案の定、牙城。

渡貫とゐち

牙城を崩せる、たった一人。

 三十代目前になって開かれた同窓会に出席してみると、全員ではないものの、小学生時代の友人が多く集まっていた。今でも繋がっている者もいれば、連絡がつかなくなって、二十年近くぶりに再会した友人もいる。


 男女共に。


 節目節目で会っている相手ならともかく、小学校を卒業してから先の面識がない相手だと、やはりがらりと変わってしまっている。


 見た目だけではない……性格までだ。


 あの時はあんなにも性格が暗かったのに……という印象が強い子は、遊び歩いてそうな見た目とコミュニケーション能力で場を仕切っていたり、あの時は病弱で休みがちだったあの子は、……この中でもいちばん体が大きく、筋肉がついていたり……――人は変わる。


 変わらないように見えている人間だって、どこかは変わっているのだから。


「なあなあ、あの可愛い子、誰なんだ?」


 地元の居酒屋だった。

 貸し切りにして同窓会を開いているのは、ここが友人の家だからである……。後を継ぐ、継がない――で、親と喧嘩をしていた時のことを思い出すと、今こうして立派に後を継いで店を仕切っている親友を見ると、成長したなあ、と思う。


 変わったなあ、と。


 遊び歩いていたあいつは、今や居酒屋の店長だ。


 顔も広く、地元でも有名な……、味というよりは人柄で勝負している居酒屋だったが。

 それが悪いとは思わない。


「誰って……宮本みやもとだろ」

「宮本? ……あの、宮本 詩音しおん……?」


「あの、って言われてもな……。小学生の時、入学から卒業まで一緒だっただろ。別に、教室の隅っこでじっとしているような暗い女の子でもなかったはずだけど……」


「まあ、覚えてはいるけどな……だけど、別人過ぎる。

 正直、言葉を選ばずに言うと、おれらの中で、代表するブスだったはずだぞ……? 太っていたし、話しかけるとすぐに泣くような女子だったはずだ……。それが、ああなったのか?」


「ちらっと聞いたら、雑誌のモデルをやってるんだってさ。

 いちばん変わったのは宮本かもしれないな――」


 小学生時代の彼女の姿を見れば、確かに今と過去が繋がらないだろう。

 小学生時代の彼女はちょっとふっくらしていて、メガネをかけていた。いつ見ても汗をかいているような女子で、当然、小学生の男子は彼女をからかっていた……――ブスだのキモいだの、好き放題、罵詈雑言を言っていた――まあ仕方ない。子供なんてそんなものだ。


 彼女は、心ない言葉に傷つき、泣くことが多かった。たぶん女子からもいじめられていたんじゃないだろうか……、彼女が誰かと親しくしているところを見た覚えがない……。

 俺の知らないところで仲良しの子がいたのかもしれないが、俺が知ることではなかった。


 それが、今は女子の輪の中心に立っている……、昔とは大違いの対応だな。


「めちゃくちゃ可愛いよな……清楚系というか、それでいて癒し系って感じだし……さっきからモテモテだぞ。口説こうとしてる男子が、だけどことごとく撃沈してるな……――そりゃそうか。あの可愛さなら、そりゃ彼氏くらいいるよな……」


「やっぱり言った通りだな」

「?」

「昔の話だよ」




 小学生の時、俺は男子からも女子からも質問された。


『どうして宮本に優しくするのか』


 ……その問いに、俺は首を傾げながら答えたものだ――「優しくしてるつもりはない」と。


 普通に接しているだけなのだ。

 攻撃する意味がない……そう、理由がない。


 見た目がブサイク? 性格が暗くて接しづらい?

 そんなもの、成長と共に変わっていくものだろう。


 見た目が太っているのは、成長に必要な栄養を取り込んでいるだけだ……性格が暗いのはまだ短い人生しか生きていないから、視野が狭いだけで……時間が経てばこれから変わっていくものである。今を見て判断し、未完成の相手を攻撃するのはもったいないだろう。


 たとえば。



「宮本がうんときれいになった時、たぶんからかっていたやつほど、手の平をくるっと返すんだと思う。未来がどうなるか分からないけど、もしも宮本がかわいくなった時、子供の頃にバカにしてたのに、見た目が変わったから近寄るのはなんか……ダサいじゃん」



 と、当時の俺は言っていた。

 覚えている……はっきりと。


 別に、可愛くなった宮本に、機会を見て口説くつもりだから――ではなく。


 もしも俺がそういう気持ちになった時、『子供の頃、からかっていたのに……』って周りに思われたくないから……――そういう理由がなかったとしても、単純に、宮本をからかう理由がないから、周りみたいにからかったりしないだけだ。


 話すことがあれば話すし、なにもなければ話すこともない……その程度である。


 その程度の関係性が、クラスメイトの、グループが違う者同士の距離感だろう?



 あれから二十年近くが経ち、宮本はクラス一……いや、学年一、綺麗(美人)になった。


 今や日本でも指折りかもしれない。

 ミスコンテストがあれば、良いところまでは順調に進む容姿を持っている……、たぶん、子供の頃に蓄えていた栄養が、身長や胸にいったのだろう……――贅肉がなくなった分、自然とスタイルが良くなったのだ。


 汗っかきも、代謝が良いと捉えれば、健康的だし。


「……なあ、宮本がさ……こっちを見てないか?」

「店長を呼んでるんじゃねえの?」


「いや、おれじゃないな……お前っぽい……まあ、それもそうか。

 お前は頑なに、子供の頃、宮本をからかうことをしなかったからなぁ」


 俺も俺で、ひねくれてた部分もあるからな……。


 みんながいくところへはいかない、みたいな面倒な部分もあった。


 偶然、それが宮本の件では、良い方向へ向かったわけだ。


「――久しぶり、伍代ごだいくん」


 女子の輪から出てきた宮本が近づいてくる。


「おう。…………人気者は大変だな」

「まあね。ほんと、大変なんだから……」


 否定しないな……、おどおどせずに乗ってきた。


 強くなったなあ……。

 宮本からすれば、いつの話をしてんだって感じだろうけど。


「モテて大変なんだけど……伍代くんにだけはモテないんだよね……どうしてだろう?」


 店長を肘で押しのけ、俺の対面に座る宮本。


 俺の目をじっと見つめ、「どうして?」と小首を傾げる。


「さあな。綺麗になったけど……、雑誌を開けば『どこにでもいるような』綺麗さだから……見慣れちゃって、魅力的には見えないのかもな」


「う、痛いところを突くよね……。『綺麗』、『可愛い』がある程度の形を持っているから、みんながそこを目指して、似たような顔に整えられるってことを言っているんでしょ?」


「可愛いも格好良いも、だいたいが数パターンに分けられるからな。美男美女図鑑があれば、ほとんど一緒の顔だろ。

 髪、服で、足並みが揃ってる……そういう容姿で突出した見た目は、もう天井なんだよ……突出したところでどうせ埋もれるんだ」


「なら、伍代くんはどういう子がお好みなの?」

「少なくとも、見た目でケチをつけたりはしないかな」


 月並みだけど、夢に向かって頑張っている姿だったり、他人には真似できない特技を持って、それを活かした功績を残していたり……

 常人では考え付かないようなぶっ飛んだ考えを持っていたりすると、魅力的かどうかはともかく、興味は湧くな――可愛くて綺麗なやつよりは百倍、俺は好きだ。


「雑誌でモデルをやってるって、さっき聞いた。だからちょっと検索してみたんだけど……アニメキャラのコスプレもやってるんだな」


「うん。でも……肌の露出が少ないロボットとかだよ……?」


 特撮もののロボットや怪獣の中身が、宮本らしい。


 綺麗な顔の無駄遣いだ、と言われそうだが、それでも、このコスプレに関しては見た目で評価するのは視野が狭い。

 作品愛が伝わってくるコスプレだった。人から教わった『にわか知識』では、ここまでの『らしさ』は出ない……、好きが生んだプロの作品だ。


「宮本のこの写真は、好きだな」


「…………ちょっと複雑、と思ったけど、でもやっぱり嬉しいかな……――良かった、ちゃんとファンも納得の出来だったんだね」


「コスプレの写真集はないの?」

「顔を出してるもの、ほとんどないと思うけど……作ったら、買ってくれる?」


「宮本の『顔』だから好きなんじゃない。宮本の『作品愛』が大きいから、好きになったんだ――顔が出ていようがいなかろうが、惚れた作品だ、買うよ」


「――分かった、今度、作って渡すね……」

「さんきゅ」


「じゃあ、」

「ん?」

「その時のために……連絡先、教えてくれる……?」


 彼女は今だけ、恋する乙女のコスプレをしていた。



 ―― 完 ――

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案の定、牙城。 渡貫とゐち @josho

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