第10話 魔王と元勇者と聖女と勇者(後編)

「魔王軍所属の勇者、ネビュラ・ナイトだ!」



 私を庇うように立ち粉塵を掻き分けるのは、黒い全身甲冑の男。

 こいつ、いったい誰!? ……って、わかってんだけどね。



「は? 勇者? 魔王軍所属だと?」


「悪神の手先が勇者を騙るとは、万死に値します!」


「妙なことを言うな。悪神の手先と言うのなら、か弱い乙女を二人がかりで嬲るお前たちだろう」



 はっ、えっ、乙女? 私がか弱い乙女?

 まぁ、そう言われるのは悪い気しないけど。



「馬鹿か、そいつは魔王だぞ!」


「勇者の称号も地に落ちたな……さて、これで二対二だ。しかもここは魔族の本拠地、時間が経て経つほどばこちらが有利だ。今なら命までは取らない。ここを立ち去れ!」



 もちろんそれで尻尾を巻く二人ではない。

 聖女はニィと嗤い、手を掲げた。



「時間が経つほど有利なのはこちらの方。しかしあなたたちを逃がす気はありません。諸共その顔を絶望に染めて差し上げましょう」



 光球が輝きを増す。恐らくその裏であの魔術を編み上げているのだろう。



「シン、あの女ヤバい毒を使ってくる!」


「シンではない、ネビュラ・ナイトだ! オウカさんに効くほどの毒……邪法の類か。とりあえず回復薬だ」


「ありがと。どうする?」


「まずは試す!」


 シンが剣を構え武威を高める。

 多少回復薬が効いて傷がマシになった私も立ち上がり、シンに並んだ。



「勇者様!」


「おうよ! ニセ勇者がっ!」


「狂犬め! 南無三ッ!」



 躍りかかる勇者とシンの剣が交わる。



「うおおおおおおおお!!!!」


「ぐらぁああああああ!!!!」


 二人の目に見えぬほどの斬撃の応酬に突風が巻き起こり、毒を散らしていく。



「やるじゃねーか、ニセ勇者! いや、元勇者と言った方がいいか?」


「なっ!」



 シンが僅かに狼狽え、弾き飛ばされる。



「何食わぬ顔で魔王をてめぇの女にするなんたぁ、大したもんだぜおい!」


「違っ! 俺たち別にそんな関係じゃ……」



 カマかけられてたのに気づかないなんて、素直過ぎるでしょ! 顔隠した意味ないじゃない!



「勇者様、聖剣のない元勇者など敵ではありません!」



 聖女による補助魔術と治療魔術で調子を上げる勇者。さっきの毒や目眩しもされたら面倒というか、こっちが危なくなる。なら!



「仕返しも兼ねて!」


「下品な魔猿が、キーキーと!」



 顕現した複数の神剣ヘスペレトゥーサを投擲しつつ、一振を手に聖女へと斬り掛かる。

 しかしそれは、虹彩を帯びた結界魔術の皮膜で防がれた。



「なら、一気に押しつぶす!」



 目くらましに火炎を放ち、その隙に次の魔術を編む。

 高まる魔力に大地が鳴動し、余剰魔力がエーテルと化して燐光となり、雷電が蛇のように弾ける。そして魔術が編み上がるとともに、私は鍵言を言い放った。


「紅炎に飲まれて消え去れっ! ローア・ダークフィラメントッ!」



 緋色の奔流が聖女を包む。私が得意とする炎の魔術で、龍の咆哮を凌駕する極位魔術だ。

 やがて豪炎が散ると熱を帯びた空気が揺らぎ、バチバチと電光が奔る。


 しかし陽炎の中、肩で息をしつつも健在の聖女。結界魔術も無事だ。



「まさか、防がれるなんて」


「魔猿に相応しい、下品な魔術ですね……くっ」



 左目から血液が零れる。目を凝らせば、その瞳が灰色に濁っているように見えた。



「まさか、自分の左目を触媒に!?」


「なにを驚いているのですか? これくらい普通ですよ。あなたこそ今の魔術、無理したみたいですね」



 毒に犯された体での極位魔術は思った以上に負荷が高く、正直立ってるのもキツい。



「それに普通じゃないというなら、こういうことですよ!」



 聖女が左手を私に向けて掲げ、法衣の袖をめくる。

 その腕には魔術陣が刻み込まれ、魔晶石が幾つも埋め込まれていて、紫色に染まり血管が浮き出ていた。



「そこまでする!?」


「福音書に聖者として名を連ねられるなら、腕や目などいくらでも!」



 あいつ、完全にイカレてるって!



「悪神にすら死を渇望せしむ聖毒の一撃を。あんたの顔、心底気に入らないのよ! 滅びよ! ゲベート・デストルドー!」



 聖女の左腕が弾け飛んで紫色の血煙になり、それが巨腕を形作る。



「オウカッ!」


「俺相手に余所見すんじゃねー!」



 隙をつかれて吹き飛ばされるシン。


 禍々しい気を放つ聖女の元左手は一息の間に私の眼前に迫ると、全身を握り込んだ。



「んっ、くっ、あああああああああっ!」



 全身を針で刺されたかのような強烈や痛みに、意識が朦朧とする。


 しかしそれもわずかの間で、フッと消え去る魔手。

 私はそのまま膝をつき、痛みの余韻とせり上る吐き気にむせれば、目の前の床に大きな血溜まりができていた。



「オウカさん、おい、大丈夫か!? オウカ!」



 倒れそうになるところを支えられ、目の前にはヘルムを脱ぎ去ったシンのボロボロで心配そうな顔。


 私は涙が勝手に溢れ出てきてきっと酷い顔。できれは見ないで欲しいんだけど。



「あはっ、あはははは! やった、やりましたわ! 諸悪の根源にして、最強と名高い魔王をこの私が! アハハハハ……んつッ、ハァハァ」



 聖女は消し飛んだ左腕、その痛みすら祝福のように、目を血走らせて歪んだ不気味な笑みを浮かべていた。



「シ……ン…………逃げ…………」


「何言ってんだ! 生きて、これからも一緒に居てくれ。だって俺は、お前のことが……」



 まったく。あの時に世界の半分を受け取ってくれていたら、まだマシな結末だっただろうに。

 こんなことなら、もう一度くらいシンの料理を食べておけばよかった。



「生き、て……お願……い……」


「生きるのはお前の方だ! クソ、聖剣があれば……応えろよ、俺を見限るなよカリバーン」



 ああ、ダメだ。だんだん意識が……



「オウカ、オウカ! くそッ……俺は抗う。最後まで抵抗してみせる! だから、力を貸してくれ……奇跡を俺の手に! 頼むッ……」



 その時、シンの周囲に金色の燐光が浮かぶ。

 優しい温かさをもったそれは、まるでシンを応援するかのように踊っていた。



「応えてくれるのか……ありがとう」



 シンがその手を水平に伸ばす。



「来いッ! カリバーンッ!!!!」



 遠のきかけた意識に、光が満ちた。



 ゆっくりと目を見開けば、半泣きでこちらを覗き込むシンの顔。



「よかった……」


「あれ、私」


「カリバーンの力だ。こいつには癒しの力がある」



 徐々に傷口が閉じて、内蔵が腐ったかのような気持ち悪さも消え去った。



「クソが! 追い詰めたと思ったらよ」


「勇者様、直ぐに奴らに止めを」


「何言って、お前をほっておいて……」


「大丈夫です。左腕と左目と内蔵がいくつか消えただけです」


「全然大丈夫じゃねーだろ! クソッ、転移で逃げ……」


「ダメです! この期を逃したら、私にはもうチャンスは無いんです! どいてください!」



 ふらつきながらも立ち上がる聖女。

 その瞳は一層狂気に塗れる。



「聖神よ、我が祈りと命の灯しを捧げます。御業は奇跡なり。犠聖剣ティルフィング!」



 地面に浮かんだ魔術陣から剣が現れ、聖女の掲げた右手に黄金の柄が握られる。



「願い奉る。我が身に剣聖たる技を、剣聖たる身を、魔王を討ち滅ぼす力を!」


「チッ……あんたにここまでさせる気はなかったが、後がねぇのは俺も同じだ。最後まで付き合うぜ!」


 様子を眺めていた赤錆色の髪をした勇者も立ち並び、聖剣を構えた。



「シン、あの勇者頼める。私はあのクソ女を殺る」


「分かった……気をつけろ。あいつ纏う空気が変わった」


「ええ。さて、最後よ。命乞いは聞かないから! 特にそこのクソ聖女!」



 お互い剣を手に、武威をぶつけ合う。

 そして合図もなく戦いは再開した。


 その戦いは私が言うのもあれだけど壮絶だった。

 さほど長い時間ではなかったけど、お互い容赦なく身を削りあい。



 そして、結末は訪れる。



「ウォラァァァァァァッ!!!!」


「南無三ッ!!!!」



 裂帛の気合いと共に、赤錆色の髪の勇者と黒髪に黒い鎧のシンが交差する。

 そして揺らめき地に伏したのは、勇者の方だった。



「チッ……なんだよ。結局勝てねーってか。クソが」


「手加減は出来なかった。それに、オウカさんを傷つけたお前を許す気はない」


「なに言ってやがる……てめぇがよ……魔王を、ちゃんと殺してりゃ、俺は……こんなところに」



 私のもたらした結末が、この勇者を呼び出させたのだ……シンのせいとは言うまい。これは私の業だ。



「なにか言い残すことがあれば聞こう、人間」


「俺は……親父が遺した蕎麦屋を、妹と二人で……また……」



 金属音を立てて床に転がる聖剣アロンダイト。

 それはフッと消え去り、彼の終わりを告げた。



「これも、あんたたちがやる勇者召喚の結末のひとつよ。勇者になれぬまま帰還を諦めた者、死んで行った者。全ての元凶はあんたたち教会にある。それをわかってるの? クソ聖女!」



 膝をつき、剣を支えに荒い息をする聖女を睨む。



「邪法ってのはね、強力なほど見返りも多く必要となるものなの。偽りとはいえ聖剣を顕現し、剣聖の力を身に宿したのは見事だった。でも、寿命を捧げようとも、その力は過ぎたるものだったようね」



 彼女の剣技はまさに剣聖のそれだったけど、所詮は贋作。



「クッ……あなたを、なんとしても殺す……殺し尽くす。その悲鳴をもって、聖神様への賛美歌として……」


「あんたには聞きたいこともあるわ。直ぐに殺しやしないから、大人しくしていなさい」



 私は神剣ヘスペレトゥーサを手に、膝立ちの聖女へと切っ先を向ける。



「ふふっ、アハハハ、アハハハハハハ! ……もういいわ。あなた、死んでよ」



 表情を亡くした聖女。その胸部から法衣越しにも分かるほどの強い光が溢れる。



「まさか自爆!?」


「オウカさん、離れ!」


「――創世の光とともに御言葉ありて、御言葉はすなわち聖神」



 呟かれる聖句と共に光が増し、体そのものが光に変わろうとする。

 シンは私を抱き寄せ身を包む。でもこのとんでもない魔力の高まり。この城丸ごと吹き飛ばし、城下にも被害が出かねない!


 逃げ……いや、止めなきゃ! でもどうやって!?



「――言葉は万物の祖にして、光は命なり。そして……んっ、ぐふッ」



 聖女の聖句が止み、光が消えていく。

 残ったのは膝立ちのまま血を吐く聖女。その胸からは赤濡れた刃が突き出ていた。



「あれ? あ、そうか。私、よう……やく、神の御元に……パパ、ママ、そこにいる……の? ねぇ……」



 剣を引き抜かれ、重い音を立てて血に付す聖女。

 とめどなく溢れる血が法衣を深紅に染めていった。



「勇者は……既に事切れているようですね。さすがは最強と名高い元勇者」



 そこにいたのは、私とは違う本物の青い肌に角を持った、私の腹違いの弟、ニグラス魔帝国王弟ヴィオーヴィ・アルカラズ・ニグラス。



「手酷くやられたようですね。まずは治療を……」


「ふざけないで!」



 声を上げてヴィオを睨みつける。

 返される視線は氷のように冷たい。



「どういうつもり。勇者と聖女を誘い込み、この私を殺させる気だったの? この裏切りもの!」



 隣りのシンが息を飲む。



「相打ち狙いで私を亡きものにしようとしたんでしょうけど、残念だったわね。謀叛の話、信じたくはなかったけど……」



 残った魔力で神剣ヘスペレトゥーサを可能なだけ顕現し、切先をヴィオに向ける。



「待ってくれオウカさん」


「なによシン。まさか殺すなとか言うんじゃないわよね?」


「オウカさんを助けるよう俺をここに呼んだのは、弟さんなんだ」


「は、え?」


「この鎧や回復薬も彼が……」


「……どういうこと。ヴィオ、説明してもらうわよ」


「ええ、もちろんです。ですがまず先に」



 ヴィオは血塗れの剣を手放すと、ものすごい勢いで四つん這いになり、頭を床に叩きつけた。



「申し訳ございませんでしたーーーッ!!!!」



 は? えっ!? これってもしかして!



「土下座ぁぁぁっ!?!?」



 ◇ ◇ ◇



「つまり、非人道的な勇者召喚推進派の筆頭だった聖女と現勇者をここにおびき寄せ、私たちに倒させようとした。事前の戦力分析から私たちなら余裕だろうと思っていたが予想外に強く、私たちは苦戦して死にかけた……」


「む、無論、私たちも加勢し万が一を防ぐつもりでした。しかし聖女の引き連れてきた神殿騎士団が手強く……奴ら死を恐れぬ上に、その身と引き換えにするような邪法を乱発してきて、死にそうになれば自爆。捕らえても自爆。我々にもかなりの被害が出てしまいました」


「まぁ、あんたの姿を見ればその惨状想像できるよ」


 ジャンピング土下座をかましたヴィオだけど、よく見ればボロボロで、あちこち怪我の跡もあり、聞くに死にかけもしたとか。



「相手も最高戦力だったんでしょうね。それだけ必死だったか」



 玉座のあった一段高い場所に腰掛ける私とシン。

 一方弟は床に正座し、身を縮めていた。



「で、なんでこんな大事な作戦、私に教えなかったわけ?」


「それは、その……いじごにょごにょ……」


「え? なに、聞こえないわよ!」


「最近喧嘩していたので、意地悪しようと思いまして!」


「子供かっ!!!!」



 壇上から飛び降りつつ、その頭を全力で叩く。



「痛ったぁ。乱暴はやめてください! 姉さんは昔からそうやって僕のことを!」


「アホなことしたら叱らなきゃなんないでしょーが! まったく、そういうところ親父に似て!」



 先王である亡き父上は立派な人物ではあったものの、妙なところが子供っぽい、身内からしたら困った人だった。


 それはともかく。



「とにかく、そんな事情ですので謀叛などではなく、むしろ姉さんにとってはでもあろうかと」


「ヴィオが謀叛を起こすような大それた気質じゃないのは知ってるよ」


「オウカさん、弟さんとは逆陣営で敵対してたんじゃ?」


「まぁ、喧嘩はよくしてたけど……」


「敵対だなんてとんでもない! 先王が逝去してから妙な派閥が出来たので、姉さんと仲が悪いことを演じて潜り込んでたんです。幸い今回の騒ぎで抗戦派筆頭をはじめ好戦的な者らが結構死んだので、勢力は大きく削がれそうですね」


「……まさか、あんたそれも狙ってた?」


「ええ。あわよくばと」


「頭いいんだか悪いんだか……」



 我が弟ながら、ため息しか出ない。

 シンも呆れ顔を隠そうとしなかった。



「で、ヴィオ、言いかけてたって?」


「あ、ええ。今回の騒ぎには大きくふたつ目的がありまして。ひとつは聖女と勇者召喚の討伐。そしてもうひとつは……」


「なによ」


「姉さん、貴女には王座を降りていただきます」



 ヴィオが再びその表情を、氷のように冷たくした。




 ―――――――――――――――――――――――

《作者より》

 死闘を終えたかと思ったら、ヴィオのこの口ぶり。それは争いを呼ぶか、それとも福音となるか。


 近況ノートでAIイラストを投稿しています。今回は元勇者シンのネビュラナイトな姿です。ご興味あればご覧ください!

https://kakuyomu.jp/users/wasanbong/news/16817330656064307295


 次回エピローグ『第11話  オウカと指輪と謎の爆発』。

 オウカ、幸せになります!

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