ストーリー⑥ 処刑の時間

 看護棟へと降り立った室長は廊下を歩いていた。


 途中、夜勤中だった職員と出くわす。

 職員は悲鳴を上げて室長へ背を向けるように走り逃げる。


 しかし彼は追わない。

 体力を使いすぎていて走るのも億劫だった。


 彼の目的は、この棟のどこかにある輸血パックだった。


 それほど広い施設ではないため看護師室や医務室、倉庫あたりを探せば見つかるだろうと一つずつ部屋を覗いていく。


「究極の肉体を得たつもりだったのだが。超人的ではあっても完璧にはまだ遠いな」

廊下を歩いていた彼は、療養室の灯りが漏れていることに気づいた。扉を開ける。


 そこにいたのは、ベッドの上で上半身を起こしているラン・フォンだった。


「え、な、何者ですか?」

「ああ、良かった。どうせ飲むならまずい血よりも、新鮮な血のほうがいいからな」


 半獣半人のような姿になっている室長が歪んだ笑みを浮かべる。


 その異様なさまを見て、ランは怪我が治っていない身体を起き上がらせた。

 そして床の上に立って、目の前の化け物へと向かって拳を構える。


 その姿を見て、半獣の化け物は嘲笑うように口元を歪めた。


「無理をするな。点滴がいくつも刺さったそんな身体でどう戦うつもりだ?」

「できる限りのことはするよ。スペースガールズ見習いだからね」

「ほう」


 室長が腕を振るう。

 ランの腕に刺さった点滴のチューブが何本か抜けて血液が宙を舞った。


 室長はそれを手で掬い、長い舌で一舐めした。


「う、なんだこの味は……! 薬品漬けの牛肉、いや、下水道に巣食う魚のような不純物まみれの味! ぐえええ、そうかお前、実験体だったな! BIOS細胞を無理やり人体に馴染ませた男! この私と似通った経緯で生まれた異分子!」

「似通った? 我をお前と一緒にするな」


 ランが疑問を浮かべつつ拳を構える。

 しかし室長は何ら意に介することなくラン・フォンへと一歩歩み寄る。


「まあいい、舌には合わんが選り好みしている場合でもない。お前の血、頂くぞ!」


 そして彼がベッドへと向かって飛び跳ねる。


 その時、大きな声が響き渡った。


「ランさん、右へ避けてくださいっっ!」


 聞き馴染んだ声を受けて、ランは咄嗟に右側の壁へ身体を寄せる。


 次の瞬間、外から猛スピードで走行してきたトラックが療養室の外壁をぶち破って室内に突入してきた。数多の瓦礫や破片を生み出しながらトラックは勢いそのままに室長の身体を跳ね飛ばし、壁に叩きつける。


 トラックの運転席側の扉が開いた。

 そしてそこから、小柄な少女――日堂院スカラが降り立つ。


「建物の中にいればトラックに轢かれないとでも? 慢心してるてめーが悪いんでごぜーますよ」

「言う機会あった! その決め台詞!」


 思わずラン・フォンは突っ込みをいれる。

 そんな彼のもとへとスカラが駆け寄った。


「大丈夫でごぜーましたか、ランさん」

「うん、助かったよ。ありがとう、スカラちゃん」

「いえ、それほどでも……って、」


 スカラの視線がランの右腕で止まる。

 そこには室長によって点滴の針が抜かれたために血が滴っている姿があった。


 スカラは手のひらをぎゅっと握りしめる。そして壁に叩きつけられたまま座り込んでいる室長へと、努めて冷静な声音で語り掛けた。


「わたしはお金さえ貰えれば何でもする諜報員として生きてきました。大事なのはお金だけです。これまでチームを組んで任務に挑んだこともありましたが、メンバーが傷を負っても血を流してもわたしは何も思いませんでした。だって彼らを心配したところでお金になりませんから」


 頭部から血を流す室長が不愉快そうに眉をしかめた。


「……なんだ? 勝利を確信して、自分語りかね?」


 そう煽る室長へと、スカラは背中を見せながら冷静に告げる。


「でも別にそれで良かったんです。この世界は自己責任で生きていくもの。必要以上の馴れ合いや仲間意識なんて不要。でも、なぜでしょう?」


 スカラはそこで初めて背後を振り返り、怒りを瞳に込めながら室長を睨みつけた。


「わたしは今、腸が煮えくり返っています」

「はははは、今更、仲間ごっこに目覚めたか?」


 スカラを挑発するように室長は笑い声をあげる。


 しかし、そんな彼を無視してスカラはラン・フォンの手を握りしめた。

 そして二人で壁に空いた大穴から外へと退出する。


 二人は、看護棟から離れるようにして地面を歩いていく。

 その先には夕凪と芳香が待ち構えていた。


 久しぶりに四人が合流したところで、スカラは仲間たちの顔を順に見つめた。


「以前わたしは、この任務を人狼ゲームに例えました。わたしは人狼ゲームで大切なことは他人を疑い、嘘を暴くことだと思っていましたが……違いました。大切なのは、信頼する仲間を見つけることです」


 その発言を受けて、ラン・フォン、黒崎芳香、夕凪はキラキラとした瞳でスカラのことを見つめ返す。


「スカラっち……!」

「す、スカラちゃん!」

「スカラちゃん……!」


 しかしそれと並行して、看護棟のなかにいた室長が立ち上がった。


「仲間ごっこは勝手だが、喋りすぎだな。おかげでこの通り動けるまでに回復したぞ!」


 はははは、と笑い声をあげて再度逃走しようと試みる室長を一瞥もせずに、スカラは先ほどから続けている話の結論を述べた。


「まあゲームの話はさておき、現実の任務で大切なのは最後まで油断せず敵は容赦なく徹底的に、そして完膚なきまでに潰すことです。特に腹立たしい相手は」


 そして彼女は、懐から取り出した謎のスイッチを押した。


「わたしが用意していた銃火器――特に爆薬類ですが、ここに来るまでの間に全部そのトラックの荷台に積んでおきました」


 その言葉を合図に、看護棟が爆発した。


 どかーんという音とともに看護棟全体が吹き飛び、周囲にあった建物の窓が衝撃波によって全部割れた。でっかいきのこ型の煙が沸き起こる。


 なんかもう、ギャグマンガの爆発オチみたいな爆発だった。


 そして――跡形もなくなった看護棟跡地を眺めながら、ラン・フォンと黒崎芳香と夕凪はこのとんでもないオチを生み出した張本人の名を叫んだ。


「「「スカラちゃん!?!?!?」」」


 -------------


 それから数刻後。


 室長はゆっくりと瞼を開けた。

 そして周囲を見回す。


 場所は、グラウンドの中心部。


 即席で用意された簡素な鉄柱に室長の手足が拘束されていた。そしてそんな状態の彼を夕凪をはじめとした数百人近くの生徒たちが取り囲んで覗き見ていた。


「お、目が覚めたー? マジ幸運だったね、室長サン! この学園に回復系能力持ってる生徒がいっぱいいて。爆発後の姿を見たときは流石に死んだと思って焦ったけどねー」

「……ふん、悪趣味だな。なんだ、拷問か? 私は何の情報も吐かんぞ」

「あー違う違う、情報を吐かせようってわけじゃないよ? たださ、ほら」


 どこか照れくさそうに、それでいて楽しそうに夕凪は告げる。


「ほら、人狼ゲームだとさ、人狼が判明したらみんなで処刑しないとじゃん? だから、今からそれをしようと思って」

「処刑か、ならさっさと殺すがいい」


 彼は目を瞑った。

 大人しく頭を垂れる室長へと夕凪が優しく微笑む。


「安心して、命とか取らないから! そんなの後味悪いし! ただその代わりに――処刑として、アンタの金玉をここにいる生徒たちで一人一回蹴り上げていく予定だよ! うち、バリ優しいっしょ?」


 その発言を受けて、室長はゆっくりと周囲を見渡した。


 その場にいる生徒の数は、ゆうに一〇〇人を超えている。


 そこで初めて、これまで冷静だった室長の顔色が真っ青に染まった。


「いや、それは――死よりも恐ろしい罰だな」


 その日、野太い男の悲鳴が学園中に木霊し続けた。

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