日常回④ 秘密の共有

「秘密を共有しようじゃねーですか」


 翌日、日堂院スカラは真摯な瞳とともに話を切り出した。


 それに対して、コンシーラーで目元の隈を丁寧に覆い隠した夕凪が、どこか眠そうな声音で問いかけた。


「秘密?」

「そうでごぜーます。私の母がよく言っていました。秘密を共有すればするほど仲間同士の結束は高まるのだと」

「おお~いいね! そういうのめっちゃ好きだよ!」


 夕凪のその発言をうけて、芳香が箱を取り出した。


「じゃあ前回みたいに『聞いてみたい秘密』をお題として各々で書いて、この箱のなかに入れて一枚ずつ引いていくってどうかな? ……今日はいつもと違って三人で、だけど」


 伏し目がちに芳香がそう告げた。


 彼女の言う通り、今日の広報委員会室には三人しかない。

 昨夜、ラン・フォンはスカラを庇って負傷した。幸いなことに命に別状はなく容態も安定しているものの――数日間は入院が必要とのことで、今は学園内に併設された看護棟にて療養生活を送っている。


 その事実は夕凪と芳香も知っているようで、夕凪がいつになく優しい表情で告げた。


「そだね。今日はいつもと違うけど、でもだからこそ、なるべくいつも通り過ごそう」


 必要以上に気にする必要はない――それは、昨夜、現場にいた日堂院スカラへと向けた夕凪からの気遣いも含まれていただろう。

 必要以上に気負いする必要はないのだ、と。


 そして各々が紙にお題を書いていく。

 書き終わったところで箱のなかに紙を入れてシャッフルしたのちに、夕凪がさっそく一枚取り出し、あくびを噛み殺しながら告げた。


「最初のお題は、『一番感じる性感帯はどこ?』だよ」

「ちょっと一旦止めますね」


 日堂院スカラは黒崎芳香の頭を叩いた。


「てめー様の辞書には『空気』とか『雰囲気』って言葉はねーんですか!? 歪みなくド下ネタ使ってるんじゃねーですよ!?」

「え、え、だって、夕凪ちゃんがなるべくいつも通り過ごそうって」


 殴られた頭を抑えながら、助けを求めるように目元に涙を浮かべて芳香が夕凪のことを見つめる。夕凪が呆れ顔とともに芳香の肩に手を置いた。


「確かにそう言ったけど、限度ってものがあるんだよ、芳香ん」


 閑話休題。


「まあそれはそれとして、順番に性感帯を答えていこう~!」


 芳香が右腕を掲げて意気揚々と宣言した。

 どうやらどうしてもこのお題をやりたいらしい。


「芳香の性感帯はね~、なんとお腹だよ! くひ、予想外だったでしょ?」


 夕凪とスカラが口を開く。


「耳」

「口。はい、全員言いましたね。では次のお題に行きましょう」

「もっと会話を広げてほしかったな!?」


 何やら芳香がショックを受けているが無視して、次の紙を引くためにスカラは箱のなかに手を入れる。毎回毎回下ネタのお題に付き合うわけにはいかないのだ。


 取り出した紙に書かれたお題をスカラは読み上げた。


「おっとわたしが書いたお題でごぜーますね。『夜に毎日してることはある?』です」

「スカラちゃんの質問もドスケベじゃん!」

「そういう意味で書いたわけじゃねーです!」


 確かに、話の流れ的に怪しい質問みたいになってしまったけれど!


 このお題を書いた理由は、各々が夜に行っている習慣を聞き出し――その説明に怪しい点がないかを見定めて、潜伏者を炙り出す考察材料にしたいからだった。


 金色の髪を指先でくるくると回しながら、夕凪は唇を尖らせる。


「うーん、毎日、夜にしてることか。入浴とか夕食だと流石につまらないし、それ以外だと……あーアレかな」


 そして彼女は人差し指を口元にあてて、可愛らしく首を傾げた。


「その辺にいた生徒・教師にマーカーをつけて、夜の行動を追跡観察」


「やっぱりストーカー行為してるじゃねーですか!」

「失礼な、ストーカーとは違うし! 毎日、違う人にマーカーつけてるから、正確に言うと無差別人間観察だし!」

「それはそれでたちが悪いです!」


 無差別人間観察。

 おそらくだが、七文字の趣味のなかで最も恐ろしいものに違いない。


「いやー、これが結構面白いんだよね。周囲に隠しながら密会してる人とか結構いてね、生徒と教師の禁断の関係性が判明したり……。昨日は室長にマーカーつけてたんだけど、なんと深夜に学生寮を訪れていて。アレはきっと生徒と逢引きしようと――」

「よくない趣味でごぜーますよ、それ! あと、だから今日はそんなにも眠そうだったんですね!」


 なぜか今日の夕凪は目元の隈がひどかったり、あくびを噛み殺したりしているなと思ったら、まさかそんな理由とは。


 日堂院スカラはやれやれと首を振りつつ夕凪へと告げた。


「それはさておき、室長の件はあとで詳細教えてくださいです」


 上手く脅せば金になりそうなので。


 稼げるチャンスは逃さない――それが日堂院スカラの美学だった。


 夕凪の夜の日課が判明したところで、次は芳香のターンとなる。美しい黒髪を揺らしながら彼女は思案するように宙へと視線を向けた。


「芳香の場合はそんなに面白い内容ないなー。ゲーム部の人とチャットしながらオンラインゲームしたりするぐらいかなぁ」

「ああ、芳香さんはゲーム部にも所属しているんでしたっけ」


 この学園においては委員会と部活のかけ持ちや、複数部活の兼部が認められている。基本的に閉鎖的な環境であるためストレスが溜まりやすく、その解消をするために複数の部活を兼務して学園生活を謳歌している生徒も少なくない。


「うん、そうなの。FPSをよくやるんだけどね、凄いんだよ! 芳香、今までに一度もキルされたことないの!」

「今までに一度もですか。わたしはあまりゲームに馴染みがねーんですが、かなり凄い偉業だってことはわかります。ゲームがお得意なんですね」

「芳香ほどの腕前になると、『ヘルプみ~><』ってチャットするだけで何もしなくても仲間が敵を倒してくれるし、芳香がダメージを受けると仲間がすぐに回復してくれるの!」

「典型的な姫プレイ」

「ゲームするときは一緒に配信もしてるんだけど、みんな『上手い』『うまい!』『うまい』って褒めてくれるんだよ~、にぇへへ。試合に勝ったら『すごかったよ!』『ご褒美だよ、五万円』『これでもっと強くなって! 二万円』ってスパチャもくれるし」

「うーん、世の中って理不尽でごぜーますね」


 よくわからないけど、一回全てをゼロにしてからやり直す必要がある気がする。

 人類史を。


 魔王的思考に陥ったスカラへと、夕凪が質問を投げかけた。


「で? スカラっちの夜の日課は?」

「そうですね……面白味のない答えかもしれませんが、紅茶を淹れるのにハマ」

「違うよね?」


 薄っすらとした微笑みをたたえて、夕凪が静かにスカラのことを見つめる。


「隠してること、あるよね? やってること、あるよね?」

「…………」


 日堂院スカラは押し黙った。


 もしかしてバレているのだろうか? 夜な夜な行っている調査活動が。

 だとしたら一体どこまで。


 深夜に学生寮を見張っていること? 

 それとも銃火器の準備を整えていること? 

 それとも、あなたたちを疑っているということまでも――。


 冷や汗をかいて思わず生唾を飲み込んだ彼女へと、夕凪が短い言葉を投げかけた。


「夜中の一〇時」

「…………」

「火曜日、水曜日、金曜日、土曜日、日曜日」


 ……あ、これやばいやつだ。


「合図は、日中、広報委員会の打合せ中に左肩を軽く触ること」


 ダラダラと冷や汗を流すスカラへと、夕凪は決定的な言葉を告げた。


「フォンフォンの部屋で、毎夜、三時間」

「うわあああああああああああああああああああっっっ!」


 日堂院スカラは発狂した。


 あああああああああああああああああああああああ。


「いやー流石に週五は多すぎでしょ。凄いよねー二人とも」


 にやりと笑う夕凪に対して、何も知らない芳香が不思議そうな表情を浮かべる。


「え、え、二人とも何の話なの?」

「一応、芳香んにはまだ秘密かな。二人が話し出すのを待とうね~」


 床を転がるスカラへと、夕凪が笑顔を浮かべながら告げた。


「どう? 面白い趣味でしょ、無差別人間観察」


 ――――― 

 発狂し続けて数十分が経過し、ようやく落ち着いたところで夕凪が箱から紙を一枚取り出した。


「お、次はうちのお題だ。『今までの会話で嘘を吐いたことある?』だよ」


 それに対して、スカラは首を傾げた。


「えーっと、今までの会話というと?」

「この広報委員会で行った今までの会話で、うちらに嘘を吐いたことがあるかってこと!あ、ちなみに嘘をついたことあるなら、どの発言が嘘だったのかも言って貰うから!」

「ほう、面白ぇーですね」


 もしかするとこのお題を掘り下げることで、人狼の正体に近づけるかも知れない。


 スカラは人差し指を立てた。


「せっかくなので、一つ条件を追加しましょう」

「条件っていうと?」

「ずばり、今回の証言で嘘をついてはならない、です」


 この条件を追加することで『嘘をついていない』という嘘をつくことを禁ずる。それによってよりゲーム性が高まり、なおかつ潜伏者を追い詰めるための有益な証言を得ることができる可能性も高まる。


「お二人には、わたしの目を見ながら証言してもらうです。嘘をついても、わたしの能力――『真実を見破る』能力で見破っちまいますので、ご承知おきを」


 まあ、その能力自体が大嘘なのだが。

 しかしプレッシャーをかける材料にはなるだろう。


「ほうほう、いいねぇ」


 にやりと楽しそうに夕凪が頬を緩めた。そして彼女は堂々と胸を張って宣言する。


「じゃあ、うちから証言しようかな。うちはこれまでの会話で嘘を吐いたことは一度もないよ」

「本当ですか?」


 スカラは夕凪の瞳を真正面から覗き込んだ。しばしの間じっと見つめるが、夕凪の瞳孔は一切揺らがなかった。眉が動くこともなく、額や首筋に汗が浮かんでいる様子もない。

 嘘の兆候は一切見られない。


「……もしその証言が嘘なら、芳香さんの脇の匂いを嗅いでもらいますが」

「それはバリ嫌なんだけど!」


 プレッシャーをかけて揺さぶってみたものの、嫌がる素振りは見せたが嘘をついている兆候は見られない。


「どうやら本当のようですね。わたしの能力でもオーラに変化は見られませんでした」


 これ以上の追及は諦めて、日堂院スカラは黒崎芳香へと視線を動かした。

 それを合図に、黒崎芳香は平然とした表情で返答する。


「芳香は嘘をついたことあるよ。んと例えば、能力の説明のときとかに」


 彼女は悪びれた様子もなく淡々と告げる。


 その態度にスカラは少しだけ驚きつつ、もう少し材料を引き出そうと無意識のうちに椅子を前へと引っ張り、座りなおした。


「例えばと言うことは、それ以外にも?」

「え、うん。……あ、その、大した嘘じゃないよ? 場を盛り上げるためにちょっとだけ嘘を混ぜて話を盛っちゃうとか、そういうの。本当はよくないってわかってるんだけど……配信してるときにリスナーを盛り上げたいと思ってつい嘘ついちゃったりして。それが悪い癖になっちゃってるみたい……」

「ああ、なるほど」


 それなら確かに、あるだろう。


 別に悪意を持っているわけじゃなくとも、日常会話を盛り上げるためによく行われる行為だ。スカラ自身にもこれまでの人生で何回か経験がある。


「ちなみに、能力の説明では一体どういう嘘をついていたんです?」

「それは、恥ずかしいから秘密! そこまで話せとは言われてないもん!」


 芳香は立ち上がると両腕を胸の前で交差させて大きな×マークを描いた。どうやらこれ以上は語るつもりがないらしい。


 もう少し深堀りしたいという歯痒さを感じつつも、確かに彼女の言う通り、嘘の詳細まで話さないといけないルールではなかったな、と判断した日堂院スカラはこれ以上追及することはやめて、いつの間にか椅子から少し浮かしていた腰を座面へと下ろした。


 そして、夕凪と芳香の証言について思案しようと口元に手を近づけたとき、夕凪が立ち上がって瞳を輝かせながら日堂院スカラへと顔を近づけた。


「で、スカラっちはー? 何か嘘ついたことあるのー?」

「ああ、わたしは……」


 適当なことを言ってしまおうと口を開きかけて、そして、そこで言葉が詰まった。


 別に、何ということはない。


 日堂院スカラが何を証言したとしても、それを嘘か真か見破る者はいない。


 だから適当なことを言ってしまえばいい。異世界転生したらスローライフを送りたいと以前発言したが、本当は悪役令嬢になって学園生活謳歌したかったとか。


 でも、言葉が出てこなかった。

 いや正確に言えば、心のどこかが『本当はスパイなんです』と自白しろ、と訴えかけてきていて、それを押しとどめるのに精いっぱいだった。


 なぜ、正直に答えようとしているのか。

 正体を明かしたところで得などないというのに。


 こんな感情を味わったことがない日堂院スカラは動揺していた。

 目線が左右に動き、必要以上に喉が渇いた。


「わたしは」


 カラカラに乾燥した舌を動かして日堂院スカラは言葉をひねり出す。


「わたしは嘘をついたことがあります。むしろ今も昔も嘘ばっかりです。……例えば今、平静を装っていますが、これも嘘です。本当は――今日、目が覚めた瞬間からずっと腸が煮えくり返っています」


 まだ正体は明かせない。


 でも、これだけは正直に言える。

 この感情だけは、真実だった。


「わたしは、わたしの大切なファンさんを傷つけた潜伏者を――一刻も早くぶちのめしてーです」

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