流人は辞退した。
忙しいなら無理に割り込むのは失礼な気がしたのだ。
ハンカチのことだって、ひょっとしたら当人ももう忘れてるかもしれないし。
(急ぎでもないなら、日を改めるか)
そう思った流人は、自分の見通しが甘いことを知った。
その後、数日が経ったが、流人はルイに会えずにいた。
生徒会長は想像以上に多忙だったのである。
様々な生徒が現れては、彼女の知恵に期待する。また、校内放送で教師に呼び出されたこともあった。そして、彼女はそれに嫌な顔一つすることなく応じていくのであった。
(責任感が強いんだな、先輩。だからこそ、生徒も教師も信頼をおいてるんだ)
流人はそう考え、会えないことがもどかしいどころか、他人事ながら誇らしく感じた。
だが、それはそれとして、彼女の態度には気になることもあった。
やはりというか、言動が徹底して合理的なのである。まるで情を交えないことをよしとするように、何ごとも客観的に見据えながら答えを出している。
たとえば「生徒の要望が多いので、一部アクセサリーの解禁を学校にかけあってほしい」という署名付きの申し出に対しては「生徒の希望にかかわらず、それらは学校側が決めること」と一言のもとに切り捨てていた。そこに一切の妥協はない。
こういう態度が重なれば、冷徹というイメージがつくのも仕方ないかもしれない。
だが、それでも──流人は、彼女のことを信じたかった。
自分を救ってくれた時の、あの微笑もまた彼女のものだと。
そして、それを確かめる機会がようやく巡ってきた。
○
「何だよ、りお。こんなところに連れ込んできて」
「まーまー、いいからいいから」
とある日の放課後。流人はりおに手を引っ張られて、学校内でも人気のない棟の裏に連れてこられた。
無駄にだだっ広いこの学校には、専門学科のための特別教室棟がいくつかあるが、ここはその一つらしい。裏手はすぐ林になっていて二人はそこに立っている。
りおはきょろきょろと周囲を見渡してから、少し恥ずかしそうに制服の上着を脱ぎ始めた。次いでリボンタイを外すと、ブラウスの胸元を少しはだけ、上目遣いに流人を見る。
「お兄ちゃん……あたしのこと、触って」
「帰る」
「あ、あ、ちょっと待って! 誤解だってば誤解! これは〈フェシット〉用のちゃんとしたメンテナンスなの!」
慌てて手を振る妹に、踵を返しかけた流人は「は?」と胡散臭そうな顔を向けた。
りおはブラウスの袖をめくり上げると、露出した腕を示す。
「この前やったのは、体内の人工筋肉をチェックする内部メンテナンスね。で、こっちは皮膚及び感覚神経の動作チェックを行う外部メンテナンス。主に、他人に触れられることで検査するの」
「へぇ。そんなことまでするのか、〈フェシット〉って」
「そだよ。そういうわけで、体のすべての感覚を知らないといけないから。あたしのことすみずみまで触ってね」
「ああ、わかった……って、ちょっと待て。すみずみまでって、ひょっとして……!?」
「うん、胸もお尻も触ってもらうから。あたしなら大丈夫、お兄ちゃんだったら許してあげるし。さぁ、ばっちこーい!」
「いやいやいや、できねぇよ、そんなもん! 妹とはいえ、女の子の体だろ! 気軽に触ったりとか無理に決まってますわ!」
「だからさぁ、あたしとお兄ちゃんは血も繋がってないし大丈夫じゃん」
「余計にダメだろうが!」
羽根よりも軽いりおの発言である。
だが流人としては、りおのことは家族と思いながらも、血が繋がっているという意識はないのだ。妹である前に、一人の女の子でもある。その事実を忘れたことはない。
〈フェシット〉と判明した今も、その認識に変わりはなかった。いや、むしろ強まったと言ってもいいだろう。
そんなりおの体にすみずみまで触れるというのは、さすがに抵抗がある。
「大体、やるにしても何で学校でやるんだ。こういうのって、普通家でやるだろ。いや、家だったらやるってわけじゃないけど」
「だってさ、学校でやった方がこう、スリルがあって面白くない?」
「何のスリルだ、何の! そもそも、メンテナンスに面白さを求めるな!」
「でも、お兄ちゃんもそういうの興味ありそうじゃん。さっきからすごい興奮してるよ?」
「なっ!? そ、そんなはずないだろ!?」
「ごまかしても無駄だよ。体温が一度上昇して、血液も全体的に頭部の方にいってるね。呼吸の回数も二秒間に一回と早くなってるし、心臓の脈動数も一分間に一○○回に上がってる。何だかんだで、メンテナンスしてみたいんでしょ? 素直になりなよ~」
「ちょっと待て、その細かいデータはどうやって出したんだ?」
「ふっふっふー、りおちゃんがただの〈フェシット〉ではなくて〈
「〈
「そ。目をこのモードに切り替えると、対象を温度、質感、細かい動きなどから分析し、色々なデータを頭脳に送り込んでくれるわけ。かなり高級なオプションパーツでね、〈フェシット〉といえども持ってるのはあたしぐらいじゃないかなぁ」
得意げにりおは胸を張った。確かによく見れば、先ほどより瞳孔が広がり、虹彩がかすかに光を放ってるように見える。何となく暗闇に入った猫を思い出した。
(こいつ、本当に人造人間なんだな……)
流人はりおに気づかれないよう、そっと嘆息した。
ずっと人間だと思ってた少女が、作り物であるという事実。それを実感するたびに、意識と現実のギャップに苛まれる。誰が悪いわけでもないのに。
(りおは結局造られた存在なんだ……でも、人間と同じように意識も感情もあって……でも、それは人間に造られたもので……でも、体は人間と同じでこんなに柔らかく……)
柔らかく?
ふと、流人は我に返り、目を丸くした。
いつの間にかりおが、自分の手をつかんで胸に押しつけている。
ふにふにという感触に唖然としていると、少し照れた顔つきで流人に笑ってみせた。
「あ、あはは、やっぱり恥ずかしいかも。さっさとすませちゃお、お兄ちゃん」
「お前なぁ、そんな強引に……」
流人は手をどけようとしたが、できなかった。悲しい男の性もあるが、りおの顔がどこか真剣に見えたからだ。
ひょっとしたら。と、彼は考える。
りおも悩んでいたのかもしれない。自分が〈フェシット〉であることに。自分たち人間とは、異なる存在であることに。
だから、〈フェシット〉であることを明かした今、人間と同じに扱ってくれるかどうか試そうとして──
「あら?」
「「え?」」
突然、横手から声が聞こえて、二人はそちらの方を見やった。
ここは人気のないところだからと、油断していた。通りかかる人間が皆無ではないのだと、その可能性にようやっと思い当たる。
一人の少女がこちらを見ていた。それも、およそ流人が一番見られたくない相手が。
彼女は冷静な目線をこちらに向けると、やや気まずそうに告げた。
「これは……まずい時に来たかしら」
「る、ルイ先輩!? ち、ちがっ、これは違うくて!」
「その、申し訳なかったわね。私は見なかったから、続けて」
「誤解ですって! おい、りお、お前も何か言え!」
「初めてはもっとロマンのある場所が良かったかも」
「お前なーっ!」
その後、足早に去ろうとするルイを捕まえ、事情を説明するのに時間を一○分要した。
「そう、その子があの時言っていた妹さんなの」
「はい……あ、ハンカチどうもです」
ルイは「いいえ」と流人からハンカチを受け取ると、しげしげとりおを眺めた。
流人としては大変ありがたいことに、自分の存在どころか、話した内容も忘れてはいなかったようだ。光栄だと思いつつ、流人は改めてりおを手で示す。
「改めて紹介します、妹のりおです。ほら、りおも挨拶しろ」
「どうも、志賀見りおです。お兄ちゃんとは一つ屋根の下でよろしくやっています」
「誤解を招くような言い方するんじゃない!」
なぜかむすっとしているりお。どうもルイのことを敵視しているらしい。
だが、ルイは意にも介していないようだった。
「それにしても、話に聞いていた義理の妹さんが〈フェシット〉だったとはね」
「俺も最近知ったんで驚いてるんです。両親に伏せられていたから仕方ないけど」
「私にすれば、そんな家庭環境の方が驚きなのだけれど……そういうことなら、先ほどのスキンシップも納得がいくわ。恐らく、外部メンテナンスをしていたのでしょうし」
「そう、それ! さすが先輩、そんなことも知ってるんですね!」
「まぁ、一般知識だし」
やや歯切れが悪いように言ってから、少し事務的な口調に切り替える。
「でも、もし学校でやる場合は、誤解を与えかねないから人目のないところでやりなさい。ここは人気がないように見えるけど、実は教室棟と生徒会室のある棟を結ぶ近道なのよ。意外と利用者は多いわ」
「はぁ」
人目がなければいいのかと思ったが、ルイにとっては校則を破ってさえなければさしたる問題ではないのだろう。実に論理的で、感情的なものは問題にしていないとも言える。
やっぱり、冷静、冷徹という周囲からの評価は妥当なのだろうか。
「それにしても、〈フェシット〉と兄妹とはね。苦労するんじゃないかしら」
「はは。俺も正体バレくらった時は戸惑いましたけど、まぁ、何とかやっていけそうです」
「そう……本当にそうだといいけれどね」
不穏な言葉の響きに、流人は「え?」と戸惑った。
ルイは氷のような視線をりおに向けて、宣告する。
「〈フェシット〉と人間、異なる存在が家族になるなんてそう簡単にはいかないわ。必ずどこかで問題が発生するはず。そのことは、気にとめておいた方がいいわね」
「ちょ、ちょっと、どういうことよ! あたしとお兄ちゃんは、昔っからずっと仲良いんだから! 何の問題も発生しないってば!」
「いえ、断言はできないわ。人間が望むように〈フェシット〉は振る舞えない。完全に人間の期待に応えることはできないの。それに、〈フェシット〉は造られた物にしかすぎない。どこまでいっても、〈フェシット〉と人間じゃ偽りの家族しか生み出せないかも……」
「先輩……?」
流人はルイの言葉に、今までにない感情の色が潜んでいることに気づいた。
だが、そのことについて尋ねることはできなかった。先にりおが叫んだからである。
「何よ、知ったふうなこと言っちゃって! そんなこと言う権利、あなたにあるの?」
「権利?」
「そう、権利! さっきから偉そうに〈フェシット〉ディスってるけどさ。あなただって〈フェシット〉じゃん!」
「「……!」」
驚きに息を飲む音は、二つ流れた。
流人のものとルイのものと。
流人は最初、りおが何か勘違いでもしてるのではないかと思った。
しかしルイの表情を見れば、それが図星なのだとわかる。
「まさか、先輩は……」
「そだよ。何かつっかかるなと思ったから、〈
りおは興奮した顔で告げる。
ルイは視線をそらしていたが、やがて肩の力を抜くと観念したように言った。
「ええ、そうよ。あなたの言う通り。私は〈フェシット〉……」
「すみませんでしたっ!」
「えっ?」「ぐえ?」
観念の声は、驚きに変わった。後半は流人に頭を押さえつけられたりおの悲鳴だ。
流人は自分も頭を下げると、ルイに謝る。
「うちの妹が、〈フェシット〉であることをバラして。それ、隠してたんですよね?」
「え、ええ……別に家に口止めはされてないから、伏せてある程度だけど」
「でも、秘密は秘密です。勝手に暴露していいもんじゃない。本当にすみませんでした……ほら、りおも謝れよ」
「お兄ちゃん……だって、この人〈フェシット〉と人間の家族を……偽りの家族だって」
「そのことは確かに俺も疑問だし、貶されて怒りたいお前の気持ちもわかる。でも、だからってプライバシーを暴いていいってもんでもないんだ。だから、な?」
「わかった……ごめんなさい」
二人の謝罪にルイは目を瞬かせていたが、やがて自分も神妙な顔つきでうなずくと、
「いえ、私の方こそ軽率だったわ。あなたたちの心情も考えず、無責任なことを言ってしまった。本当にごめんなさい」
深々と頭を下げてから、ふと空を見上げた。春の日差しはうららかなのに、彼女の目はどこか悲しく見えると流人は思った。あの時の悲しい表情だ。
ぽつり、と言葉をもらす。
「実を言うと私も兄弟がいるの。人間の兄弟」
「え?」
「弟が一人。そして、その弟に良き姉として接するため、私は購入されたの……でも」
言葉を濁して、ルイは目線を落とした。
その仕草に、流人は彼女の言わんとすることを察する。
「ひょっとして先輩、弟さんとうまくいってないんですか?」
ルイは静かにうなずいた。
「どうして? 優秀な先輩なら、姉として接してあげるのも難しくないでしょうに。弟さんに何か問題でも?」
「弟は悪くないわ。仲良くできないのは、私があの子に心から優しく接してあげられないから……私はね、人の心が理解できないようになってるの」
「……? どういうことです?」
「持って生まれた性質よ。私の〈イデア〉は情よりも合理性を求める傾向にある。そのため、他人の感情をあまり理解できないようになってるの」
だから、自分は人には優しく接せられないのだと彼女は語った。周囲から、無愛想、冷徹と評価されているのもそのためだと。
流人は慌てて反論する。
「いや、でも、迷子になってた俺を助けてくれた時、先輩は優しく接してくれたじゃないですか。冷徹な人にそんなことはできませんよ!」
「……あれも、合理性にそった判断だとしたら?」
「え?」
「迷子になったあなたを見た時、何となく弟に似てると思ったの。だから、私は考えた。この人に優しく接するようにすれば、弟ともよりよい関係を築けるのではないかと……結局、それぐらいの練習じゃ付け焼き刃で、関係も改善されてないのだけれどね」
流人はルイの言葉を聞きながら、自分が受けているショックが何なのかつかめずにいた。
ルイの優しさが練習のためだったこと? 弟扱いされたこと? 結局ルイと弟の関係は改善されてないこと?
考えてもわからないが、苦いものが口に広がる。
かぶりを振ると、少し強引にでも話題を変えることにした。
「へ、へぇ。でも、俺に似てる弟さんかぁ。やっぱり高校一年生ですか? それだとこの学校に通っていて」
「いえ、弟は小学四年生だけど」
「しょうよん」
衝撃がでかくなって、流人はその場に沈没した。察したりおが「どんまい」と笑ってくる。ちくしょう、と心の中でうめいた。
ふと、ルイは目を細くすると、そんな自分とりおを見つめて言う。
「あなたたちは、本当に仲が良いわね。私もそんなふうになりたかった……志賀見流人くん、だったわね」
「え、ええ」
「あなたは間違いなく、お兄さんしてるわ。人間と〈フェシット〉、そんな差など感じさせないぐらいにね。だから……妹さんを大切にしなさいね」
あの時と同じようなことを、ルイは告げた。
そして、流人にももうその意図はつかめていた。
(先輩は自分と同じような、兄弟仲が悪い関係を、作ってほしくないんだな)
それには自分も──恐らくりおも──心の底から賛同していた。
その晩、流人とりおは家でコンシューマーゲームをしていた。
この家では、母親たる麗も、父親も、ほとんど留守がちだ。忙しくて帰ってくる暇がないのだという。なので、自然放任主義という形で二人でいることが多い。なので、夜遅くまでゲームをやっていても誰も怒らない。
今日やっていたのは、最近買ったインクで戦うゲームだ。流人が生まれる前からあるやつで、今回ので十三作目に当たる。ずいぶんと息の長いシリーズになったものだ。
コントローラーを操り、りおとともに一喜一憂してるうちに、流人はふと妹に尋ねた。
「あのな、りお」
「何、お兄ちゃん? ハンデならあげないよ」
「いや、もう一○回以上負けてるし、今更いらねぇよ。そうじゃなくてだな、人間と〈フェシット〉の家族関係って、やっぱり難しいのかな」
「何言ってるの、あたしら仲良いじゃん」
りおは脳天気に笑うと、ふと目を輝かせて言った。
「それとも、もっと深い関係になりたい? それなら結婚がおすすめですよ、結婚! 兄妹から夫婦にクラスチェンジ!」
「あのなぁ、誰がそんなこと言ってるんだ……って、ちょっと待て。〈フェシット〉と人間って結婚できるのか?」
「その辺は色々と調べたんだけどね。一応、過去にそういう実例はあるよ。ただ、人間と〈フェシット〉の婚姻のための法はどの国でも整ってなくて、事実婚がやっとなの」
「へぇ、なるほどなぁ……まぁ実際に結婚は難しいだろうしな」
流人は納得してうなずいた。
「それにしても何でお前、そんなこと調べたんだよ?」
「え? そりゃ、お兄ちゃんのお嫁さんになるために。一生独身だったら可哀想でしょ」
「……それ心配してるふりして、結局俺をからかいたいだけじゃねぇか!」
「そんなことないよ。あたし、いつだってお兄ちゃんの幸せを願ってるもん」
両手を合わせて傾け、うっとりと告げるりお。
流人は肩をすくめると、ふと首を傾げた。
「それにしても、結婚の実例はあるわけだ。ふーん、なるほどなるほど」
「何を妙に感心して……まさかお兄ちゃん、あのルイとかいう先輩と結婚したいと考えてるんじゃないでしょうね! だから結婚について訊いたんじゃ!?」
「だ、誰がそんなこと思うか! 大体、結婚の話題を持ち出したのはお前だ! まぁ、もともとの話題がルイ先輩のことであるのは、外れてないけどな」
「それって、弟さんのこと?」
「そう。先輩悩んでるみたいだし、何とか力になってやりたいと思ってるんだよ」
「うーん。でもよそのご家庭に口出しするのは、お節介と思われるんじゃない?」
「それもわかってるんだけどなぁ」
自分は冷徹で、人に優しくできないと彼女は言った。
でも、それは違う気がする。少なくとも弟との関係に悩む彼女は、弟のことを思っているのだと流人は感じる。同じ歳下の兄弟を持つ身だからわかる。
だから彼女の力になってやりたいという気持ちは、嘘じゃなかった。
まぁ、少しばかり綺麗な女性を助けたいという下心がないわけじゃないが。何と言っても、大人びた容貌のルイは自分のタイプと言っても過言ではないし──
「お兄ちゃん、鼻の下のびてる」
「あいだだだ、つねるなつねるな」
冷ややかな目でこちらを見てきたりおだが、ふと真顔になってつぶやいた。
「まぁ、確かにね。あの先輩自体はそんなに好きじゃないけど、あたしもちょっと気になるかも。あたしたちは仲良いからいいけどさ。兄弟仲がよくないのって、辛いと思うし」
「俺もそう思う。先輩、すごく気にしてたみたいだからな」
「だから力になりたいって気持ちもわかるけど、でもさぁ」
そう言ってから、りおはじっと流人を見た。目が微妙に光っている。〈分析眼〉を使っているらしい。
「な、何だ。何を調べてるんだ?」
「……やっぱり、あの先輩とは関わり合いたくないかも」
「何でだよ!」
「何でも~」
りおは口をとがらせ、すねたようにコントローラーを持った。ゲームを再開しようという催促だ。それがわかったので、流人も仕方なく従う。
「本当にもう……あたしがいるのに……脈拍も体温も上昇……でれでれして……」
ゲーム中、ひっきりなしにぶつぶつつぶやくりおの声を、しかしゲームに夢中な流人はほとんど聞き取っていなかった。
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試し読みは以上です。
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