第1章  遠出する準備

第1話   僕の愛する城下町

 久しぶりに仕事の手が空いて、僕はベルジェイを連れて城下町へと赴いた。気分転換も兼ねてだけど、遠い異国ティントラールへの旅支度の意味合いのが強かった。


 あ、ベルジェイっていうのは、僕と十年くらい一緒にいる優秀な執事なんだよ。ときおり、めちゃくちゃポンコツになっちゃうこともあるんだけど、まあ、いいかな、可愛いし……なんて最近は思ってしまうんだ。あ、執事だけどベルジェイは女の子なんだよ。


 でも人前では男性として接してるんだ。本人がそう望んでてね。


 茶色い僕の髪と違って、髪も肌も雲みたいで、目の色はなんだか苺が食べたくなる感じ。感情を消した凛々しい顔立ちは、あの美青年はどなたかしらと女性陣からはしゃがれてしまうほどだ。


 彼は日差しに弱いから、外出時は日焼け止めを塗って、すごく大きな帽子をかぶってるんだ。きちっとした執事服に、大きな麦わら帽子はあんまり似合ってないんだけど、軽くてツバ広な帽子を選んだら、こんな組み合わせになっちゃったんだよね。


 それでも、かっこいい男の子がいるって、道端からヒソヒソ聞こえるんだけどね。うん、僕のこと言ってるんじゃないのは、わかってるよ……。


 僕はと言うと、地味だし、とっても小柄だし。あと五センチは身長が欲しいな〜……これじゃあ弟のオリバーにすら、数年後は背を追い抜かされちゃうんじゃないかって、最近すごく心配になってるんだ……。


 あ、荷物をいっぱい積んだ馬車が、道の半ばで立ち往生してる。原因は、確認しなくても猫だろうな〜。馬車を歩いて追い越しがてら、馬の目線の先を見てみたら、やっぱりだ。人が歩いてても、猫はおかまいなく寝っ転がってくるから、たまに大型動物の足さえも止めにかかってくる。


 でも、特に誰もムキにならないんだよね。腹立てる人は、他の国に引っ越しちゃうし。


「クリストファー様、本日のお買い物を一覧にまとめました。付け足される物がありましたら、遠慮なくお申し付けくださいませ」


「うん、わかったよ。たぶん、へんな物は買わないと思うけど」


 城下町は、いつでも穏やかでさ。僕の国は、とっても小さい田舎だけれど、周りを見回せば猫だらけで、子供も大人も、猫も、みんな一緒になって暮らしててさ、観光客の中には「不衛生だ〜!」なんて言う人もいるけど、そんなの今更かなって感じ。大量の猫との暮らしは、もはや国民の生活の一部と化してます。


 屋根の縁から猫が三匹、頭だけを覗かせて、いろんな色のビー玉みたいな目で僕らを見下ろしている。


 観光客の中には、こんなレビューをノートに書き置いてゆく人もいるよ。可愛いお店や、カラフルなテントを眺めたいのに、足元には猫がうろちょろ、建物の屋根でも猫がうろちょろ、どこに目をやればいいのか迷っちゃって、いつの間にか迷子にもなっちゃって、すごく疲れてしまう、でも猫ちゃんが可愛いから癒されてもいる……なんて矛盾だらけの思い出ができちゃうみたいだ。


 田舎なりに、そこそこ有名な地域なんだよ。猫が大切な観光資源にもなっているから、住民は猫の糞尿の始末を請け負うとか、不自然にケガの多い猫が出た場合は警察が動く、とか、猫と治安と観光資源を守るための法律も、たくさんあるんだよ。この国に来たばかりのベルジェイが、猫の法律を丸暗記しちゃって、ぶつぶつ言いながらおままごとしてたときは、びっくりしたなぁ。


 そのベルジェイが大きな国のお姫様だって知ったのは、つい最近のことで、しかもその国がうちの国に嫌がらせしてるんだってね。その理由が、ベルジェイは王位継承権の第一位だから帰ってきてほしいんだって。やれやれ、僕らに預かっておいてほしいのか、返してほしいのか、二つの派閥に苦しんでいるのがベルジェイの故郷の現状なんだ。


 それで今、僕はベルジェイと一緒に彼の故郷へ顔を出そうってことに決まったのさ。今日はその旅路の支度の買い出し。


 ハァ、なーんか大変なことになっちゃったな〜。心の中で、ため息を飲み込むこと十回以上。


 ティントラールとベルジェイに関する事が、全部が兄上の妄想ならいいのになぁと願って、自分なりに色々調べてみたら、出てくるわ出てくるわ、めんどくさい課題がザクザクと……。僕は今まで、これを見ないふりして生きてきたんだもんなぁ。悪気は無かったとはいえ、我ながらよくこんな状態で王族を名乗ってきたもんだ。


 ……こうして城下町を歩ける機会は、もう残り少ないのかと思うと、今日くらい君に隣りへ歩いていてほしいな〜って思うんだけど、相変わらず数歩後ろを歩いてるんだよな、僕の真面目な従者クンは。


「ベルジェイ、隣りに並ぼうよ。そのほうが話しやすいよ」


「いけません。この国を発つ最後の最後まで、貴方にはファンデル国の貴族らしく振る舞い、国民の目に凛々しく映るよう、意識した振る舞いを」


「君は、僕がかっこよく生きててほしいんだね」


「もちろんです。もしかしたら、クリストファー様は二度と祖国の土を踏めないのかもしれないのですから」


「ハハ、怖いこと言うな〜」


 茶化してみたけど、ベルジェイの顔は緩まなかった。僕のこと、本気で心配してるふうな、悲痛な顔してる。


「クリストファー様……私、刻一刻とこの国から貴方を奪ってしまう罪悪感で、胸が押しつぶされそうです」


「そ、そうなんだ? そこまで深刻にならなくていいよ。この国のことは、天才の兄上が父上と一緒にまとめるんだしさ、なんとかなるよ」


 兄上ならば、動物アレルギーが悪化した父上のことだって、きっと守り通せるって信じてるよ。根拠はないけど、あの兄上ならさらっとなんでもこなしちゃう気がする。いつもそうだったからね。


 ……ベルジェイについて、もう一つだけ、僕が個人的にすごく気になっていることが、あるんですけど。書いた翌朝に、すぐにベルジェイに直接渡しちゃった、恋文の話。


 それがさぁ……あれから返事どころか、なんの反応もないんだよー!!


 ベルジェイはとっても繊細な性格してるから、恋文に驚いて記憶からぶっ飛ばしちゃったのかな……。僕の勇気も、無かったことにされたんだろうか。


 今ここで話題にしていいものか。なんでも話し合ってきた仲だから、こんな日がくるなんて思ってもみなかったよ。


 隣りにも並んでくれないし、ひそひそと小声で聞き出すこともできないし――


「クリストファー様」


「うん?」


 振り向くと、ベルジェイがうつむき気味に赤面していた。あ、麦わら帽子の襟を、ぎゅっと握って表情を半分隠しちゃった。


「私、あの日に頂いたお手紙を、肌身離さず持っているんです」


 僕は何も飲んでいないのに吹き出した。


「ええ!? 今も!?」


「はい」


 今まさに話題にしようかどうか、猛烈に迷っていたタイミングで、コレだよ。本当に君ってヤツは、いつも僕をびっくりさせてくれる。


「お手紙の内容に、私は大変感動いたしました。たとえ私が生まれ故郷に戻ったとしても、いつもと変わらず強固に護衛し、この命に代えてもクリストファー様をお守りいたします!」


 いや、決意を新たにしてほしいんじゃなくて、手紙の内容の返事が欲しいんだけど……なぜいつも仕事に結び付けてしまうんだ、君は。


「アハハ、ありがとう、とっても頼もしいよ」


 ここは彼女を落ち着かせる方向でいこう。なんか、顔が真っ赤すぎてて、今にも倒れちゃいそうだから。


「そんなに力まなくたって、君の他にも兵は連れて行くんだから、大丈夫だよ」


「ですが、このような手紙を受け取った従者は、きっと私以外にいないのですもの……しっかりと勤めを果たしてゆきます」


 勤め? あの~、手紙の返事は、イエスかノーだけで答えられるはずなんだけどな……。イエスってことで、いいのかな。


 いったん、この話題は下げておくか……。気になるけどね。


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