第4話 お母様の懸念と、勉強会
お母様、何の用事できたんだろう。いつもはこの屋敷からも王城からも距離がある「離れ」でね、ひっそりと料理とか、刺繍したり、おもに家事だね、あんまり国のために動いてないふうに見えるけど、こうしてないと色々と政治的に問題が起きちゃうから、仕方なく引きこもらざるを得ない生活を余儀なくされてるんだ。
料理と刺繍は、お母様の趣味だよ。僕とベルジェイは小さい頃、お母様の作ったご飯やおやつを食べてたこともあるんだよ。
お母様の、僕を見つめる顔が、みるみる心配そうな眼差しに変わっていった。
「聞いたわよ、ベルちゃんの御実家へ、訪問するそうね」
「うん。まあ、すぐ行って帰るよ」
「どうしてそんなことになったのか、あちこちでいろいろ耳にしているけれど、できればあなたの口から直接聞きたいわ」
「え? ……えっとぉ……」
僕は、すぐそこに立ってるメイド姿のミニ・ローズ姫を気にして、即答できなかった。
「あら? 込み入ったお話が始まりますのね? ではわたくし、退場いたしますわ」
ニコニコしながら退出するミニ・ローズ姫。
……彼女、お母様に何も話してないのか? 何かしらの先手を打ってそうな気がしてたんだけど、まぁいいや、せっかくお母様と二人きりになったことだし、近状報告でも交えながら、説明するか。
えーっと、いざ包み隠さず話そうとすると、結構ややこしいなぁ。上手くまとめられるかな。お母様には、もう一度座ってもらってと。
「陛下に内緒で、後宮を作ったそうね」
「へ?」
「ギルバート王子の影響でしょう? もう、あの王子様は、あなたに良くないことばかり教えて」
「いや、あの、その……」
「勝手に女性たちを囲む事は、国の法律で禁止されてるでしょ? 付き合ってくれてる女の子たちも、おうちに帰してらっしゃい。お詫びのお菓子も用意するのよ」
むしろ騒動に巻き込まれてるのは僕の方だし、おやつじゃとても解決できない大事に発展しておりますよ、お母様。
うーん……これは一から説明させてほしいな。
その後、お母様の口から出てきたのは、変な噂や、僕が首をかしげざるを得ないものばかりで、頭痛がしてきたよ。
あのー、いつになったら僕に説明させてくれるんですかね。
どうやら、ミニ・ローズ姫がお母様の身辺に出没しては、奇妙な噂を流していたようだった。ミニ・ローズ姫は変装の名人だからなぁ、お母様の住む離れで働くメイドの一人にでも化けたんだろう。彼女の身長はとても小柄だけど、ブーツの高さを調整したり、カツラで顔を隠しがちにして、まんまと周囲を騙しちゃうんだよね。
まずは、不穏な噂にすっかり怯えているお母様を安心させるためにも、根気よく初めから話したよ……。
お母様はいろいろとショックだったそうで、後半はずっと頭を抱えながら聴いてたよ……無理もないか。僕はぱっとしない王子様だけど、両親のことは大事にしてきたつもりだよ。それが今日、こんなに困らせちゃってるんだから、世話ないよね……。
「それで、ベルちゃんとあなたはティントラール国に行って、どうするの? とっくにギルバート王子の絵画のせいで、大変なことになってるんでしょ?」
「うん……。まぁ、なんとかしてくるよ。僕だけじゃなくて、ベルジェイやミニ・ローズ姫もいるから、大丈夫だと思う」
「……。私が心配性なだけかもしれないけど、もう少し対策をとりましょう。観光に行くわけじゃないのは、わかってるわよね?」
「もう、子供じゃないんだし、わかってるよ」
「オリバー王子も連れて行っちゃうあたり、本当に心配だわ」
「オリバーは今までずーっと寂しがってたから、その分一緒にいてあげるつもりだよ。僕が忙しい時は、ミニ・ローズ姫が責任もって面倒みてくれるって約束してくれてるし」
……お母様、さっきからため息つくのやめてよ。へこむよ。
「紙とペンがいるわ。ベルちゃん! そこにいるんでしょ? 二人分お願いね」
「は、はい! すぐにお持ちします!」
駆け足で遠ざかる足音がする。
「どうしてペンと紙がいるの?」
「いい? クリス。あの国の注意事項を、今からあなたに教えます。質問があれば、何でも聞いてね」
「どうして、お母様がベルジェイの国に詳しいの?」
……ありゃ、またため息つかれたよ。
「社交界や政治に携わる人間ならば、あの国の事は、誰しも把握したがります。とても大きく発展している、巨大な国なんですから。ティントラールに取り入る事は、小国ではステータスとなります」
「そうだったのか……」
ありがとう、お母様。僕、勉強させていただきます〜。
そして今日だけじゃなくて、僕から積極的にお母様の暮らす離れへと足を運んだよ!
今までは、父上の正妻さんに文句を言われるのが鬱陶しくて、あんまり行かなかったんだけど、そうも言っていられなくなったし。
それに、久々にお母様と過ごせて、とっても嬉しかった。
兄上はとっくに両親への興味を失ってる感じがするし、オリバーは今も正妻さんと接点が持てなくて寂しがってるしさ、そんな二人に、なんとなく遠慮しちゃって、僕自身もお母様に会うのを控えていた部分が、あったかも。無意識って、怖いね。
ミニ・ローズ姫が流してたデタラメ話のおかげとは思いたくないけど、結果的にお母様と、「勉強会」という口実を使って気兼ねなく過ごせる時間が持てて、よかったよ。
……僕一人がお母様の離れに来れたら、もっと良かったんだけどね!!
「ねえミニローズ! あれはなぁに!?」
「まあオリバー様、お目が高いですわ。あの美しい瑠璃色の水瓶は、陛下がメアリー様との結婚記念日に贈った年代物の逸品ですわ」
「じゃあアレは?」
「あの美しいお花畑は、陛下がメアリー様をお慰めするために、毎月お花を植え替えておりますの」
「じゃあ、どうしてこのおうちのマドには、すごくきれいなカーテンがついてるの?」
「あの模様は、戴冠式の際に陛下が身にまとっていたマントの刺繍を、職人が違和感のないように崩して、美しく模したものなのです。メアリー様は、陛下が王位に御即位される前からの恋人でしたから、今は離れ離れになっていても、いつでも陛下を身近に感じられるようにと、メアリー様が望んで作らせた特注品なのです」
「そうなんだ。でも、あにうえのおやしきも、ギルにいさまのおしろも、とってもおっきいのに、どうしてここはちいさいの?」
「あら、小さなものですか。そもそも、この離れそのものが、陛下からの最大のプレゼントなのです」
「ちいさいのに、おっきいの?」
「はい。ちなみに、ここの寝室でクリストファー様は作られたのですわ」
こら!
「そーなんだー」
こーらー! 五歳児になんてこと教えてるんだ。今日はテラスで勉強会なんかするんじゃなかったよ! あの二人、ずっと庭をうろうろしてるんだよー!?
オリバーも納得するんじゃないよ。あ、弟は獣医さんを目指してるから、そういうの知ってても不思議ではないのかな……? いやいや、まだ五歳だよ、コウノトリさん説を信じててよ。
それにしても、ミニ・ローズ姫はずいぶんお母様とこの建物に詳しいんだね。いったいいつから離れに出入りしていたのかな?
お母様も、ポカーンとしてるよ。
「あの子が、例のミニ・ローズ姫ちゃんよね? いったいどこから入ってきたのかしら」
「え!? 許可なく入ってるの? もう、僕ちょっと注意してくるよ」
その後オリバーにギャンギャンに泣かれて、仕方なくお庭を探索してもらったよ……。この二人、僕とベルジェイの過酷な旅に連れて行っても、大丈夫かな……。
僕が本命じゃないくせに、ヤンデレ性悪令嬢が離してくれません 小花ソルト(一話四千字内を標準に執筆中) @kohana-sugar
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