第11話  オウカと指輪と謎の爆発 ― エピローグ

「ぷはーーーっ、やっぱりこれよね!」



 シンの店のいつもの席で、私はジョッキを傾けエールを喉に流し込んでいた。



「おい勝手に、しかも開店前に飲むなよ」


「いいじゃん減るもんじゃないし」


「いや、減るから!」



 苦笑を浮かべ突っ込むシン。笑顔を返す私。



 あの騒ぎからしばらくが過ぎ、私たちはようやく平穏な日常を取り戻していた。



 …………

 ……



「姉さん、貴女には王座を降りていただきます」



 あの日、そう言い放ったヴィオ。



「は? どういうこと!?」


「貴女は長年魔王としてニグラス魔帝国を纏め上げ、立派すぎるほど務めてこられました。過去に比べ国内の問題は少なく、戦中ではありますが民は幸せそうです。しかし、この状況に不満を抱えている者もいます」


「不満? ヴィオのこと?」


「いえ、私は現状に心から満足しています。不満を抱えているのは姉上、貴女自身です」



 …………

 ……



 頼りない弟だけど、どうやら私が魔王の職務に嫌気が差していたことに気づいていたらしい。


 国内は安定し今回の騒ぎの影響含め派閥競争も落ち着く様子を見せた今、そろそろ引退して好きなように過ごして欲しいという提案だった。


 彼には既に息子がいていずれ王座を……という打算もなくはないが、ヴィオ自身が王座に着きたいとか、息子をなんとしても王にとかではなく、なにより姉である私への想いだそうだ。


 あれだけ喧嘩をしていたのに、どれだけ姉想いなんだか。お姉ちゃん、ちょっと照れちゃう。



 そんなヴィオから私に、二つの選択肢が提示された。


 ひとつは先王としてニグラス魔帝国内に残り、半隠居の立場で弟の政務を手伝うということ。


 もうひとつは、政務から完全に手を引き好きに生きるという、なんとも魅力的な内容だった。



 依然人類連合との戦が続いている状況で王を退き、民を放っておいて好きに生きるなんて許されはしないだろうけど、ヴィオに「早くに退いた父上に代わり長く魔王を務めてこられた。もう十分頑張ったのでは」と説得された。


 少し子供っぽいところもあるが弟の政務能力については疑うべくもなく、十分すぎるくらいに魔王を務めてくれるだろう。


 ヴィオのみならずシンにも説得され、正直なところ私自身引き際を探っていた部分もある。

 少しわがままな気もするけど、私は弟の申し出を飲むことにした。ただし。



「ひとつ条件があるわ」


「条件ですか? ええ、なんでもお聞きしましょう」


「私を……魔王キルシュを殺しなさい」



 私は勇者、聖女との戦いの果て相打ちとなり戦死。

 死に際に駆けつけた弟は私から王座を渡され、その証となる神剣ヘスペレトゥーサを引き継いだ……というシナリオだ。


 随分と渋い顔をされたが、私のためという言葉に嘘はなかったようで、でもやっぱり渋い顔で受け入れてくれた。

 ちなみに神剣ヘスペレトゥーサについては本当に引き継ぎ、弟の手に渡っている。



 そして魔王キルシュは死に、私は魔王の座から完全に退いた。



 ◇ ◇ ◇



 夕刻の開店時間とともにガラガラっと引き戸が鳴る。


 ずいぶんと早い客だなと思い迎えに出れば、常連の “おっさん” がニコニコ顔で立っていた。



「オウカ嬢、今日も変わらず麗しいな。“カッポウギ” とやらもずいぶんと馴染んだのではないか?」


「おっさんが来ない間も働いてますからね。シン、お通し三人分。あとオススメも」


「ああ」



 私は氷冷庫から冷えたジョッキを取り出してエールをぎ、おっさんといつも一緒に来る “あんちゃん” に渡す。


 実はこの人は王国騎士団長らしい。ぶっきらぼうだけど実は甘いものが好きなのだとか。


 同時にますと、その中にグラスを入れて、カウンターに座るおっさんの前に置く。そして氷冷庫から取り出した日本酒の瓶を傾けた。



「もっきり、お注ぎしますねー」


「おおっ、こぼれるこぼれる! む、見事ギリギリだな」


「どうぞ」



 おっさんはグラスを持ち上げて、嬉しそうに口をつける。



「オウカ嬢に注がれると、一層美味い気がするな」


「あら、お上手ですね。でもサービスはしませんよ?」


「それは残念だ」


「で、なぜご一緒なのですか……



 ビクッと震えるのは、おっさんと共に店に入ってきた私の父ということになっている小太りでじゃがいもに似た男、パタータ男爵だ。この店に来るのは、はじめてかな。



「その、わたくしはなんというか、娘の働きぶりを覗こうとしたのですが」


「店の外で見かけてな。連れてきたぞ」


「へー。お父様は娘思いですね」


「お、オウカ様……オウカには、色々助けられてます。特に北方のグレーチカ蕎麦の農業支援と、ニグラス魔帝国との特別限定交易条約絡みの取り引きでは、かなり……」



 青い顔で語るパタータ男爵。ま、元魔王と国王に挟まれてはね。

 でも冷えたエールに口をつければ、驚いたような顔をする。



「う、美味い!」


「では、こちらのコロッケをどうぞ」



 シンが用意したのは、揚げたてのコロッケ。

 男爵はハフハフ言いながら、ジャガイモみたいな顔で美味い美味いと頬張っていた。

 この人、なんかちょっと可愛く見えてきた。



「そう言えば、ニグラス魔帝国では近く前魔王キルシュの国葬が行われるらしいな」



 ずいぶんと遅くなったけど、戦死したことになっている私の葬儀が盛大に行われるらしい。定時連絡で弟から聞いている。



「そして嫌がらせとばかりに、教会は同日に、亡き聖女と勇者の告別式を執り行うとか。止めようとしたのだが……」


「そうなんですね。ま、気にしないのが一番です」



 教会は聖女がいなくなったことで影の支柱を失い、ショックだったのか教皇も体調を崩したとのうわさだ。神殿騎士団もほぼ壊滅しかなり勢力を削がれたとか。


 私の秘密を知っていて今でも情報収集を手伝ってくれている特務官の報告では、どうやら教皇は既に死んでいるらしい。呪術の類によるものらしく、これは予想だけど聖女がなにか仕込んでたんじゃないかな。それで教皇も脅されてたとか。ま、知らないけどさ。


 しかし、私の国葬に対して嫌味とばかりに告別式をぶつけてくるのは、やっぱり気に食わないわね。当日に教会、爆破してやろうかしら。



「オウカ、悪いこと考えてる顔してるぞ」


「えっ? まーさかー」


「……爆破とかなら、手伝うぞ」



 シンが包丁を手にニヤリと笑う。



「ふふっ、そうこなくっちゃ」


「儂の前で悪巧みするのやめんか!」



 おっさんのツッコミにみんな声を出して笑うけど、目が笑ってない。

 どうしたんだろう。冗談だとでも思ったのかな?



「まぁ冗談はさておき」



 え? 冗談?



「オウカ嬢、弟君との例の打ち合わせの件どうだ、なんとかなりそうか?」


「ああ、会談うちあわせの件ね。大丈夫。場所もここでいい?」


「ふむ……中立地帯としてここより信頼のおける場所はあるまい。頼む」


「ええ。美味しいものを用意しとくわ。シンが」


「そこの安請け合いはできませんが、いつもの感じでよければ」


「むしろいつものが望ましい。頼むぞ、あるじよ」



 話はここまでと表情を緩め、酒に口をつけるおっさん。


 私も死んだことになっている身だけど、血の半分は魔族でもう半分は人間族。お互いのためになることなら、力を尽くそうと思う。

 おっさんもお父様もその点は理解し、協力してくれるそうだ。もちろんシンもね。



 そんな感じで楽しく過ごしていると、引き戸が開かれまた客人が姿を見せる。

 雪のような白色の髪に、赤い瞳の眼鏡をかけた小柄な女性。



「こんにちはー」


「あ、シズクちゃん! いらっしゃい。どうぞここ座って。シン、とっておきを。早く!」


「オウカ落ち着いて。シズクさん、今日は?」


「あっはい。あの、仕込んでた新しいお酒が完成して、皆さんに試飲いただけると……」



 そう言って取り出されたボトルには、透明な液体が揺れていた。



「あまり寝かせてないので多少棘はありますが、オウカさんが手配くださった蕎麦……グレーチカを使った蕎麦焼酎です」


「なに、グレーチカで酒だと? 儂にももらえるか」


「わたくしにもぜひ!」


「も、もちろんです」



 食いついたおっさんとパタータ男爵お父様。早速皆で味見をしあう。

 騎士団長のあんちゃんが、シズクちゃんにお酒を注がれてずいぶんと顔を赤くしてたけど……なんか面白くなってきたじゃん。



「野鴨のコンフィです。山椒を効かせました。それと蕎麦の実入りの焼き味噌と、こちらは牡蠣のエスカルゴバター焼きです。蕎麦焼酎に合うでしょう」


「おおっこの野鴨、驚くほど柔らかい!」


「この焼きミソ、薫り高くて酒が進みますぞ!」


「牡蠣、ニンニクバターが合いますね! 上に乗った香草の効いたパン粉もサクサクです」



 そのうち他のお客さんも現れ、店がより賑やかになる。壁際にテーブル席も増やしたから、入れる人も増えたしね。



 そうこうしていると、すっかり顔を赤くした上機嫌のおっさんが、お水を差し出した私に気色悪い笑顔を浮かべながら話しかけてきた。



「オウカ嬢もすっかりここに馴染んだな。そろそろ女将と名乗ってはどうだ?」


「あはは、それはまだもうちょっと……」


「そうか。あるじも甲斐性がないのぅ。苦労するなオウカ嬢は」


「いいんです。彼、そういう所も可愛いんですから」


「いや、可愛いって。可愛いのはオウカの方で……」


「貴様ら惚気おって」



 どっと笑いが巻き起こる。忙しいけど、笑顔の絶えない素敵なお店。


 ニグラス魔帝国のことは気にかかるけど、それについては弟を信頼し、私は今あるこの幸せを噛み締めていた。



 ◇ ◇ ◇



「オウカ、大丈夫か?」



 閉店後、誰もいなくなった静かな店。

 私はカウンターに座ったまま、少し寝てしまっていたようだ。



「ごめん、片付け」


「ああ、それなら大丈夫だから座ってて。疲れたか?」


「うん、結構飲んじゃったし。しずくちゃんのお酒美味しいから」


「ああ……」



 お茶を持ってきたシンが、なにやら落ち着かない様子で立っている。

 そして、意を決したような顔をすると、おもむろに口を開いた。



「その……オウカは前、俺に世界の半分をくれるとか言ってたよな」


「え? あ、うん。言ったね」


「俺はやっぱり世界の半分なんていらなくてさ……でも、それよりなにより欲しいものがあって」



 彼はひざまずくと、小さな箱を取り出す。



「オウカ……君が欲しい。俺と……結婚してくれないか?」



 開いた箱の中には、私の髪の毛と同じ真紅の石がはめられた小さなリングが入っている。



「君の半分を、俺にくれ」



 真っ赤な顔で告げるシン……私はそのリングを受け取ると、左の薬指にはめた。



「ダメ……半分じゃなくって、全部もらって」



 シンは一瞬驚いたような顔をしたけど、立ち上がって抱きしめてくれた。


 私はなんだか嬉しすぎて、涙が零れてしまって、でもきっと、これまでで一番の笑顔を浮かべていたと思う。


 おかげで口付けは、ちょっとしょっぱかったけどね。



 ◇ ◇ ◇



 ――巨大な白亜の神殿。


 内部は大きなステンドグラスや、聖神と使徒たちの伝説を描いた彫刻や絵画で覆われ、いたるところにシンボルカラーである青色を金でふちどった垂れ幕が飾られていた。


 そこには白い法衣を纏った信者達と、その悲壮な視線を集めるのは、祭壇に飾られた聖女の巨大な肖像画。



「彼女はその命を賭して悪虐たる魔王を冥界に送り、天上におわす聖神様の元へと迎え入れられました。死は悲しみではなく無常の喜び。ひと時会えなくなる悲しみもいずれ愛へと変わり、再会を彩るでしょう。聖神様は、巡礼の旅である貧しい家族に……」



 長ったらしく中身の無い弔辞を上げるのは、次期教皇と言われる太って脂ぎった老人。


 参列者は不思議と退屈そうな顔は見せず、すすり泣く声すら聞こえていた。


 そんな時だ。



「であるからして……はて、あの光は……?」



 視線を上げた先、聖神の誕生を描いた巨大なステンドグラスとその近くにあるスリット状の採光窓から光が差す。

 澱んだ空気は天使の梯子を下ろし、ホールを美しく彩っていた。



「おぉ、これは聖神様の祝福に違いありません。真の聖人として聖女様を迎えたことへの喜びの光……あれ? 赤い? それに、地面がゆ、揺れておらぬか? これではまるで大魔術の……」



 ホール内がにわかに騒がしくなった、その直後。ステンドグラスが粉々に割れ、ホール内に巨大な緋色の紅蓮球が飛び込んで来た。



「そんな、まさかっ、せっかくあのクソ教皇と悪魔のような聖女が死んだというのに……せ、聖神さまお助……けっ……! ぎゃあああああああああ!!!!」



 紅蓮球は聖女の肖像画にぶつかると、火炎と衝撃波を解き放つ。

 そして肖像画と、悪評の高い次期教皇もろとも神殿を吹き飛ばした。



 後の調査で、この日謎の二つの人影を見たという話があったが、詳細不明で捜査は早々に打ち切られた。


 そのかわり聖女の非道な悪行の数々がどこからともなく国中に知れ渡り、神殿を襲った爆発は聖神による天罰であったとされ、教会の権威失墜とともに歴史に記されるのであった。



 ― fin. ―



 ―――――――――――――――――――――――

《あとがき》

本作ご覧いただき、ありがとうございました。いかがでしたでしょうか?

「面白かった!」ということでしたら★3。

「まぁまぁ楽しめた」ということでしたら★1。

ぜひページ下にある『↓』から関連情報をご覧いただき、『★で称える』からご投票くださいませ!

あと和三盆のフォローもぜひお願いいたします!


近況ノートにはオウカやシン、シズクちゃん、聖女のイメージイラストもありますので、よろしければご覧ください。※末尾に各キャラリンクを貼っておきます。

https://kakuyomu.jp/users/wasanbong/news


僕が普段描くヒロインは強い(物理)が多いのですが、『賢いヒロイン』ということで、普段とは少し違う切り口で描きました。とはいえラストは『物理』になりましたが笑


長編化ももちろん意識し、話を広げやすいグルメ系で、色々と常連客のアイデアもあったりします。シンの元パーティーメンバーである女魔術師や、魔族の四天王などなど。機会があるならぜひ描きたいですね。


本作の他にも長編や短編など様々な作品もありますので、未読でしたらぜひ以下の関連情報からご覧くたさい。現在新作長編も鋭意執筆中です!


■おすすめ

『魔王が世界の半分をくれるというので快諾しました。取り急ぎ故郷を焼こう。』

https://kakuyomu.jp/works/16817139556379640509

『世界の半分』をモチーフにした一作目です。短編なのですぐ読めて、とても面白いと思いますので、ぜひご覧ください!

※他サイト様で日間総合(短編)で1位を頂きました。


それではまた、別の作品で!


―――――――――――――――――――――――

《キャラクターイメージ》※イラストつき近況ノートへのリンクです。


■キルシュ/オウカ(魔王、私服、ウェディングドレス)

https://kakuyomu.jp/users/wasanbong/news/16817330655687030612

https://kakuyomu.jp/users/wasanbong/news/16817330655969891168

https://kakuyomu.jp/users/wasanbong/news/16817330656110327236


■シン

https://kakuyomu.jp/users/wasanbong/news/16817330656064307295


■シズクちゃん

https://kakuyomu.jp/users/wasanbong/news/16817330655731383052


■聖女

https://kakuyomu.jp/users/wasanbong/news/16817330655866722862

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

世界の半分をやろうと言ったのに、勇者は引退して居酒屋を始めたようです。しかたない、私(魔王)が店を支えてやる!《元勇者の居酒屋》 和三盆 @wasanbong

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ