第2話   たくましい雑種だらけ

 お出かけするときは、一応僕も王子様だからね、護衛は連れて行くよ。今日は兵士を三人。今まで僕が誘拐されかけたり、暴力を振るわれたりした事は一度もないんだけど、念のため連れて行かないと、父上が心配するし、それに僕のそばにはいつもベルジェイがいるから、彼に何かあっちゃ大変だからさ、異国から預かってる大事なお姫様だし、守らないとね。


 あ、護衛とは別に、力持ちな従者を三人連れてるよ。これから遠出するための買い物をたくさんしなきゃならないから、その荷物を持ってもらうためにね。


 相手国へのお土産品も用意しなくちゃ。うちの名物って本気で猫しかないからさ、なにか猫グッズ的な感じの、そういう置き物〜とか……うん、まだ具体的なことは何も決めてません。今日はとりあえず、買うのが決定している品物だけ発注するために、歩いてるんだ。


 あ、黒猫が子猫たちを連れて、道を横切ってゆく……。


 うちでお留守番してるスリープにも、何か美味しそうなキャットフードがあれば、買ってあげちゃおう。ほんとは獣医さんからお薦めされたフードしか与えちゃダメなんだけど、一日くらいなら、あげてもいいよね。


 あれから飼い猫のスリープが、ますます弱っちゃってさ……もうお爺ちゃんだから、寿命なんだって、わかってるんだけど、悲しいよ……。


 異国に、お年寄りの猫を連れて行っても、大丈夫かな……大丈夫じゃない気がするから、置いていこうかなって思ってるんだ。すんごく悲しいし、できればどこへでも連れていって、いつでも背中のリュックにおぶっていってあげたいんだけどね。体が弱ってるのに無理させちゃ、それがトドメになっちゃいそうでさ、考えるだけでとっても怖いんだ……。


 たまにさ、外で逞しく生きてる野良たちを見かけると、本当だったらスリープも、長生きできなくても仔猫たちに囲まれたお父さんになって、たくさんの猫たちのご先祖様になってたのかな、って考えちゃうときもあるよ。保護して去勢しちゃったからこそ、奪っちゃった未来もあったんだろうなって、そう思うと、飼い主になった僕はスリープのことを、いーっぱい幸せにしなくっちゃね。


 あ、ちなみにね、うちの国はたくさんいる猫たちが名物なんだけど、この国特有の種類はいないんだ。もう、みーんな雑種だよ。珍しい血統書付きのレアな猫ちゃんも、昔はいたんだろうけど、きっと街中の野良たちの遠い御先祖様になってて、たまに起きる先祖帰りでレアっぽい子が産まれるとか、なんかそんな感じです。みーんな雑種、スリープも雑種。


 ちなみに僕も雑種かも。父上は王様だけど、母上は身内に庶民が多めの、成り上がり貴族の娘さんだからね。僕はこの猫たちとおんなじ身の上だな〜って思うと、寂しくなくなるんだ。スリープとお揃いだ〜って思うと、自分も猫になったみたいで、そうなったらこの国の一部な感じがして、僕はここに居てもいいんだって、少しだけど前向きでいられるんだ。


 そうだ、ベルジェイの故郷の人たちには、猫グッズをいーっぱいプレゼントしよう。なんとなく頭で予想できる数よりも、もっと多めに。僕自身の私物も、猫感強めで揃えちゃお。そうすれば、もしも僕がホームシックにかかってもさ、軽症で済む気がするんだ。


 たとえ、一生帰れないことになっても。そのせいでスリープの寿命に寄り添ってあげられなくても……あーあ、やっぱりスリープを連れて行きたいよ〜。どこでも一緒に行きたいよ。


「クリス……?」


 あ、僕の気落ちがベルジェイにも伝わっちゃった。笑ってごまかせるかな……隣りに並ばれて顔ジーッと心配そうに見つめられちゃった……。


 しょうがない、スリープを置いてゆくのが寂しいんだって、正直に話そう……。


「そうだったのですか。ではクリス、スリープ様のお姿を、小さな額縁に収めて持参するのはどうでしょうか。画家でもあるギルバート様ならば、請け負ってくださるかと」


「え〜兄上に〜? 頼むの〜? うーん、兄上以外の画家に頼もうかな。君の意見、参考になったよ。どこにいたってスリープの飼い主は、僕なんだ。そばに居られない、せめてもの償いに、僕はいつまでもスリープの身を案じて、絵に祈るよ」


 僕の家は王城なんだから、僕一人いなくたって大勢の使用人がスリープの世話を焼いてくれる。それに甘えて丸投げすることに、罪悪感が無いわけじゃない。


 本当は一緒に居たかった。せめて、額縁に納める姿は、まるでそこに生きて居るかのような、そんな絵が欲しいよ。


 ベルジェイは城下町の地図と立地を全部覚えてるから、町の画家さんのもとに案内してくれた。すぐそこにある店だったけど、それまで芸術に興味がなかった僕は、生まれて初めてその店の存在を知るという有様だった。


 大きく開いたテラス風の店内の、その壁に、見覚えのある絵が何点も展示販売されてる……。


「な、なにこれ! 小さい額縁に、お手頃な値段で、兄上の絵が」


 熱湯からベルジェイを庇った、あの絵が! あ、店員さんが出てきた。


「いらっしゃいませ。最近、人気の商品なんですよ。ファンタジーな雰囲気が可愛らしいですよね。小さなお姫様と、小さな王子様。この二人、将来結婚するのかしらって、いろんな想像ができますよね」


 けっ……こんは、まだ、あの、考える段階にも到達できてないんだけど。ラブレターの返事待ちっていう、スタートラインに棒立ちしてる状態だし。


 それにしても、困ったなぁ、いや、べつに僕とベルジェイがモデルだってバレてないからいいんだけどさ、街でこんなにお勧めされてる商品にされてるだなんて、ちょっと照れるって言うか、後ろのベルジェイのこと振り返れないって言うか。


 ……でも、ずっと知らんぷりするわけにもいかないじゃんか。


 僕はおそるおそる、振り向いてみた。


 ……あれ? いないんだけど。どこ行っちゃったのかな?


 あ、いたいた、女の子が好きそうな、可愛い雑貨店を眺めてる。いや、いろいろ吟味してるみたいで、いろんな角度で商品を眺めている。


「どうしたの、ベルジェーイ」


 僕が声をかけると、彼女は僕のほうを振り向いて、苺色の両目をぱちくり。


「クリストファー様、このような物も揃えたほうがよろしいかと」


 へえ、君にも女の子らしい物を欲しがるときがあるんだ。そうだよね、君が一番ストレスが溜まる環境に移動するんだから、ピンクとかお花とか、そういう小物に囲まれていたくなるときもあるか。


 って、それベビー用品じゃん!?


 ええ!? よく見たらこのお店、ベビー用品の専門店じゃん! 今の今までずっと女児用の雑貨店かと思い込んでたよ。


 お店を背景に、ベルジェイがもじもじしてる。


「そ、その、実家には、身重という設定で帰りますので、その準備などを……」


 ぼ、僕も一緒に選ばなきゃダメって? うう、羞恥心が限界突破したベルジェイが、店員さんを突き飛ばしてケガさせちゃうかもしれないから、僕もついて行くか……。


「お、男の子と女の子! どちらがよろしいですか!」


「え? えっと、性別はまだ急いで決めなくても、いいんじゃないかな」


 大変だ、もう少しお腹の子の設定を、みんなで考えないと。いつ産まれるのかーとか、性別はどっちを希望してるのかーとか、あと、名前とか?


 あ〜不安だな、ただの設定なのに、それっぽく振る舞ってバレないか不安だよ。


 母上からも、妊娠と出産時はどんな感じだったか聞かないとな。ベルジェイと勉強しないと。


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