ストーリー⑤ 正体判明

 その日の広報委員会が終わり、日堂院スカラは脳内で情報を整理した。


 この学園に潜入して一か月以上。


 その間に得た情報。

 そして、今日の会話から得た内容。


 それらを照らし合わせて、彼女は、確実におかしい矛盾点を一つ見つけた。


「ああ、なるほど。人狼は――テメー様でしたか」


 その矛盾点から、彼女は潜伏者の正体にたどり着いた。


 彼女の任務内容は、潜伏者を特定して室長に報告することだ。つまりあとはもう報告するだけで多額の報酬が貰える。


 しかし、それだけでは足りない。

 腸の煮えくり返っていた日堂院スカラは、一つの決断を下した。


「人狼は、わたしの手で処刑してやるです」


――――――――――


 そしてもろもろの準備を整えたスカラは、室長室を訪れた。


 床に手をついてプッシュアップをしていた室長は立ち上がると、スカラには視線を向けずに自身の腕の筋肉状態を確かめながら、めんどくさそうに問いを投げかけた。


「こんな夜更けに何の用だね?」

「人狼の正体がわかったので報告しにきたんでごぜーます」

「ほう、そうか。ついに判明したか!」


 スカラに背を向けて、室長が窓から学園を見下ろす。


「教えてくれ、この学園に入り込んだ潜伏者が一体誰であるのか」

「ええ、伝えますとも」


 そしてスカラは端的に告げた。


「テメェ様が、この学園に紛れ込んだ人狼です」


 背を向けていた室長の頭部へと向かってスカラは銃撃した。


 衝撃とともに銃弾が発射されて室長の頭部が粉々になる。


 教室の天井、壁、床の一面へと頭蓋の破片や脳漿、血液が飛び散った。

 地球外生命体の血液は青色か緑色だろうと勝手に予想していたのだが、その意に反して室長の血液は人間と遜色のない鮮やかな赤色だった。


 一瞬、間違って人間を殺してしまったか? と不安に駆られるが、すぐにそんな動揺は霧散した。


 顔面の半分以上――鼻から上を失った室長がゆっくりと振り返り、残された口蓋だけでにやりと笑ったのだ。


「見事だ。よくぞ見破ったな、日堂院スカラ。どうしてこの私が人狼だと分かった?」


 彼女は銃口を構えたまま、その質問に答える。


「いいでしょう、教えてあげますですよ。どうやってこの広い学園からテメェ様を見つけ出したのか」


 そして彼女は回顧する。


 昨日の夜。

 日堂院スカラは学生寮を見張っていたが、その日は人の動きが少なく、教員は誰も出入りしていなかった。もちろん、室長が学生寮付近を歩いている姿も見なかった。

 しかし、今日の広報委員会にて、夕凪はこう言った。


『昨日は室長にマーカーつけてたんだけど、なんと深夜に学生寮を訪れていて……』


 ありえないのだ。


 夕凪の発言は、スカラが学生寮付近で観察した記憶と相反する。


 しかし、たった一つだけこの矛盾を解消する仮説が存在する。

 それは、室長が人狼であり、なおかつ透明化の能力を使っていた場合だ。


 それにより夕凪のマーカーは正常に作動していたが、スカラは室長を視認することができなかった。


「ほう、良い推理だ。しかしそれだけを根拠にいきなり頭を撃ち抜くのは物騒すぎやしないかね?」

「まあ仮に人狼じゃなかったとしても、わたしはテメェ様の態度が前から気に喰わなかったんで死んでも構わないですし」

「くくく、イカれているな」


 実際にはその仮説に気づいた後、室長の過去情報を漁ったり、これまでの行動の裏取りをして確証が得られたから頭を打ち抜いたわけだが。

 それはさておき。


 破損していた頭部が完全に再生した室長が、余裕を口元に浮かべながら告げる。


「私は君に、人狼を見つけ出すのが仕事だと頼んだはずだが。早まって手を出したは良いものの、ここからどうするつもりかね? この通り、私は死んでいないぞ」

「ふっ、この私がこのような事態を想定していなかったとでも? 一流の諜報員はあらゆる事態を想定して策を巡らせるものです。――コード・ゼータ! 起動!」


 そしてスカラは、勢いよく窓の外を指さした。


「っ、一体何を――――」


 彼女が指さした方向へと向かって、室長が背後を振り返る。


 その隙に、スカラは猛ダッシュで扉を開けて廊下に飛びだした。

 そして走りながら叫ぶ。


「誰かーっ! 助けてくださーいっっ!」


 やばいやばいやばい。


 頭を銃でぶち抜いても死なないなんて想定してなかった。

 いやまさかアレで死なないなんて思わないじゃん?


 一撃で仕留める予定だったから、その後の準備なんて何もしてない。


 冷静な演技しながら『コード・ゼータ! 起動!』とか適当なこと言って、相手の注意を逸らした隙に逃げるのが精いっぱいだった。


「誰かー! 誰かいませんか、助けてー!」


 これでもかというほどの大声で叫びながらスカラは走る。


 みっともない? 関係ない。

 あんな奴に勝てるわけもないので、今はとにかく逃げて安全地帯に行くのが得策なのだ。


 つまり今行っている行動は、世界で最も賢い行動である。


 とにかく人が多い場所に行くべきだろうと判断して、スカラは学生寮を目指して夜道を走る。一流の諜報員は逃げる速度も速い。スカラもまた逃げ足の速さには自信があった。


 しかし。


「ただの一般人ごときが、鍛え上げられた私の肉体から逃げられるとでも思ったか?」


 そんな声が前方から聞こえて彼女は顔をあげた。


 そこには息一つ乱れていない室長が立っていた。

 全速力で走ったのにまったく引き離せていないどころか、先回りされていた。


「筋肉は全てを解決する。貴様の脆弱な筋肉でこの私から逃げられるわけがない」

「うるせェんですよ、この筋肉バカ」


 強気に罵倒しながらも、スカラの頬は引き攣っていた。


 この場から逃げ出す妙案を必死に脳内で考えながら、彼女は会話を続けた。


「どうして私をこの学園に呼んだんです? テメェ様としては、調査なんてして欲しくなかったでしょうに」

「学園で事件が起きているのに何の対策もなしでは怪しまれるだろう? 世界宇宙防衛機関の上層部へ対策を練っているとアピールするために呼んだにすぎん」

「なるほど、利には適っていますですね。でも、それなら私よりもっと無能な諜報員を呼ぶべきでした。それなら正体を見破られることもなかったでしょうに」

「貴様も十分に無能だと思うが?」


 室長の右手が狼のように巨大化する。


「私の正体を見破ったのなら、まずは仲間を集めるべきだった。私に一人で挑むべきではなかった。慢心と、仲間を軽視する意識があったためにこのような状況を生んだのだ」

「……正論振りかざす大人は嫌われますよ?」


 認めよう。正論だ。

 少なくとも、以前、室長の爪によって攻撃された時よりも手痛い言葉だった。


「では、説教はこのぐらいにして。とどめを刺すとしよう」


 強靭な爪が生えた室長の腕が迫り来る。


 もうだめか。


 そう思ったとき、聞き慣れた大声が聞こえた。


「ちょっと待つしーっ!」


 そんな声と共に横から突っ込んできたトラックによって、室長の身体が跳ね飛ばされた。


 フロントガラスが粉々になりその破片が周囲に散乱し、また室長の身体から飛び出た大量の血痕やよくわからない部位の肉片が辺り一面を濡らした。


 完全に事故現場だった。


「えぇ……」


 ドン引きする日堂院スカラ。

 そんな彼女の目の前に、フロントが大きく凹んだ血まみれのトラックの運転席から一人の少女が現れる。それは、見慣れた頼れるギャル――夕凪だった。


「大丈夫だった、スカラっち? うちの能力でスカラっちを追跡してたら、急に動き出して――何かから逃げてるっぽい感じだったから、急いでやってきたんだ」

「勝手に追跡するのはやめてほしいところですが。それはさておき」


 夕凪が伸ばしてくれた手をつかみながら、スカラは問いかけた。


「どうしてわたしのために、わざわざ」

「どうしてって……仲間を助けに来るのは、当然のことっしょ?」


 夕凪が屈託のない笑みを向ける。


「……仲間」


 スカラは小さくそうつぶやいた。


 それと並行して、夕凪の顔色が見る見るうちに青ざめていく。


「ところで、スカラっちが襲われてるっぽい姿が目に入って思わずトラックで轢いちゃったけど、あれって室長だったよね!? うち、人殺しちゃった!? 捕まる!?」

「思わずで人を撥ねる度胸はやべーですが。とりあえず、その心配には及ばねーと思います」


 彼女が視線を向けると、遠く離れた地点に跳ね飛ばされた室長がちょうど立ち上がったところだった。全身から出血していて四肢があらぬ方向に曲がっているが、徐々に元通りの姿に回復していく。


「え、やば! あんなのに襲われてたの!?」

「思ったよりやばい状況だと分かってもらえましたか」


 そんな軽口を叩きあう少女二人へと、室長は煩わしそうな視線を向けた。


「人数が増えたか。仕方あるまい、二人とも処分するとしよう」


 その言葉を合図にして、室長の身体が背景色と同化していった。

 透明化能力。

 それを目の当たりにして、夕凪の目つきがいつになく真剣なものへと変貌した。


「身体変化、超回復、透明化――。そんなにもいっぱい能力を持ってる能力者なんて聞いたことないんだけど。室長サンって一体何者なの?」

「ふむ、そうか。ただの生徒は私の正体を知らんのだったな」


 透明な状態のまま室長は宣言した。


「数か月前からこの学園で発生している事件の首謀者。そして――地球外生命体。私は、貴様らが殺そうとしている、この惑星の侵略者だよ」


 人類の天敵。

 それが今、目の前にいる。


 本来ならば足元が竦むような内容だったが、しかし、室長の発言をうけて夕凪はにやりと口角をあげた。


 それはまるで愉快な玩具を見つけた子供のように。

 あるいは獲物を見つけたハイエナのように。


「へぇ、なるほど。じゃあ、室長サン相手なら何してもOKなんだ」


 そして彼女はいつも着ている白衣をバッと翻しながら、高らかに叫んだ。


「芳香ん――っっ! 遠慮しなくていいから、コイツ生け捕りにしてーっ!」


 その大声に対して、いつの間にか校庭のベンチに座っていた黒崎芳香が返答した。


「任せて、夕凪ちゃん。よ、芳香の本領、見せちゃうぞ~」


 握りしめた手を弱弱しく天に掲げながら、黒崎芳香は告げる。


「というわけで、みんな……芳香のために頑張ってくれると嬉しいな」


 そして彼女は、まるで天使かと見間違うような美しいほほ笑みを浮かべた。あまりにも美しいその表情にスカラは一瞬ドキッとするが、しかしその微笑みはスカラに向けられたものではなかった。

 その微笑みは、芳香が握る小型携帯端末――そのカメラ部分へと向けられていた。


 やがて異変が生じる。


 ドドドド……という地響きのような音が三六〇度から響き渡り、次の瞬間、学生寮や教員宿舎の方向から数百人にのぼる人間が続々と姿を見せて、一心不乱に走り寄ってくる。


『芳香ちゃーん! 配信見たよーっ!』

『芳香様のためなら早朝でも深夜でも駆けつけます!』

『芳香様のご命令とあれば!』

『芳香ちゃんがこっち見てる!? 夢じゃない? 頑張らないと!』

『芳香ちゃん困らせてるのはどこのどいつだ、゛オ゛オ゛ン!?』


 男女問わず、老若問わず、学生も教員も全員が瞳孔ガン開きで走りながらそう叫んでいた。


「いや、ええ……こっわ……」


 あまりにも異様な光景を受けて、スカラは恐怖で身を震わせた。


 走ってきた芳香ファンの一人が『ペイント!』と叫んだ。

 透明化していた室長の身体がオレンジ色にペイントされて位置が丸わかりになる。


 それを合図に、参加者が続々と攻撃を始めた。


 攻撃系の能力を有する生徒は次々に能力を放ち、能力を持たない教職員たちは各自連携を取りながら化学薬品をぶっかけたり武器庫から銃を持ってきて室長へと攻撃を加えていく。


 凄まじい爆音と、攻撃の連鎖。


 正直、何が起こっているのか視認できないほどの惨状を見つめながら、スカラと夕凪は感想を述べあう。


「汚ねぇ花火みたいですね」

「だねー」


 そんな会話をしている間に、芳香が二人のもとへと合流した。


「あの、芳香さん。これは一体……」

「えっと、あの、前に、わたしが能力の説明で嘘を吐いたって言ったの覚えてるかな?」

「ああ、言ってましたね」

「前に説明したときは男の子なら五分、女の子なら一〇分間、芳香の匂いを嗅ぎ続けると一生芳香なしじゃ生きられなくなるって言ったけど……本当の能力は、男女関係なく芳香の匂いを一〇秒間嗅ぎ続けたら一生芳香の頼みを断れない身体になっちゃう、なの」

「凶悪過ぎる!」


 日堂院スカラは叫んだ。


 え、いや、あれ? 室長よりも先にこいつ殺したほうがいいんじゃねーですか?

 というか、広報委員会のメンバーも能力の影響下にあるのでは?


 いろいろ思考して焦るスカラ。

 そんな彼女の様子を見て芳香は寂しそうに微笑んだ。


「あはは、やっぱり、怖いよね。ごめんなさい。あ、でも安心して。皆には能力を使ってお願いしたりなんかしないし……みんながそれでも怖がるなら、わたしは、もう広報委員会に顔を出さないから」


 ああ、そうか。

 能力の説明で嘘をついていたのは……。


 スカラは少しだけ反省して、芳香へと視線を合わせた。


「芳香さん。まずはアイツを倒しましょう。これからのことを話すのはその後です」

「…………うん、そうだね!」


 そして彼女たちは、なおも大勢の人間から攻撃を加えられ続けている室長を見つめた。


 回復能力のせいでまだ死んではいないが、徐々にその回復速度が落ちているようで動きが鈍っていた。やや時間をおいて、ついに彼の透明化の能力が解除された。


「血を失いすぎたか」


 そう告げると彼は両脚を人狼のような強靭な足に変化させた。大きな脚をバネのように伸縮させて校舎の屋上へと飛び退く。そして彼はスカラを見下ろした。


「これほどまでに多くの人間に姿が露呈したからにはもうこの学園にはいられん。退散して、今までに生徒から採取したDNAだけでも持ち帰るとしよう。しかし、その前に」


 室長は校舎の屋上から、看護棟へと向かって目線を細めた。


「血を摂取して、回復する必要があるな」


 そして彼が駆け出す。

 その様子を見て、夕凪が声を上げた。


「まずいよ、あっちにはフォンフォンが!」

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