最終回
「何気ない日常こそが最も素晴らしい宝物なんだよ!」
あれから数日後。
怪我から完全復帰したラン・フォンが薄い胸板を張りながら、今までの人生で一〇回は聞いたことがありそうな定番のセリフを述べた。
「と、いうわけで! 広報委員会の本分を思い出して、学内記事を作成しようーっ!」
その発言をうけて、夕凪がパチクリと瞬きをして口をあんぐりと開けた。
「そういえば、うちら広報委員会だった!」
「重要なこと忘れないでよ、委員長でしょ!」
「しかもうちが委員長だった!」
「それすらも忘れてたの!?」
日堂院スカラもまた瞬きをくりかえす。
「びっくりしました。幽霊委員会じゃなかったんですね」
「そうだよ!? いやまあ確かに最近あまり活動できてなかったけど」
ごほんとラン・フォンが咳払いして、改めてメンバー全員の顔を眺めた。
「とりあえず今日はみんなに学内記事のアイデアを出してもらおうと思います。で、いいアイデアがあったらそれを記事にしていこうかなって」
ふむ、と広報委員会のメンバーが難しそうな顔で考え込む。
最初に提案したのはラン・フォン自身だった。
「今回の室長の件について書くのはどうかな? 室長を拘束できたのってスカラちゃんの手柄だし! どうやって捕まえたのか、その経緯を書いてみるとか!」
「確かにそれバリ気になる! なんでスカラっち、アイツが潜伏者だって分かったの?」
その発言を受けて、スカラは大きく息を吸い込んだ。そして静かに吐き出す。
「それは……」
そして彼女は瞼を閉じて思考を巡らし、ぽつりとつぶやいた。
「全貌を語る前に、わたしは皆さんに謝らないといけません。すみません、わたしは嘘をついていました」
日堂院スカラは椅子に座ったまま深々と頭を下げた。
「わたしはスペースガールズ候補生ではありません。この学園の正式な生徒でもなく、能力も持ち合わせていません。わたしは潜伏者を見つけ出すために雇われた外部の諜報員で――この委員会に所属していたのは、みなさんが潜伏者の正体なのではないかと疑っていたからです」
机に額が付きそうなほど頭を下げた彼女は、しばらくの間、その姿勢を維持した。
夕凪、芳香、ラン・フォンの三名へと向かって頭を下げつづける。
それは何も深く反省しているから、という理由ではなかった。
ただ顔をあげるのが怖かったから。
もし嘘つきと非難されたらどうしよう、蔑まれた顔をされたらどうしよう、といった様々な不安が心のなかに渦巻いていた。
どうしても、目の前にいる三人にだけは嫌われたくなかった。
「それってさぁ……」
頭を下げたままのスカラへと夕凪の声が視界外から降り注ぐ。スカラはぎゅっと瞼を閉じる。
しかし、それに続いたのは予想外の言葉だった。
「バリカッコよくない!? え、スカラっちの正体って諜報員なの!? 誰にも内緒で、秘密の任務を繰り広げて、化け物を確保したの!? バリカッコいいじゃん!」
瞳をキラキラと輝かせながら、夕凪がスカラへと顔を近づける。
対するスカラは予想外の反応に戸惑い、言葉を発せずにいた。
そんな彼女へと芳香が告げる。
「よ、芳香も、スカラちゃんはすごいと思うな。もっと褒められるべき! 謝る必要なんてないよ!」
「我もそう思うよ。スカラちゃんは――みんなを守るために戦ったんだから」
芳香とラン・フォンの二名が優しく微笑みながら、日堂院スカラへと向かって手を伸ばす。
スカラは二人の手を取り、胸をなでおろしながら大きな笑顔を浮かべた。
「ありがとうございます、みなさん!」
その後、夕凪が淹れてくれたアイスティーを飲みながら、日堂院スカラはこの数か月間で繰り広げた活動と、室長を追い詰めるに至った確証について話した。
それらを話し終える頃にはアイスティーの中身は空になり、残った氷同士がカランと音を奏でた。随分といろいろ話したはずだが、飲み物があったおかげか日堂院スカラの喉は癒えていた。
ほんの少し眉を下げながら、彼女は語る。
「わたしはこの学園の生徒ではありません。一連の事件が終わった以上、ここに居続けることはできません。あと数週間ほどかけて室長に関する背後関係を調査し終えたら、この学園を去ります」
室長には未解決の怪しい点がいくつか存在する。
彼は本当に地球外生命体なのか?
彼に仲間はいないのか?
この任務を請け負った責任として、背後要因だけはしっかりと調査するつもりだった。
スカラの発言を受けて、芳香は猫背気味の背中をさらに縮こませた。
「あと数週間なんて……早すぎるよ。スカラちゃんと知り合ってまだ少ししか経ってないのに。もっと広報委員会の仲間として一緒に楽しみたかった……」
「芳香さん……」
「か、かくなる上は芳香の脇の匂いを嗅がせて、退学発言を撤回させるしか……」
「芳香さん」
ええ加減にせえよ、お前。
思わず殴りかかろうとしたスカラだったが、しかし、芳香の隣に座っていたラン・フォンの様子に気づいてぎょっと驚き、その拳を下ろした。
「す、ズガラぢゃん……っっ!」
ラン・フォンが可愛らしい顔を涙でぐちゃぐちゃに汚して、しゃっくりをあげながら泣いていた。スカラはすかさず彼に近づき、その頬を流れる涙を片手で掬う。
「ちょ、ちょっとそんなに泣かないでください、フォンさん」
「だっでぇ……!」
ボロボロと涙を流すラン・フォンをスカラはぎゅっと抱きしめた。
その様子を見て、夕凪が微笑ましそうな表情で頬杖をついた。
「まあまあ、フォンフォン。何も今生の別れってわけじゃないんだから。学園の外でならいつでも会えるし! ね? だからそんなに泣かない!」
悲しい雰囲気を払しょくするように、彼女がいたずらっぽい笑みを浮かべる。
「もっと明るい話しよ! えっとたしか学内新聞のアイデアを話してたんだよね? そうだなー、学内の恋愛事情を掲載するとかどう? 例えば、同級生を口説き落とす方法とか……ね、フォンフォン?」
意味深な視線を向けられたラン・フォンは思わず咽こみながら、スカラから体を離した。
「な、なんのことかな!?」
「もうー隠さなくていいって。フォンフォンとスカラっちって付き合ってるんでしょ? でも全然大丈夫だよ。今の時代、女の子同士なんてバリバリスタンダードだし!」
「ソ、ソダネ」
片言な発音で返答しながら、彼は思わず横を向いた。
――女の子同士。
傍から見れば、確かにそう認識されるだろう。
しかし実態は違う。ラン・フォンは女の子の格好をしているだけの歴とした男である。
「…………」
ラン・フォンの脳裏に、つい先ほど、自身の正体が諜報員であると暴露した日堂院スカラの姿が思い浮かぶ。
彼女は勇気をもって告白した。
ならば自分も勇気をもって、本当は男であると告白するべきではないのか。
きっとこの仲間たちなら、あるがままの自分を受け入れてくれると信じて。
「……よし」
意を決して、彼は自身の本当の性別を告げようと口を開きかける。
しかし、考えている間に間が空いてしまったせいで、それより先に芳香が話しはじめてしまった。
「芳香はアレについて記事を書きたいな。れ、例の百合人狼についてなんだけど」
「あーっ! あの、女の子しかいない学園に忍び込んだ女装男子を見つけ出して金玉蹴り上げるアレね!」
「うん、そうそう! 女の子しかいない学園に忍び込んだ女装男子を見つけ出して金玉蹴り上げるアレ!」
夕凪と芳香が楽しそうに、いかに女装男子に罰を与えるか話しはじめる。
「ひぇ……」
ラン・フォンの顔がみるみるうちに真っ青に変わっていく。
そんな彼へと夕凪が振り返った。
「あ、そうそう。フォンフォン、何か言いかけてたけど何を言おうとしたの?」
「ア、イエ、ナンデモナイデス……」
「?」
気まずそうにラン・フォンは顔をそらす。
スカラは彼へと向かって首を振った。そして『また今度みんなに話しましょう』とアイコンタクトで伝える。
こくこく、とラン・フォンがうなずいた。
流石にこの状況下で、本当は男だと告白するのはハードルが高かった。
そのとき、芳香が自身の手のひらをポンと叩いた。
「あ、そうだった。あのとき話し合った百合人狼だけど、設定しないといけない大切な役職を一つ忘れてたの。この役職があったほうが絶対盛り上がると思って」
その発言に対して、スカラは首をかしげる。
「大切な役職といいますと?」
「えっとね、本当は人間なんだけど自分が人狼だと誤解されてでも、本当の人狼を処刑から守りきれば勝利できる特殊な役職でね」
そして彼女は、役職名を告げた。
「――狂人っていうの」
その言葉を聞いて、スカラの瞳孔が大きく揺れた。
「……狂人? 自分が人狼だと誤解されてでも、本当の人狼を処刑から守りきれば勝利できる役職?」
スカラの脳裏に、室長と繰り広げた会話や彼と戦ったときの光景が一気に蘇る。
彼は本当に地球外生命体だったのか?
本当に、彼が潜伏者だったのか?
「あ、そういえば」
と、ラン・フォンが手を叩いた。
「狂人の説明を聞いて思い出したんだけど、我が襲われたときに室長が変なことを言ってたんだよね。ええっと確か、『BIOS細胞を無理やり人体に馴染ませた――この私と似通った経緯で生まれた実験体か!』って」
「……その発言は、生まれながらの地球外生命体であれば変な台詞ですね」
「もしかして室長さんって、誰かから力を分け与えてもらっただけの人間だったんじゃ」
「その可能性は捨てきれませんね」
苦々しい顔つきで歯噛みしながら、彼女は告げた。
「予定変更でごぜーます。本当は数週間かけて室長の背後関係を調査するつもりでしたが、もっと迅速に彼の調査を行う必要がありますね。本当は嫌だったんですが、こうなったら最終手段を使うしかねーようです」
「最終手段って?」
「決まってるでしょう」
首をかしげるラン・フォンへと、日堂院スカラは告げる。
「芳香さんの脇の匂いをかがせて、真実を訊き出すんでごぜーます」
「確かに効果的だけども! 最終手段がそれでいいのかなぁ!?」
「そうと決まれば急ぎましょう。室長はまだ学園内で軍事職員に拘束されたままです。移送されてない今が面会のチャンスです」
スカラは立ち上がると、広報委員会室と廊下をつなぐドアに手をかけた。
しかし、そこで彼女の動きがピタリと止まる。
彼女は振り返ると、まだテーブルの前に座ったままの夕凪、芳香、ラン・フォンの三名の顔を順番に眺めて、不思議そうに首をかしげた。
「どうしたんでごぜーます? 一緒に行きましょう。広報委員会はじまって以来の特大スクープを書くチャンスですよ?」
その発言を受けて、スカラ以外の三人は顔を見合わせて笑顔を浮かべた。
そして立ち上がり、スカラの背中を押しながら一緒に広報委員会室から出ていく。
「よーし、バリ最高の記事にしちゃお!」
「ふへ、芳香、頑張って洗いざらい吐かせるね……!」
「ついに広報委員会らしい仕事だね! 楽しみ!」
もしも、まだ真犯人がこの学園に潜んでいるとしたら。
当然、そいつを捕まえなければならないだろう。
その日まで、日堂院スカラの学園生活は終わらない。
SpaceWolf ~学園に忍び込んだ人狼を見つけ出せ~ 酒呑ひる猫 @sadahito_fuwa
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