第3話 僕の母上だよ~
買いたい物を店主に注文して、来月までに包装して屋敷に届けてね、ってお願いした。今ここで全部購入しちゃったら、誰が全部持つのって話になるからね。やっぱり異国の重役さんたちに贈る物となると、数が多くなるよなぁ。大荷物になりそうだ。気に入ってくれたらいいな〜。
「もう夕方だね。どこかでお茶してから、帰ろうか」
「はい! そこで赤ちゃんの性別を決めましょう」
うぐ、はぐらかそうと思ってたのに、お茶の片手間の話題に選んじゃうの?
「えーっと、産まれてくるまで、何もわからないってことでいいんじゃないかな。すごく遠い国だと、わかる機械が発明されたそうだけど、わざわざそこまで移動するのは、その、さすがに、やり過ぎだと思うんだ」
「それもそうですね、わかりました……」
性別、決めたかったのかな、ちょっとしょんぼりするベルジェイ。でもねー、君の妊娠は演技だから、あんまり本格的に大騒ぎしなくても大丈夫だと思うんだよね。
「元気出して、ベルジェイ。どこか美味しそうなお店に入ろ」
「クリストファー様のお好きなお店に」
「え? あ、いや、その、僕は滅多に屋敷から出ないもんだから、城下町のお店には詳しくないんだよね」
うぅ、我ながらなんてつまらない言い訳。考えなしにお茶に誘うなよ自分。ちょっとデートっぽいことしてもいいかなーって、らしくないことしたから、しくじっちゃったよ。そもそも僕の中のデートの概念が、一般と同じなのか、ずれてるのかもわからない。
そもそも、僕自身が誰かを連れ出して遊びに行くって経験が、皆無なんだよな〜。屋敷の周りに建ってる、王家お抱えの職人さんがいるお店や工房には、気晴らしに寄ったりするんだけど、城下町には政務でもなきゃほとんど立ち寄らないという……。
小さい頃はお母様が、僕とベルジェイを喫茶店に連れていってくれたけど、ここからじゃ遠いしな〜。馬車がいるよね、そして夕飯に遅刻して大勢に心配かけるよね。
ちなみに兄上は子供の頃から、僕や弟を連れ出して城下町に出かけちゃったりしてた。大勢の愛人さんを引き連れて下町まで遊びに行ったこともあるそうだよ。父上カンッカンだったなぁ、だって我が家の長男だもの、恥ずかしいことはしてほしくないよねー……そんなわけで父上と兄上はあんまり仲良くないんだ。兄上が全く気にしてなさそうなところが、また……。
そして現在の僕には、誰かを楽しませるほどの自信満々なベストプレイスが、ありません。どうしよう。ベルジェイがわくわくしてる気配がする……。
「クリストファー様」
「はい」
「夕飯どきのために、パン屋さんがどんどん焼いているようです。ここまで良い香りが漂ってきますよ」
へえ? なんの匂いもしないけど。
「参りましょうか」
「うん」
って返事したけど、いったいどの辺にパン屋さんが……とりあえず、歩きだした彼に付いて行こうか。あ、もうベルジェイのこと男性呼びしなくてもいいのかな? だってこれから妊婦さんを演じる人だしな……。まあ、まだ国内では男性呼びしておこうかな。今更だけど、ややこしいなぁ。
ベルジェイはスタスタと迷いなく歩いて行き、曲がり角三つ過ぎた先の一軒のベイカリーに到着。あのー、店内がめちゃくちゃ忙しそうな気配がするんですけど、僕らお邪魔しちゃって大丈夫な感じですかね。
「ベ、ベルジェイ、出直そ?」
「はい? お気に召しませんでしたか?」
「あっ、そういうわけじゃないんだけど、なんか店内からガチャンガチャンッて音がしない? もめてるような声も聞こえるんだけど」
「突然新作のアイデアが沸いたそうで、厨房が騒いでいるようですよ。そのうち止むかと思われます」
ベルジェイが言った通り、音が止んだ。
「一通り新作の説明が終わったようです。入りましょうか」
「うん。ベルジェイは本当に耳が良いんだね。僕は誰かが店内で包丁でも振り回してるのかと思ったよ」
「ええ? ふふ、そのようなお店に、どなたかを案内なんていたしませんよ」
僕らはベイカリーのテラスで、僕はスモークサーモンと新鮮葉野菜のサンドイッチを、味覚が鋭いベルジェイは、小麦の自然な甘さが自慢だという白パンを店員さんからお勧めされて食べていた。
オシャレなテラスで食べてる間、なんか仕事の話ばっかりしてたな。こんなとき気の利いた男性だったらさ、何か女性が喜ぶような言葉選びができるんだろうな……と考えたのは食べ終わってからの帰り道でした。
ナンパでハーレム築いちゃうほどモテる兄上は、悔しいけどすごいよなぁ。
屋敷に着くと、玄関先でメイドが一人、門番の二人組の真ん中におろおろしながら立っていた。僕を見つけるなり、駆けてくる。
「クリストファー様、つい十分ほど前にメアリー様がいらっしゃいまして」
「母上が?」
「応接間でお待ちいただいております。あまりお元気がないご様子でしたので、ぜひお急ぎくださいませ」
「ええ? わかった、ありがと! 急ごうベルジェイ」
一応、手洗いうがいは済ませてから、応接間へと急いだ。手洗いは大事だよ、道端に可愛い野良猫が多いから、ついみんなして撫でちゃうんだよね。だからうちの国では、室内に戻るときや人と会うときは、絶対に手を洗うのがマナーです。外での握手もマナー違反だって説も出てるけど、みんな手ぇ汚いんなら握手してもしなくても変わらないんじゃないかなって僕は思うんだ。あ、ピクニックでは煮沸消毒した手拭きタオルを用意するよ。外出先ではサービスで手拭きが出てくる。お店のお手洗いで、洗う人もいるね。
衛生面って、特定の動物たちと共存してる地域の、悩みなんだよな……。どうしても道端とか不衛生になるし、皮膚病とかが流行らないように薬もあげなきゃだし、そのためにうちの国では「猫税」があるんだよね。
ああ、話が脱線しちゃったや。
お母様が来てるんだよね、いったいどうしたんだろ。待たされて怒るような人じゃないけど、急がなきゃ。
ちゃんと応接間の扉をノックしてと。
「遅くなりました、クリストファーです」
「あら、待ってたわクリス。少しお時間もらえるかしら?」
「もちろんです」
僕は応接間の扉を開けた。ベルジェイは廊下で待機すると言うので、そうしてもらった。
ベルジェイに扉を開けてもらって中に入ると、めっずらしー、本当にお母様が屋敷に来てるよ。応接間のソファで、お茶飲んでる。
お母様はしっとりした美人系でね、僕とお揃いの茶色の目の色してて、柔らかい髪質の茶色い長い髪を、青いバレッタで留めるのが好きなんだ。今日は白と紺色を基調としたシックなドレスを着ている。僕を見てうれしそうに立ち上がった、その全体像は……身内で一番背が高いんだよね。
父上に出会うまで、背が高すぎるって理由で、婚約破棄されまくってたんだってさ……。なんでお母さんから生まれた僕は、身内一背が低いんだよ。遺伝子どうなってんだよ。
給仕してくれたのは、どうやら傍らで控えるミニ・ローズ姫のようだ……。あのくるくるツインテール姿に可憐なメイド服、見た目だけはお人形のように可愛いんだけど、けっこう強引で、あらゆる手段を使って目的を達成しようとする超絶な野心家だ。幼少期の生い立ちが過酷だったそうだけど、たぶんもとから野心家だったんじゃないかな。そもそも今の年齢だって、たったの九歳なんだよ? さすがはベルジェイの妹だよね。
ともかく、そういう子が今、お母様の傍にいます。いったい何を企んでいるやら。
ちなみに、僕は人前では母上呼びなんだけど、別に気を張らなくてもいいかな? ってときは、お母様呼びしてるんだ。すぐそこに油断のならない女の子が立ってるけどさ、これから長い付き合いになりそうだから、ここでも変に気張らず、もうありのままの自分を出しちゃお。
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